金持ち黒鋼物語

ツバサ原画集解説で悶絶したイラストがあります!!マガジン2004年29号扉!!曰く・・
『黒鋼をドレスアップしてみました。パーティから帰ってきて、高級ホテルのスイートルームで寛いでいるという
イメージです。左手前のシャンパンはルイ・ロデレールのクリスタル・ロゼ!』
寛ぐ黒鋼、タイ解いて無造作にシャツの前を肌蹴け、ふんぞり返ってらっしゃいます。
適当に高級シャンパン開けて。・・・・かかかか・金持ち黒鋼だ・・・・!!!!
高級ホテルのスイートルームも無造作にチェックインしてだね・・!!きっと家が大型グループ企業など
経営してて、その跡継ぎで。パーティはあまり好きじゃないけど、やることはちゃんとやる黒鋼、
出席して役割はきちんと果たし、(ったく、あーいうのはどーも好かんぜ)などと、部屋に入るなり
タイを解いてる所か!
仕事出来て格好よくて実は優しくて男らしい体でえっちも上手く、金なんか腐るほど・・
いかん!!ファイたんにしか心惹かれないはずの銀月、金持ち黒鋼に不覚にもちょっとトキメいてしまった!
いいかも金持ち黒鋼・・ちょっと妄想・・。
ふんぞり返って片目でこちらにちらりと視線を送る黒鋼の図ですが、この後運命の出会いが待っているのです!!

という妄想が元のお話をブログで連載してたんですが、えらい長さになったので一応ノベルに
収納しておこうと思います。


出会い編


注文したルームサービスが届いたらしい。
「失礼致します」
シャンパンのつまみのワゴンを押し、部屋へ入って来たサービス・マン。
穏やかに微笑み立ち姿も美しく、煌く金の髪が目を引く。
一流ホテルらしく上品な仕草で給仕をこなし、『また何かありましたらお気軽にお申し付け下さいませ』と
会釈をし立ち去ろうとする青年に、思わず声を掛けた。
「おまえ。こっち来い」
「・・は」
突然の横暴な呼び掛けに、サービス・マンは一瞬、金の睫毛を瞬かせる。
「如何されましたでしょうか」
優雅な足取りで近付くと、目の前で深く腰を折る。細い顎をぐいとさらうと、青年はぴくりと動きを止めた。
透き通るような白い頬へと手を滑らせ、その顔をよく見る。
近くで見るほど宝石のように輝く蒼い瞳、人形じみた整った顔立ち。
「名前は?」
「ファイ・D・フローライトと申しますが・・」
一度瞳を瞬かせたきり、また穏やかな微笑みに戻っている。
こいつの本当の表情を見てみたい。





金持ちという人種が嫌いだ。

年端もいかない頃からずっと、このホテルで働かせてもらっている。
母はとうに亡くし、身体の悪い父は病院で寝たきり。父の為、入院費を稼ぐ必要がある。
給料は病院にほとんど入れてしまうので、オレは小さな安アパートに住み、切り詰めて生活していた。
長年務めて身に付いた立ち振る舞い、そしてオーナーが言うには容姿の良さで、近頃スイートルームも
担当させてもらえるようになった。故に、金持ちと接することが多い。
貴重なお金を、下らないことに信じられない額使い、豪遊する彼ら。
オレなんか幼い頃から働きづめで、遊んだ記憶などないに等しいのに。
恋だって、したこともない。
汚いお金だから、こんな無駄なことに使えるのだ。そう思って、彼らを内心軽蔑していた。


「ファイ、か。おまえも飲めよ」
「申し訳ありませんが、勤務中ですので・・」
「仕事上がりはいつだ」
たまにこういう輩がいる。大金をちらつかせて、戯れに。金持ちの道楽になどされたくない。
いくらお金が必要でも、そんな汚いお金は要らない。身体を立て直そうとした時、腕を強く引かれた。
はずみでよろけて、ぶつかったのはあたたかい感触。驚いて見上げると、やはり自分はこの傲慢な客の腕の中にいた。
「、申し訳ありません」
すり抜けようとして、抱き締められた。
「好みの顔だ。誘いたかったが。
おまえ、疲れてるか?・・無理して働きすぎじゃねぇのか」
横暴な客だ。なのにどこか、優しげな響きを感じた気がした。
「いえ、そんな・・恐れ入りますが、離して頂け・・」
「あんま無理すんなよ。ちゃんと休め」
そう言って、腕から開放された。

