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金持ち黒鋼物語・再来編3

鬼も逃げ出す凶悪さだと恐れられている黒鋼だが、その手腕と実行力、何事にも動じず真っ直ぐ進む姿勢は誰しもを惹きつける。
社員は皆彼に畏敬の念を抱いているが、嫁兼秘書がそばに控えるようになってからは『実は奥さんには優しい』などと噂され
密かに親しみ度がアップしているらしい。人間味が垣間見えたとはいえ、何事も誤魔化せない紅い瞳を前にすれば空気がピリリと
引き締まるのが常であるが。
社長がオフィスに入り緊張感が走った、途端響き渡った『諸君おはよう!』などという天地が引っくり返っても彼の口から
出そうもない朗らかな言葉に、フロアにいた全社員の注目が集まった。
「なかなか来れなくて悪ィなぁ。うちの坊主の我侭に困ってねぇか、ん?」
「坊主っておまえな・・」
視線が集中した中心には、黒鋼が二人。不思議な光景にどよめきが広がったが、しかしよく見れば絶対有り得ない発言をした方は
黒鋼と瓜二つながらも多少年配である。天下の黒鋼を坊主呼わばりしあまつさえ小突こうとしている、よく似た男性。
そしてその人物の纏う圧倒的な気とかオーラといったものがフロア中に伝わったのだろう、どよめきは最高潮に達した。
「嘘っ?!」
「ひええ、ま、まさかあのお方は!!」
それは、社報や新聞の類で写真を見ることはあっても、まず直接謁見する機会などない黒鋼の父親。つまりこの財閥の創始者であり
各国の支部を取り仕切る、会長その人である。雲の上の人の突然の出現にフロアは大混乱に陥り、デスクの下に避難したり慌てて
非常ベルのボタンを押そうとする者まで現れる始末だ。
「俺はバケモンじゃねぇぞ、そう慌てんなよ。ああ、俺じゃなくて小僧見て恐がってんのか?面が凶悪だもんなぁ」
「あのな、俺はおまえに似てこの面になったんだよ」
何の予告もなしにこんな大物が登場しては、社内が大騒ぎになるのも無理はないだろう。あらかじめ連絡を入れてあげられれば
よかったのだけれど、そんな猶予もなく意気揚々と階下に向かい自らドアを開けるのだから仕方ない。親子の後ろに控えつつ
フロアの皆に心中詫びながらも、二人のやり取りが微笑ましくてつい噴き出しそうになってしまう。悪態を吐きあっているようで、
これがこの親子の愛情のこもったコミュニケーションなのだろう。
そうして社内を巡回したり出先に一緒に顔を出したり、各所に大パニックを巻き起こしながらも楽しい一日はあっという間に
過ぎていった。

「うむ、感心感心!黒鋼もファイもよくやってくれてるな、これからも日本支部をよろしく頼むぞ!」
息子をからかうことに励んでいるようで、実はしっかり視察もしてたらしい義父は満足げに頷き、銀のフォークでソテーを口へと運ぶ。
明日まで日本に滞在出来るということで、今は邸宅で夕餉を共にしている所だ。
「親父なぁ、いきなり登場しやがるから社内の奴らも取引先も仕事どころじゃなかったろうが」
「でも皆さん、会長さんは気さくな方なんですねって喜んでましたよー」
息子の顔を見に来たついでだとくだけた雰囲気の会長に、はじめ慌てふためいていた人々も最後は緊張を解き安心して言葉を
交わしていた。世界支部総裁であり何よりこの黒鋼の父親である彼のこと、有事の際は息子以上に背筋も凍る鋭さを放つのだろう。
けれど今は、豪放磊落で気のいいお父さんといった感じだ。まあ、何をするか分からず手に負えないところは多々あるけれども。
「やっぱりファイちゃんは優しいなぁ、うちの小僧と大違いだ!よーしよしvv」
「オイ、ファイに触んなってんだろ!」
テーブルを挟み座るオレの頭を撫でようと伸ばされた手は、隣に陣取る息子に目にも止まらぬ速さで叩き落とされた。
と思われたが瞬時に攻撃を避けた義父は、黒鋼のこめかみを狙い旋風のような拳を放つ。反撃を受け止めようとした息子が
フェイントに気付いた時には、拳はこめかみをすり抜けオレの頭をふわりと撫でていた。
その間一秒、光速の応酬に呆気に取られてしまう。
「まだ甘ェな、小僧!ファイちゃんいいコいいコーv金髪がサラサラで気持ちいいなあ♪」
「このクソ親父っ、その手をどけろ!!」
頭を撫でたとかそんなしょうもない理由で、食事中というのについに立ち上がり取っ組み合いが始まってしまった。普段余裕綽々な
姿しか見られないものだから、本気で食って掛かる少年のような黒鋼はとても可愛い。これではお義父様がからかいたくなるのも
当然だと納得しつつ、ケンカというより仲良くじゃれあっている親子をほのぼのと見物させてもらった。

