味噌汁が飲みてぇ」
晩御飯も終わり、ふたりで猫の目のカウンターに座っていた時、黒たんがふいにそう呟いた。
「みそ・・なあに?それ」
「ああ、おまえ知らねぇのか。茶色い汁だ。日本国で、いつも飲んでた」
「ふーん。で、みそってどんなものなのー?」
「味噌は味噌だ。赤土みたいな」
「えぇえぇえ?!?!黒たんの故郷って、土の汁飲んでるのー?!」
「違う!もういい!!」

次の日。
バターとミルクを買いに出たついでに、店主に試しに聞いてみた。
「すみませーん、みそってありますかー?土みたいなものらしいんですけどー」
「ああ、味噌なら向かいの和風食材の店で売ってるよ」
なんと、本当にあるらしい。しかも土で通じてしまった。
信じられないけど、土を飲む文化はオレが知らないだけで、各次元結構広まっているようだ。
急いで向かいの店へ行ってみた。
「すみませーん、みそ下さーい」
「はいはい、ここにあるよ」
人の良さそうなおばちゃんが指し示した樽を、覗き込んでみた。
「わー!本当に赤土だー!」
「あっはは、違う、土じゃないよ。それは大豆を加工してあるのさ。そんな調子じゃ、
味噌買っても料理なんか出来ないんじゃないかい?」
「なんだ、土じゃないんだー。黒たんたら、オレをだまして・・。
そう、料理の仕方知らないんです。教えてくれたら嬉しいんですけどー」
「いいよ、ついでに味噌汁に合うおかずの作り方も教えてやるよ。とっておきのね。
そのかわり、材料はぜーんぶ、ここで買うんだよ!」
「あはは、商売上手だー」
親切なおばちゃんに一通りレシピを教わり、材料も揃えてもらって店を出た。

今日は、猫の目を夕方前に閉めて、ご飯作りに専念しよう。
黒りんが帰ってくる頃には、味噌汁も芋の煮っ転がしも完成してるように。
晩御飯にお味噌汁が出たら、黒たん驚くかな。ちょっとわくわくする。
足取りも軽く猫の目へ。しかし。

「えー?!何でもう帰ってきてるのー?!」
「・・・帰っちゃ悪いかよ」
予想に反し、もう黒たんが家にいた。小狼君には、課題を出してきたらしい。
せっかくビックリさせようと思っていたのにな。
「しょうがないかー、じゃ手伝ってくれる?ほら見てー」
味噌の包みや、袋に入れてもらった豆腐などを袋から出す。
「これは・・」
驚いてくれたようだ。買ってきた甲斐があった。
「夜ご飯はお味噌汁作ってあげるね。ね、楽しみー?」
「今から作れよ」
「え?だって、猫の目・・」
本当に食べたかったようだ。
まあいいか、こんなに食べたがってくれているのなら。今日は猫の目はお休み。
「黒りんたら、我侭ー。じゃあお昼ご飯は和風尽くしね。
オレ芋の煮っ転がしとか味噌汁作るから、黒たんは・・」
カランカラン。
そこでドアのベルが鳴り、「お届けものでーす」と、荷物が届いた。
「あ、良かった、すぐに届けてくれた。黒たん、もらって来てー?」
「面倒だな」
ずかずか取りに行った黒たんが、向こうで「うお」と声を上げていた。
「お米と、七輪。重かったから、運んでもらったんだー。黒りんは、七輪で秋刀魚焼く係」
「七輪で秋刀魚・・」
見ると、えらく感慨深げな表情をしている。
「まさか黒たんが、感動して泣くなんて・・」
「泣いてねぇ!しかしおまえ、味噌汁なんか作れるのか?」
「お店の人に作り方聞いたんだー。ぶっつけ本番だし、食べたことないし、味の保証は
できないけどね。でも大丈夫、その時は秋刀魚があるから。頼りにしてるよー、くーろりん♪」
「まだ焼くって言ってねぇだろが!何で俺が七輪で秋刀魚焼かなきゃいけねぇんだ!」
「うーん、豆腐は妙に白くてすぐ崩れちゃうし、ワカメはデロデロしてるし。
里芋なんか、見た目も怖いけど、剥くと手がぬめぬめするってお店の人が言ってたよー。
口の中、ぬめぬめになんないかな?日本国って奇天烈な食材が多いよねー・・」
「ほっとけ!」
文句を言いつつ、黒たんは七輪に炭、秋刀魚など持って庭に出て行った。なんだかんだ言って人が良い。
さて、とファイはエプロンをかける。
まずはお出汁をとって・・、と削り節の袋を手に取る。
「これも大鋸屑にしか見えないんだけど・・大丈夫なのかなー」

里芋を煮絡め、お浸しもできた。味見してみると、なかなか美味しいような気もする。
日本国の食べ物を馬鹿にして、悪かったかもしれない。
黒たんは、真面目に秋刀魚を焼いているだろうか。案外嫌になって、サボっているかもしれない。
「でも、肝心のこれがねー。こんな味で、いいのかなー・・」
黒たんが食べたいと言っていたお味噌汁。味見してみたのだけれど、
味噌自体の味を食べつけていないので、いまいちこれでいいのか悪いのか良く分からない。
小皿にとって口にし、唸っていると、
「わ!吃驚した!」
突然隣に黒りんがいた。味噌汁の味付けに集中しているうちに、いつの間にか来ていたようだ。
鍋の中を覗き込んでいる。
「初めてにしちゃあ、まあそれなりに形になってるじゃねぇか」
「黒たん、秋刀魚は?」
「今焼いてる。炭おこすのが大変だったんだぞ」
真面目に焼いてくれていたらしい。
「ありがとー♪ねぇ、お味噌汁の味ってこんなんでいいの、かな・・?」
小皿にとって、恐る恐る渡してみた。黒たんは、それをすぐにクイと飲んだ。
・・・何だか、緊張する。
口にした後しばらく黙っていた黒たんが、ぼそりと呟いた。
「・・おまえ、料理上手いな・・」
「へ?」
驚いて、変な声が出てしまった。
「おはようございます!・・て、もうおはようじゃないですね。ごめんなさい!私、また寝坊しちゃって」
振り向くと、部屋の入り口にサクラちゃんが立っていた。まだ半分寝ぼけ眼だ。
「大丈夫ー、今日は猫の目お休みだから。ゆっくりしてていいよー」
コンロの前で並んでいるオレ達二人を見て、サクラちゃんは、寝ぼけ眼のまま微笑んだ。
「そうしてるとお二人、新婚夫婦みたいですねv」
「なんだとーっ?!」
エプロン姿のオレに渡された小皿を持ったまま、黒たんがコンロの前で怒鳴った。
「黒たんそれ、あんまり説得力ない・・て、あ!さんま大丈夫ー?」
「あ」

そして、ご飯に味噌汁、すんでの所で救出された秋刀魚、芋の煮っ転がしにお浸しという
お昼ご飯が出来上がった。
黒たんは何も言わず食べていたけれど、いつもよりゆっくり、噛み締めて食べているようだった。
『おまえ、料理上手いな』
そんな台詞、聞き慣れている。なのに。
何で、君に言われるとこんなに嬉しいんだろう。
まだ、ドキドキしている。

日本国の料理は、何だか幸せな
匂いがする。

また、作ってあげるね。黒たん。


  

銀月にしては珍しくほのぼの!題して、ほのぼノベル。
アニメでファイが黒鋼にお味噌汁作ってあげてたので、そのいきさつを考えてみました。


               

       

おみそしる