オレも父と同じで、余り身体が丈夫ではない。でも幼い頃からずっとずっと、無理を押して頑張っている。
疲れても、頑張るしかない。父の病気を治す為に。

「いえ、私は無理など・・していません」
何故か。
ぬくもりから開放されたことを、さみしく感じた。

その言葉は、自分に言い聞かせる為だったのだけれど。
嘘をつけ、とまた伸びた逞しい腕に抱き締められた。

金持ちという人種が嫌いだ。
なのにその腕の中で、父親のことも、今後の不安も。
一瞬だけ、全部、忘れた。







「オーナーと話をつけて、おまえを買った」
「・・・・・は?」

翌朝。
ルームサービスの朝食の給仕をしていると、唐突に言われた。
思わずカップを取り落としそうになる。冗談かと男の顔を見ると、鋭く紅い瞳は笑ってはいなかった。

「買うっつっても、一日だけな」
「・・・な・・」

『買う』って・・街角の売春婦のようなことでもしろと?
まさか。オーナーには、昔からずっと世話になっている。そんなことをさせるような人ではないと、思っていたけれど。

しかし黒鋼というこの男は、相当な力を持つ財閥総裁の一人息子だという。
逆らうと、どうなるか・・オーナーも了解せざるを得ないだろう。
ギリ、と奥歯を噛み締める。ーーーだから、こういう人種は嫌いなんだ。

「今日のおまえの仕事は、代わりの者がやるそうだ。一日、俺に付き合って貰う」
「・・・はい。・・オーナーが、そういう意向であれば・・」
ここで断れば、このホテルがどうなるか。そもそも、オレになど決定権はない。



「どっちがいい」
「・・・どちらもお似合いだと、思いますが・・」
あれから男の運転する家一軒買えそうな高級車に乗せられ、このままいかがわしい所に連れ込まれると
覚悟を決めていたのだが。
車を停めたのは、オレとはまるで縁のない通りにある一流ブランド店。上品な店内には、まるで美術館のように
商品が展示されている。
どちらがいいと聞かれた二つの腕時計。300万と400万・・・庶民と感覚が違う。
じゃあこっちにするかと男は、オレの家賃の100ヶ月分の時計に決めていた。
・・・・うらやましいことで。
(付き合えって、買い物に付き合えってことー?まさかね・・)
うんざりして視線を落とすと、きらりとした光に目が行く。細身の、精巧な細工の腕時計。
(綺麗・・)
「これも」
驚いて顔を上げると、黒鋼が店員にその時計も指差していた。
「え?」
「欲しいんだろ」
「・・て、これ・・っ」
・・500万・・。
「何言っ・・!ご冗談を・・」
慌てて叫んだのに、黒鋼はあっさり買ってしまった。
(これ位端た金ってこと?!このお金があれば、父さんの治療費なんかー・・)
小さく綺麗な包みを渡された。
「・・貰えません、こんな・・」
返そうとしても、押し付けられる。どうしても貰わねばならないらしい。
「おまえのだ」
(オレの、もの・・?)
物心付いた時からお金は父さんの為に使い、買うものといえば生活に必要最低限なものだけで。
自分の為に、物を手に入れたことはなかった。“自分の物”はこれが初めてで、何故かトクンと胸が鳴った。


