「セレス国護衛軍選抜試験参加者は、ここでいいのか?」
城門の前の男に聞くと、一枚の紙を渡された。
「発音が少し北部よりだな。お前この国の者じゃないだろう。出身国、セレス国への入国理由も
ここに記入しろ」
「・・出身国は知らねえ。孤児だから親がどこの誰かも分からねぇんだよ。
入国理由も・・この試験を受ける為だけだ。それでいいか」
受付の男は、小馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らした。
「胡散臭いな。まあいい、今回の選抜試験は現護衛軍人以外の参加者が少ない。何故か分かるか?
現護衛軍はセレス国史上最強と言われているんだ。凄腕が揃っている。
負傷者もいないし、今回参加しても合格するのは無理だと皆分かっているという訳だ。
参加してみるがいいさ。せいぜい頑張れよ。」
参加用紙に住所記入の欄があったが、この国に来たばかりで住所すらない。
名前の欄に、黒鋼、とだけ書いた。

物心ついた頃から、一人だった。
はじめゴミ漁りなどして暮らしていたが、子供なりに考えて、俺は軍に入隊することにした。
軍隊に入れば寝食困らないらしいし、何より自分を守る力が欲しかった。
子供一人では、身を守るすべが何もない。せっかく集めた金属を横取りされたり、
手に入れた毛布を奪われたり、訳もなく殴られたり。その度に自分の無力に腹が立った。
軍に入って訓練すれば、自分ひとり守る力位付くだろう、そう考えたのだ。

元々筋がいいんだな、そう言われた。俺は剣術の上達が人並み外れて早い、らしかった。
すぐに師を簡単に負かせられるようになった。
身寄りがないせいもあるのだろう、いつも最前線か危険地域に配属された。
それでも、いつも俺は帰ってきた。味方が皆全滅しても。
戦場で戦う姿を見て、敵だけでなく味方にも、鬼神、と恐れられた。

力を付けた俺は、数年毎に国を移るようになった。
この大陸には小さな国がひしめき合っているが、元々は大陸ごとひとつの国であったらしい。
故に言葉や文字は地域によって多少違うものの、基本的に似ている。その点、不便はない。
どの国でも、他国へ行くと言うと引き止められた。
その国の何かが気に入らないから移動する、というわけでもないし、生来一所にいられない性質だ、
というわけでもない。
ただ、ここは自分のいるべき場所ではない、そんな気がしてくるのだ。
自分では、自分を捨てた親や自分の生まれた国なんて興味はないと思っているつもりだ。
しかし、心のどこかで、親に会ってみたい、生まれた国に戻りたい、
そう思っているのかもしれない。
国を渡り歩き、故郷を。
探しているのだ。俺はきっと。

セレス国に来たのも、そういう理由だ。
隣国でまた例の違和感を覚えてきた俺は、この選抜試験の時期を狙ってセレスに移った。

セレス国は、近隣の国の中でもずば抜けて大きく、豊かで、美しい国だ。
セレス国と呼ばれるようになる以前より、元々芸術面で優れている地域であったとは知っていたが、
国に入って眼を見張った。
国全体が、神殿のようだ。
美しい彫刻の施された、優美で荘厳な建物が、均整よく配置されている。
全てかなり歴史的価値のある建築物のようだが、こまめに手入れされているのだろう、
細部に至るまで作られた当時の姿が保たれている。
まるで天上の都市だ。
他国で、セレス国に芸術留学したという者の建築物や彫刻を見ることもあったが、
本物を目の前にすると、まるであれらは子供の遊びのようだ。
芸術にまるで興味のない自分でさえそう思うのだから、相当のものだ。
街道には随所に花々が咲き乱れ、緑が眩しい。道行く人々の表情も明るい。
セレス国がこんなにも豊かなのは、理由がある。
鉱物資源が豊富なのだ。ここでしか産出されない、希少な宝石が多数ある。
まだ未調査の区域がほとんどであると言うので、その埋蔵量たるや膨大なものだろう。
今でも新種の鉱物が発見され続けている。
それを、価値の暴落を懸念して少量づつ高値で輸出していると言うので、
セレス国の財源は半永久的といえる。

