金持ち黒鋼物語・再来編2
以前訪れた時の様子からするに、義父は息子をからかうのを楽しみにしているらしい。これは扉でも蹴破って派手に
登場するのではと身構えたものの、どうやらその気配はなかった。あの口ぶりでは近くにいるのは間違いないはずで、
何処から出現するのかと周囲を窺う。
『見回したっていやしねぇぞ。上だ、上!』
「えっ?!」
「上だとォ!」
携帯からの豪快な高笑いに慌てて天井を見上げたけれど、忍者紛いの曲者も見当たらない。まさか天井裏に潜んでるわけでも
あるまいし、どういうことなのかさっぱりだ。
「全く、あの親父は・・」
「あ!待ってー、黒様っ」
どうやらピンときたらしい黒鋼が舌打ちしつつ駆け出したので、慌てて後を追い室内付けのエレベーターに駆け込んだ。
武骨な指が迷い無く押したのは、この最上階の更に上、屋上へと向かうボタン。
「上って屋上のことー?お義父様ってば、いつの間にそんなトコ登ってたんだろ?!」
「いや、今から来るんじゃねぇか。あの調子だと」
これから来るなら、むしろ階下へ向かって出迎えるべきではなかろうか。どういうことかと口を開き掛けた所で、滑らかな
上昇が停まりチャイムが響く。首を傾げながら扉を潜ると、その向こうの屋外へ通じるドアに手を掛けた黒鋼が振り向いた。
「気を付けろよ」
「え?・・キャ・・」
ドアが開かれ外気と通じた途端よろめいたのは、耳をつんざく爆音と吹き飛ばされそうなほどの強烈な強風に煽られたからだ。
傍らの逞しい腕にしがみ付きながら何とか屋外へ歩み出て、その根源を見上げる。屋上の天井は、遥か彼方まで広がる
眩しい青空。そこに一台の、巨大なヘリが太陽を反射し煌きを放った。下ろされた縄バシゴを悠々と降る、大柄の男は正しく。
「やっぱりな・・」
「おっお義父様ー?!」
すでに最上階より上にいて今から屋上に来る、とはこういう事だったのだ。まさかこんな大きなヘリで出現するなんて
予想外だったけれど、スケールの大きい義父にはいかにもお似合いな登場ではある。
轟音にまぎれた叫び声はそれでも伝わったのか、笑顔で軽く片手を上げてくれたようだ。長い脚で悠々と屋上に降り立つ姿を
見届けると、ヘリは敬礼するように一度前傾し船尾を翻す。機体が爆音と強風を引き連れながら空の向こうへと溶けてゆくと、
周囲には徐々に静けさが取り戻されていった。
大股で歩み寄るのは、以前たった一度だけ対面した義父。
深紅の瞳も頑強な体躯も愛する旦那様とよく似ているけれど、襟足の長い髪は一つに束ねられている。そして何より
黒鋼と違うのは、その存在感だ。誰もが認めるカリスマ性を誇る彼すら凌ぐ、威厳と貫禄がこの人を大きく見せている。
「お久しぶりですー、お義父様!」
「会いたかったぞファイ!おお、相変らず可愛いなーvよーしよし」
多分義父の言う“可愛い”は例えば黒鋼の言うそれとは大きく違い、愛玩動物や幼子を愛でる感覚なのではなかろうか。
その証拠に髪を梳いてくれる手のひらは小さなものを扱うように優しくて、まるで仔猫でも撫でてるみたいだ。その上
もう片方の手で喉元を柔らかく擽ってくれるのが気持ちよくて、つい本当の猫のような鳴き声を漏らしてしまいそうになる。
けれどそんな声を出してしまう前に後ろから攫われ、強引に義父と引き離された。
「早速人のモンに手ェ出すやつがあるか!大体どういう登場の仕方だ、どこぞの怪盗かてめぇは?!」
「ほお怪盗か、それも悪くねぇな。よし、このお宝は俺が頂いて行く」
がっちり捕らえているはずの彼の腕からするりとオレを奪い去ってしまうのは、さすが父親というべきか。
しかもそのまま軽々とお姫様抱っこされて、文字通り心臓が飛び出そうになった。熱の上った頬で見上げるとここはやはり
親子で、ニヤリと笑う悪役チックな表情は息子と瓜二つだ。以前の来日の際、義父の暴走を止めるのは義母の役割だったので
そろそろ仲裁が入ると思ったのに、あいにく諌める声はどこからも聞こえなかった。
「ふざけんなっつに・・ッておい、お袋は?一緒じゃねぇのかよ!」
「おう、今日は俺だけだぞ。奥はあいにく都合が付かなくなってな、俺だけでも羽根伸ばしてきたらと送り出されて来た。
あん?俺だけじゃ不満か?」
お姫様抱っこをされたままに、黒鋼と顔を見合わせる。ストッパー役である義母が不在とは、不満というより非常に不安だ。
無敵な義父を野放し状態にしておけば、何かとんでもない事件が起こるのではなかろうか。
不吉な予感がしなくもない、けれども。
「さあ息子、寂しいだろうが今日は一人で仕事頑張って来い!俺は可愛いファイちゃんと交流を深めてるからなv」
「こッのセクハラ親父・・!息子の嫁とどういう交流を深める気だッ?!」