(ああ・・・こんなもの買ってもらっちゃ・・もう何されても文句言えないじゃないかー・・・)
例えどんなヘンタイプレイでも。ますます覚悟を決めて、再び車に乗せられる。
着いた場所は。
(・・・レストラン・・?)
いかにも敷居の高い料理店。
「ここのメシ、気に入ってるから。フレンチ好きか?」
「・・お、オレも・・?」
「当たり前だろうが」
連れられて入ると、確かに黒鋼の行きつけらしく、支配人が直々に出迎えた。
食えと言うので食べてみて、思わずため息が出る。
(・・こんな美味しいもの、初めて食べた・・)
「もっと食えよ、細すぎるぞおまえ。血色悪ィし」
今月は治療費がかさんで、昨日の晩ご飯はパン一切れだった。
(・・心配して、くれてるのかな・・?)
フォークを持つ手をとめて、ちらりと黒鋼を見る。顔も恐いし、意図がよく分からないけれど。
ひょっとしてこの人は、悪い人では、ないのかもしれない。

(あんな高価なものまでご馳走になっちゃったし・・これからナニが起こっても、もう我慢するしか・・)
ここまでしてもらったのだ、きっと相当なことを・・と更に不安は増す。
「おまえ、家はどこだ」
「え?・・3番地の・・」
説明すると、車はオレの家の前で静かに停まった。
「今日は付き合ってもらって悪かったな。さっさと寝ろよ」
「・・・えぇ?!」

・・・ひょっとして。オレの事を、オーナーから聞いたのだろうか。

本当は今日は、朝から深夜までお仕事のはずだったのだけれど。オレの一日を、オーナーから買ったのは。
自分の為のものなど買ったことのないオレに、オレのものを買ってくれて。
今はまだ夕方だ。いつも無理してるオレを、ゆっくり休ませる為、なんて。

じゃあな、と車を降ろされて、思わず運転席窓に駆け寄る。まさか、とは思うけれど。
「あの、ありがとうございました」
運転席の窓が開いた。
「付き合ってもらっただけだ。明日も早いんだろ?早く帰って寝とけ」

憐れまれたのだろうか。・・でもこの人は、ひょっとして。
優しい人、なのかもしれない。

思わずそんなことをちらりと思った瞬間。
開いた窓から腕が伸びて、ぐいと後頭部を掴まれた。驚いて声を上げる前に、唇が塞がれる。
「ぅん・・っ?!」
舌が入ってきて、強く口腔を舐められる。初めての感覚に、頭が痺れた。
「・・ふ・・」
唇を開放すると、黒鋼は焦点の合わないオレの目を見て少し笑った。
「また買っていいか」
言葉の意味も解さないままつられるようにこくりと頷くと、大きな手で無造作に頭を撫でられて。
高価な車は、すべる様に去っていた。

「・・何・・だったの・・」
眩暈がして、その場に座り込む。単に、金持ちの気まぐれだろうか。貰ってしまった小さな包みとは不釣合いな、
安アパートを見上げる。あの人には悪いけれど。
(これ・・父さんの為に、換金して治療費にした方が・・)
自分の為のものなど、必要ない。でもどうしても、始めてもらった“自分のもの”は、手放したくなかった。
自分の為のもの、自分の為にあんな美味しいもの食べて、こんな早くからゆっくり休む。
いつも父さんの為を第一にしてて・・こんなのは初めてだ。
時計は、ずっと大事に取っておこう。
変にどきどきする。初めての口付けのせいか、それとも。
ゆっくり休めと言うわれても。
(眠れそうもない・・)
胸に手を当てても、この動悸は治まりそうになかった。

幼い頃から働きづめで、恋だってしたことも・・。

(・・・何なの?これーーー)






俺らしくもない。

父親に、この国での自グループの総括は任されている。財界は、厳しい世界だ。油断していれば、すぐに足元を
すくわれる。裏切りなど日常茶飯事で、気を抜くことはできない。
えげつないことをすると、陰で悪態を吐かれることもある。善行ばかり働いていては、この大グループは回していけない。
精神が磨り減る。
その反動だと自分でも思う、私生活では相当好き勝手にしていた。欲しいものは、無理にでも手に入れる。