この恵まれた状態を、近隣の国々が黙っているはずがない。
セレス国発足当時から、侵略を狙う様々な国から度々攻撃を受けてきた。
そこで、今から自分が受ける、セレス国護衛軍選抜試験が必要となってくるのだ。
国防は、セレス国にとって最優先事項である。
とはいえ、国の政策として、国民の過半数が軍事に従事している、という状況も避けたいらしい。
故に、軍は少数精鋭となる。
この大きな国で、軍事に従事している人数は、たった100人足らずらしい。
半分は指揮官、兵器開発者、兵器や武器の製作者、操縦士。
もう半分が、この選抜試験で決める、兵士となる。
自分もこの試験の募集要項を見た。小難しいことがつらつらと書き連ねてあったが、
要するに、『一人で100人の敵兵を倒せる兵士募集』という内容だった。
言い換えれば、『人間兵器募集』。一般的に考えれば、無茶苦茶な募集要項だ。
しかし、一度護衛軍に採用されれば、それこそ桁違いの報酬が得られる。
戦果を上げれば、さらに物凄い報奨金が出る。
それ故、各国から腕自慢の兵が集まり、こぞって試験を受けるのだ。
たった100人にもかかわらず、いまや、セレス国の軍は大陸最強と言われている。
うまいことやってる国だ。そう思って案内されたコロシアム内を見回すと、
成る程腕に覚えのありそうな者ばかりひしめきあっている。

昨今では、報酬のためというより大陸最強のセレス国護衛軍に所属するという栄誉を求め
挑戦する者がほとんどだと言う。
皆、試験で上位50位に入るだけでなく、より上の順位を目指す。
ちなみに、一度所属すれば一生安泰、というわけではない。
一年に一度行われるこの選抜試験に、現軍人も参加するのだ。
試験内容は、1対1での剣術、1本勝負。これを総当りで行う。
上位50名が、その年の護衛軍となる。1年契約なのだ。
広大な敷地を持つコロシアムで、移動時間も含めほぼ休み無しで、1日かけて
50名から100名もの人間と剣術勝負を次々としていくのだ。
相当過酷な試験であるが、実際戦地では一人で大勢の敵を休みなく倒す必要があり、
まあ実践にそった試験であるとは言える。

コロシアム内外、随所に美しい装飾が施されている。
男臭い者ばかりが集まってる中で、どうも似つかわしくない。
周りが殺気立っている中で、そんなどうでもいい事を考えているのは何故かと言うと。

自信があるのだ。
一人で100人どころか、その2倍3倍の相手さえしたことあるのだから。
始まりの鐘が鳴り、試験が始まった。
一振りで相手の剣を宙に飛ばし、そのまま喉元に切っ先を突きつける。
始めのほうは対戦者の数を数えていたが、20人超えたあたりで面倒でやめた。
それ位から、周りが騒ぎ出した。

「ひょっとして、『黒鋼』って本物の『黒鋼』なのか?」
あちこち移っては軍で戦果を上げているからか、いつのまにか名前が各地に知れ渡っているらしい。
『黒鋼』が軍に来れば、戦力が倍増する、とか。
そのせいで『黒鋼』の偽者が各地に出ているらしく、名乗ると大抵また偽者か、という
目で見られる。実際偽者に出くわしたこともある。似ても似つかなかったが。
まあ、どうでもいい話だ。

中には一太刀で、という訳にいかない輩もいたが、全勝の内に終了の鐘がなった。
言っておくが、軍に入ってからは1対1の勝負で負けたことはない。

当然優勝は自分で、大臣らしき大げさな出で立ちをした男が近づいて来た。
「王が上にお見えです。階段をお上がり下さい、勲章授与式を行います。」
「王?」
国王から直接勲章か何か、貰わなきゃならないのか。
「・・俺ぁこの国の礼儀とか、まるで知らねぇんだが」
この国に限らず、だが。礼儀の必要な環境に身を置いた事がない。
「直接王に賜るわけではないので、会釈ぐらいで結構ですよ。さ、上へ」
試合後の汚れた身では、王に直接会う訳にはいかないらしい。御簾の奥にでもいるのだろう。
面倒だな、こんな事ならちょっと手を抜いて2位くらいになっておくべきだったか、
などと考えつつ、大臣に続いて大理石の階段を登る。
多分無理だが。自覚しているが、負けず嫌いだ。わざとは負けられない。