お姫様抱っこされた上に頬擦りまでされているオレを見て、黒鋼がわなわなと拳を震わせる。
いつだって恐いもの無し、向かうところ敵無しの黒鋼をからかうことが出来る人物なんて、侑子様の他にはこの人くらいだろう。
どうもおふざけが過ぎる父親と本気で腹を立てる息子に挟まれるという困った状態だけれど、実は内心ちょっぴり嬉しい。
皆が恐れる天下の黒鋼がこんな風にヤキモチを焼いてくれる姿というのは、なかなか見られるモノじゃないのだ。
それに黒鋼と義父に挟まれるとまるで黒様ハーレムのようで、彼を誰より愛しているオレにとってこれほど贅沢な状況は
なかったりする。
「ファイ、遠慮してると親父が付け上がる!きっぱり迷惑だって断ってやれ!!」
「迷惑じゃねぇよなー、ファイだって俺と一緒に遊びたいんだろ?んー?」
「えーそんなぁ、じゃあ・・ちょっとだけー・・v」
黒鋼のヤキモチがくすぐったくて、わざと義父の広い胸に擦り寄ってみたりして。それに今回はお義母様がいらっしゃらないし、
密かに憧れている義父にこっそりちょっとだけ甘えてみてしまおう。やっと懐いた仔猫をあやすように抱き寄せてくれる義父は、
やはり彼とよく似た太陽みたいな匂いがした。
「ん〜v可愛いな〜!喜べファイ、こないだ来た時はろくにかまってやれなかったが、今回は明日まで滞在出来るぞ!
いつも何もしてやれない分、今夜は義父さんがたーっぷり可愛がってやるからなv」
「わあー♪お泊りしてってくれるんですか?」
「てんめぇッ!ファイに変な悪戯する気なら今すぐ帰れ!!大体おまえも喜ぶやつがあるか!!」
いつも堂々と余裕たっぷりの彼をからかうなんて、お義父様とグルになってるこんな時じゃなきゃ絶対ありえないコトで、
楽しくてついつい悪ノリしてしまったり。
でも心配しなくても大丈夫だよ、黒様。
確かにお義父様は素敵だけれど、ドキドキする一番の理由は愛する貴方とそっくりだから。
お義父様がオレにちょっかい掛けるのだって、息子の反応を楽しむ為だけ。
お義父様が本当に愛しているのはお義母様ただひとりで、オレが本当に愛しているのはもちろん黒鋼ただひとりなの。
一通り息子をからかって満足したらしい義父は、やっとオレを解放し黒鋼の横にすとんと降ろしてくれた。
大きく頷く彼の、いかにも愉快な笑顔が眩しい。
「いやー、面白い面白い!!」
「俺は全ッ然面白くねぇ!!」
猛る息子とオレの肩に手を置いた義父は、黒鋼の目を覗き込んでニヤリと笑う。今度は何を言い出すのかと身構えたけれど、
その目はあたたかな父親の眼差しだった。
「おまえがちっちぇえ頃はからかうと、すぐこんな風につっかかってきて可愛かったんだがな。
この日本支部を任せるようになった頃からかな。すっかり冷めちまって、突付いても反応しなくなってなぁ。
えげつないこともしなけりゃこの大グループは回していけねぇ、心も磨り減るし余裕がなくなるのは仕方のない話だが。
これでも随分心配してたんだ・・無理させて悪いと思っていたが、こっちも手一杯でおまえを助けてやれなくて」
「・・親父」
この国でのグループ総括を一人任っていた、オレと出会う前の黒鋼。
この業界は、油断していればすぐに足元をすくわれる厳しい世界だ。裏切りなど日常茶飯事で、気を抜くことはできない。
その反動で、私生活では相当好き勝手をし悪い噂も多々立っていたと聞いている。
「あの頃のおまえは、目が荒んでたからな。でもファイが来てくれたお陰だな、昔のおまえに戻ったじゃねぇか。
嫁に来てくれて、本当に良かった。ファイ、息子を助けてくれて本当にありがとうな。
全くこいつときたらファイに関しちゃあ、笑っちまうくらい完全にガキに戻っちまうんだもんなぁ」
これからも息子を頼むなと微笑む義父に、ポンポンと肩を叩かれる。
(オレが、黒様を助けてる・・?)
彼にはたくさん、たくさんのものを貰ってばかりで・・お仕事を手伝っても、傍でお世話をしても、ほんのちょっとも
貰ったものを返せてないって思っていた。
こんなオレが、彼の助けとなっているのだろうか。
見上げた視線は紅の瞳と交わったけれど、すぐにそらされてしまう。でもその頬は、ちょっと染まって見えて。
「ほーら、照れてやがる!」
「う、うっせーんだよッ、親父は・・っ」
そんな親子のじゃれあいに、微笑みながら。
オレでも、彼の助けとなっているのだ。
嬉しくて嬉しくて、胸の奥があたたかくなった。
今回はお義父様のみ来日♪ほのぼの展開になるかと思いきや、次回お義父様のおふざけターゲットがファイたんに移り
大ピンーチの予定でっすv
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