その俺が。

そう、初めて会った時。
煌く金の髪、宝石のような蒼い瞳、美しい立ち姿。その場で襲ってしまうことなど簡単だった。
例え抵抗されたとしてその華奢な身体を組み敷くことなど造作もないし、俺には立場という多大なる力がある。

なのに。
その青年は、日々を耐えて生きているようだったのだけれど。そんなこと、俺には何の関係もないはずなのに。
優しい言葉をかけて、俺は掴んだ手を離した。
自分でも、何故なのか分からなかった。

次の日だって、好きにするつもりで買ったのだ。
なのに、ただ物を買ったこともなさそうな彼に物を買い、ろくに食ってなかろう彼に飯を食わせ、『早く休め』と彼を帰した。
俺らしくもない。

それからも、たびたび彼を買った。
抱きたいと思うけれど、身体に手を出すことはしなかった。
ファイは会うたびますます綺麗になり、徐々に心を許してきたようだ。俺を、善人だと、優しい人だと思っているのだろう。
本当の俺はそうじゃない。

自分でも、何故彼にだけこんな態度を取っているのか、分からなかった。

「黒鋼様は・・優しい・・方ですね」
別れ際にファイはそう言った。優しいなんて、これまで誰にも言われたことがない。

この青年の心を掴むために、優しくしているのか?心など掴んで、どうする?それが何になるというのか。
ほら今だって手を伸ばせば、いくら嫌がろうと好きに出来るのに。そもそもこの青年に拘らなくたって。
いくらでも言い寄る連中はいるし、俺の背後の財力と権力から、どんな上玉でも手に入る。

「・・オレいつも・・優しくしてもらってばかりで、何もお礼・・できなくて・・。
何でも、いいん、です・・何かオレにできること・・」

震えるか細い声で、華奢な指先は俺の服の裾を掴んだ。


俺に心を許している。
でもきっとおまえは、俺を誤解している。


「何でも?」
「・・っごめんなさい、オレ」

赤くなったファイは手を離し、顔を背けるとすぐドアに手を掛けた。その小さな手を取っ手ごと掴む。
「・・無理しなくていい。俺が好きでやってることだから」
揺れる蒼い瞳を、覗き込む。ほら、俺はまたこんなことを。

「・・無理・・じゃ・・ないんです、あの・・オレ・・貴方をっ」

蒼い瞳が、透明の涙で潤む。

「・・ごめんなさい、何でも・・な・・」

あやすように抱き締めてやると、閉じた金の睫毛から涙が一筋零れた。


何をしているんだろう。分からない。
抱きたい、でも俺はそれよりもっと、おまえを大事にしたいと思っている。
初めてだ、こんな気持ちは。何の利益にも、何の策略もなく。

ただ優しくしたくなるのも、大切にしたくなるのも。

この胸の、高鳴りも。






ただの気まぐれなのだと思う。

権力も財力もある彼は、欲しいものは何だって手に入る。なのに、何もないオレに手を差し伸べるのは。
ない時間を割いてまで、何も出来ないオレに優しさを分け与えるのは。

ふと気まぐれに、道端の捨て猫にミルクを与えるような。そんな感覚なのだと思う。
そのぬくもりは、他の対象を見つければあっけなく消えていく。まるで、全て夢だったかのように。

でも。
オレにとっては、大切な、大切なー。



貰ったぬくもりの数が、片手で数えるには足りなくなった、その日。
黒鋼は、オレ達が初めて出会ったスイートルームをとった。

無理して働きすぎじゃないのかと。その横暴な口調に、どこか優しげな響きを感じて。
逞しい腕に抱き締められた時、オレはその腕の中で、父親のことも、今後の不安も。一瞬、全部、忘れた。
そのぬくもりから開放されると、何故かそれがさみしくて。

貴方にとっては些細な出来事でも。
オレにとってそのあたたかさは、何よりもうれしかった。


「失礼致します」
部屋を取っている今は、お客様とホテルのサービス・マンという立場。
きちんと腰を折り、規定通りの仕草で注文されたルームサービスを運び、部屋へ入る。
「こっち来い」
「・・は」
あの日と同じ呼び掛けに、どきりとして睫毛を瞬かせる。思い出す。優しい言葉をかけられて、抱き締められて。
いつか消え行くものであっても、オレにとっては。
「如何なされましたでしょうか」
勤務用の穏やかな笑顔を作って近付くと、顎をぐいとすくわれた。