2階の貴賓室の豪奢な扉を開けると、偉そうな者達がずらっと並んでいた。
大きな窓から、下の試験の様子が見える。
ちょっと会釈して入り、いいんだよなこれで、と隣の大臣を見る。
恭しく膝を折ってお辞儀をしている。・・俺は本当に会釈ぐらいでいいのかよ。
まあいい、どうせ膝を折ってするお辞儀の仕方なんか分からない。
前を見ると、正面に幾重もの薄いベールで覆われた高台があった。
多分その奥に国王がいるのだろう。
豪華な服を着てはいるものの、むさいおっさんばかり並んでいる。
この部屋もやはり、瀟洒な装飾が似合っていないような気がする。
コロシアムは戦いをする場なのだから、装飾なんか必要ないだろう。

前に進み出ると、一番前の方にいた大臣の話が始まった。
優勝を称えてくれているようだが、抑揚のない話に眠くなってくる。
一応、ベールの中でも王からこちらは見えているのだろう。
欠伸をしてクビにでもされたら今日の宿がなくなるな、と欠伸をかみ殺した。
何とか切り抜け、勲章を渡される。
くれた男に礼をし、国王に向けて一度礼をした。
何年いられるかわからないが、それまでせいぜい仕えてやるとするか。
と。パチパチ、と手を打ち鳴らす音がした。
ベールの中から。
「2階から見てたよ。桁違いだね」
ついとベールをめくり出てきた国王を見て、

正直驚いた。
国王というくらいである、よほど貫禄のある人物かと思っていたら。

一瞬、女かと思った。
華奢な身体を、白く気品のあるローブで包んでいる。
まるで、城門にあった古代の女神の彫刻に、命が吹き込まれたような、いやそれよりも。
整った、恐ろしく美しい顔をしていた。
王が、マントを翻し、1歩前に出る。
光のような金の髪がふわりと揺れ、蒼の瞳が光のあたる角度が変わるたび煌く。
肌も、透けるように白い。
なんだこれは。こんな人間が、存在するのか。
不必要だと思った、コロシアムの装飾の理由がわかった。

彼がいるからだ。

周りの大臣が騒いでいる。国王が顔を出すなんて、予定外だったのだろう。
王は手を少し上げて制した。

思い出した。
そういえば以前、セレス国王は女神のように美しいのだと噂に聞いた。
あまり表舞台に出てこない、ということも。
まるで興味がなかったので、すっかり忘れていたが。

「オレとやってみない?」

「は?」

何を、と問い掛ける前に、国王は、腰に差された銀のレイピアをすらりと引き抜いた。
細身の、美しい細工の施された、飾りのようなレイピアだ。
まさか、やるって、戦る、のことか。
こんな、戦場に出たことはもちろん、今の今まで剣を持ったことさえなさそうな奴が。
女みたいな華奢な体で、こんな遊びみたいな剣で?
大臣達は、いけません、などと騒いでいる。
にもかかわらず、国王は微笑みながら歩みを進め、ついに俺の前まで来た。
「試験みたいに、一本勝負だよ」

王族ってのは呑気なもんだ。
雇い主をこてんぱんにやっつけちゃあ、まずいだろう。
わざと負けてやればいいのか?
オレは負けず嫌いだ。雇い主でも国王でも、負けてやりたくはない。
本気でいったら瞬殺だぞ、おまえ。
剣を突きつけるまではしなくとも、相手の剣を払うくらいならいいか。
大臣達は諦めたようで、行方を見守っている。
国王をとめられないお前等が悪いんだ。知らねぇぞ。

王に促された大臣が、始りの合図をした。
全くやりにくいな、と少し目を逸らした。ほんの一瞬。

と。

自分の剣が宙を舞った。
とっさに前を向くと、美しいレイピアの切っ先が喉下に向けられていた。

思わず息を呑んだ。早い。

「油断するからだよ」

王はついと顎を少し上げ、見下すように俺を見た。
顔の造作が異様なほど整っているので、見下されると壮絶だ。
「こんな風にされたの、初めてでしょ?」
そう言って、国王は前を向き直り、にっこり微笑んだ。
「戦場では、油断しないようにね?」

俺は負けず嫌いだ。軍に入隊して以来、例え遊びの決闘だって、負けた事などなかったのだ。
ギリ、と奥歯を噛み締めた。
「おい待て、やり直しだ!」
と、叫ぼうとした時、すでに王は大臣どもを引き連れて引っ込んでいた。

奴とは、そんな最悪な出会いだった。


  


セレス国の説明が長い!しかも、今後の展開にこのセレス国の設定は全く関係がない・・!
何で書いたの?!(せっかく考えたから書いた)
最後にやっと愛しのファイが出てきて一安心ですよ。書いてても、なかなか出てこなくて・・


                 

或る国王と剣士のお話