「あの日。おまえの本当の表情を見てみてぇと思ったんだ。・・何でだろうな」

言葉を返す前に、突然景色が反転する。途端、スイートルームの最上級のベットに、身体が柔らかく沈んだ。
真正面からの鋭く紅い瞳に、押し倒されたのだと理解する。
「黒鋼様・・っ」
顔の横に逞しい両の腕を付かれ、身動きがとれない。心臓が、破裂しそう。
「俺のこと。どう思ってる?」
低く、抑えた声に、身体が震えた。
「・・・優しい、お方、だと・・・」
「本当の俺は、ずるくて悪い男だ。優しくなんかねぇ。おまえの前では、作ってるだけだ」
どうしてだろう。
何もかも持っているはずの彼の声は、少し、揺れて聞こえた。

「本当の貴方が・・どんな方でも・・」
自分の頼りない指を伸ばして、彼の大きな手を、包んだ。
「オレにとっては、この世の誰よりも優しい方です。
生まれて初めて、こんなオレに、ぬくもりをくれた人・・」

何故だろう。
何でも掴めるはずのその強い掌は、オレの弱い指の中で、少し震えて感じて。
「貴方がどんな方でも。・・・貴方はオレの、初恋のひとです・・」
握った手に突然痛いくらい力を込められて、唇を乱暴に塞がれた。
「・・んっ・・」
今までないくらい、深く、激しくー何もかも奪われるような口付けに、彼以外、他の全てを忘れてしまう。
息苦しさからか、もっと別の理由からか、自然と涙が溢れる。
唇を開放すると、黒鋼は喉の奥で少し笑った。
「何なのか、分からなかった。こんな歳になって、散々汚いことしてきて、今更・・おかしなもんだ」
オレの涙を舐めとり、武骨な手はそっと髪を撫でる。
「そうか・・・初恋か、これは」
囁いた黒鋼に苦しいほど抱き締められて、呼吸が出来ない。
貴方が、オレに・・?

「好きだ・・」

その言葉に、胸が震えて。

その幸せに、死んでしまいそうだと、思った。






病院の清潔なカーテンが、緩やかな風に揺らぐ。
「改まって話とは、何だい」
今日の父は比較的体調が良いらしく、ベットから上身を起こしていた。
俯いてベット脇の丸椅子に腰掛けると、自分の握り締めた手が目に入る。情けないくらい、細い指。
「・・迷ってるんだ。父さんの、意見を聞きたくて・・」

黒鋼と、一夜を共にした。とても優しくしてくれて、それは夢のような一夜だった。
翌朝、彼に驚くような提案を出され、そして。オレは、答えを出しかねていた。

「迷うって?」
「うん・・諏倭っていう財閥・・父さんも知ってるよね」
「そりゃあ、知らない人はいないだろう」
「そこの若社長様がホテルに見えた時、給仕のオレを気に入って下さって・・。
それで、ホテルをやめて自分の元に来るよう誘って頂いて・・それだけじゃないんだ。
父さんの病気、今最先端の医学療法で治療すれば、治るって。その手術代ももってくれると・・」
「なに?そんなことまで・・」
「うん・・それで今お医者様に確認したらその手術代、すごい金額なんだ。オレが一生働いても・
ううん、2・3回生まれ変わって働き続けても、全然足りないくらい・・信じられない額だった」

今は、好きだといってくれる。今の黒鋼の気持ちは、信じられる。
でも、未来は分からない。

「いくら財閥の社長様でも、さすがにこんな金額・・申し訳ないし、返そうと思っても・・
とても返せる、金額じゃないし・・」

それになにより。

「オレの為って言って下さるけど、・・・オレにそこまでしてもらう価値も資格も、あるなんて・・・
思えない、し・・・」

力も財力もある彼に、何の力もない自分など釣り合わないし相応しくない。
呼ばれたからといって、彼の元に行くなんて・・おこがましいのではないか。

「ファイ」
俯くオレに、父が語りかけた、その時。

「邪魔するぞ」
突然病室のドアが開いて、驚いて振り向くと。
「・・黒鋼様!」
不機嫌そうにみえるけれど、それは彼のいつもの表情。
父の枕元に、見舞いだ、と手にしていた名店のメロン籠を置いた。
「・・ファイから話は聞いたか?」
「ああ、今聞いたところだ」
なら話は早い、と彼はオレの腰に手を回し、簡単に引き寄せた。

「・・頼む、こいつを俺にくれ」

「え?!・・くろ、が・・・」
見上げた紅い瞳は、真っ直ぐで。
くれって・・・・、それってまるで・・・。びっくりして、心臓が、止まりそう。

父は、穏やかに微笑んで、にわかに息を吸ってー叫んだ。
「ならん!!!」
「何だと?!」
「諏倭の若社長といえば、病床の私にも噂は及んでいる。
仕事は出来ても、女にだらしなくて泣かせた女は星の数だと!!」
「ええ・・っ、黒鋼様って・・女癖・・悪いんですかぁ・・・?!」
「い、いらんことを・・!そんな昔の話をぶり返すな!!貴様、人が下手に出れば・・!
言わせて貰うがな、てめえのせいでファイはちっちゃい頃から働きづめで食うや食わずだったんだろう!
悪いと思わねぇのか!!病気も治すってのに何が不満なんだ言ってみろこのクソじじぃ!!」
「まだ私はジジィじゃないぞ失礼な!ほらみろファイ、この男はおまえの前で格好つけてるだけで
本当は口は悪いしろくでなしだ、こんな奴の世話になることはない!!」

「と、父さん・・っ」
思わず、黒鋼を庇うように彼の前に立つ。
「違う!!黒鋼様は優しい人だよ!!彼を悪く言わないで!!」
「おまえは騙されてるんだ、そいつから離れなさい、ファイ!」
「やだ!離れたくない!!一緒にいたい!!」
思い切り黒鋼に抱きついて叫ぶと同時に、父の呻き声が聞こえた。
「・・く・・」
振り向くと、俯いた父が肩を震わせていた。
「と、父さん・・?!体調がまた悪く・・」
慌ててその肩を起こすと。呻いているのではなく、父は笑いを堪えていた。
「ふふ、やっと本音を言ったな、ファイ。こうでもしないとおまえはいつも本心を隠す」
「あ・・」
自分の叫んだ言葉に、気が付いた。

「本当は、そばにいたいんだろう。昔から何度も言ってるじゃないか、私に構わずおまえの好きに生きていいって。
この人のことが好きなら、お金を出してもらうのは申し訳ないとか、自分にはふさわしくないとか悩まずに、
自分の気持ちに正直に、素直に甘えたらいいじゃないか」

父さんはオレの為に、わざとあんな悪態を・・?
「父さん・・」
抱きつくと父は、幸せになるんだぞ、囁いた。
「黒鋼様、オレ・・」
振り返ると、黒鋼が憮然とした表情で父を見ていた。
「・・・・・クソじじぃとか言って、悪かった」
「まあこれからも世話になるだろうから、水に流してやろう。
ファイは渡すが、女遊びして泣かせたらすぐ返してもらうからな」
「だから!こいつと会ってからは何もしてねぇよ!!」
「・・・・・・ホント、ですかぁ・・?」
「おまえも疑うな!!」

どかどかと足音高く近付いた黒鋼は、オレの手を乱暴に掴んだ。
思わず身構えると、その掴み方に反して、指先にそっと。

優しく、口付けた。

「俺の所、来てくれるんだな。・・何よりも一番大事にするから。一生」


指先が震えて、唇が震えて、うまく言葉が口に出来ない。

「・・は、い・・」

今の黒鋼の気持ちも。
そして、未来もずっと、その先もーーーー。