大騒ぎしつつも食事を終え、何やかやとにぎやかに寝支度も済ませた。義父の寝室は別階に用意してあるものの、
きっとまたちょっかいを掛けに来るに違いない。相手をしてたら今夜はほとんど眠れないだろうけれど、本当に稀にしか会えない
義父だから、せっかく来日してくれた今日くらいは皆で夜更かしして過ごすのもいいだろう。
楽しい夜を期待して弾むようにベットに腰掛けたオレに対し、寝室に入って来た黒鋼はまるで決戦に赴くような面持ちを
していた。しかも腕を回したり屈伸をしたり、本格的な準備運動を始めている。
「珍しくお袋もいねぇし、奴にとっては稀に見る絶好のチャンスだ。親父の野郎、本気でおまえを狙ってくるに違いねぇ。
が、例え相討ちになろうと俺が命を賭けて食い止める。一歩たりともこの部屋には入れさせねぇから、おまえは安心して寝てろよ」
「えー?!黒様ったら、大袈裟なー。お義父様は、可愛い息子とじゃれ合うのが楽しくてふざけてるだけなんだよぉ」
こういう真剣な反応こそ思う壺、それに義理とはいえ父親という立場だ。まさか本当に手を出すような人ではなかろう。
しかし黒鋼は、俺には分かるんだ、と首を横に振った。
「俺と親父はよく似てる。俺がおまえにこんなに惹かれるんだから、親父だって本気でおまえに惹かれる部分があるはずだ」
「まっさかー!からかわれてるだけだと思うけどなぁ」
慌てて否定しつつも、“俺がおまえにこんなに惹かれてるんだから”という言葉にきゅんと高鳴ってしまう胸。黒鋼のような
己をしっかり持った凄い人が、オレを選んでくれたという事実すら奇跡だと思うのに。その上を行く彼の父親までも本気でオレに
惹かれるなんて、そんなこと有り得ない。首を傾げるオレの両肩に手を置き、覗き込んでくる紅の奥は燃えるような深い輝きを
湛えていた。
「そりゃあ、親父なりに自覚もあるだろうさ。でも、欲しいものは手に入れる・・そういう血が、俺にも親父にも流れてる。
だから、あいつもおまえに惹かれてんなら・・危ねぇんだよ」
「同じ血かー。うん、それはちょっと分かるけどー・・」
欲しいものは手に入れる、という血。自分に嘘をつかない、己に真っ直ぐな人。黒鋼はそういう人だ。
オレは黒鋼の、そういう姿勢に強く惹かれる。
(お義父様にドキドキしちゃうのはー・・黒様と同じ血が流れてるからなんだなー・・)
そんな彼が本当にオレに惹かれているなら確かに危ないだろうけれども、今日の動向を思い返すにやはり本来の目的は
息子をおちょくるコトにあるように思う。
引き止める間もなくドアの向こうに消えてしまった黒鋼は、ひょっとしたら今夜は一晩中戦うことになるのかもしれない。
黒鋼をからかうのを楽しんでいる義父は、行く手を阻まれようと簡単には諦めまい。そして黒鋼も本気で止めに入るだろうから、
すぐに決着はつかないだろう。
「・・てことはー、今夜は一晩中ひとりぼっちかぁ・・」
白いフリルのあしらわれた着心地のいいパジャマ姿でころりと丸くなると、キングサイズより広いベットに身体が沈み込んだ。
確かにここに義父が乱入したら、多少の悪戯は覚悟したほうがいいだろう。でも本当にごく稀にしか会えないし、明日にはもう
日本を発ってしまうのだから。3人でもっともっと、色々お話したり遊んだりしたかったというのが本音だ。
すでに、親子の壮絶な戦いの火蓋は切って落とされているのだろうか。お部屋では色々壊してしまうだろうから、大ホールにでも
移動して・・いや、それでも狭くて今頃裏庭辺りで戦いを繰り広げているかもしれない。全力の決闘、それがあの親子流のだんらん
なのだろう。
(まあ、これも親子水入らずってヤツかー・・)
何だか自分だけ蚊帳の外に追いやられたようで、寂しくなってそっと睫毛を伏せた。

「ひとりぼっちになんて、する訳ねぇだろ?」
その時真上から降って来た、鼓膜を震わす愛しいバリトン。聞こえるはずのない声に驚いて瞳を瞬かせると、鼻がぶつかるくらいの
距離に愛しい人の顔があった。ベット脇から腰を屈め、覗き込んでいるのは。
違う、黒鋼じゃない。声も顔も本当によく似てる、よく似てるけれど。
「お、お義父様ッ?!」
「はは、驚いた顔もまた一段と可愛い」
丸く寝転んだままのオレの両頬を、あやすように包み込む手のひら。ごつごつした感触は黒鋼とそっくりなのに、撫で方が彼と違って
何だか混乱してしまう。慌てて起き上がり部屋中を見回したけれど、息子の姿はどこにもなかった。
「あのっ、黒様、は・・?!」
「まだ息子にゃ負けられねぇ、正直危なかったが僅差で俺が勝った。あいつは負けを認めて身を引いたよ」
「ええっ?!そっそんな・・!!」
確かにこの偉大な父親には、黒鋼とオレ二人掛りで挑んでもまだ敵わないかもしれない。しかし、黒鋼は簡単に諦めるような人では
ないはずだ。なのに、現に『一歩たりともこの部屋には入れさせない』と宣言したはずの黒鋼は侵入を許し、本人すらここにいない。
「やっと二人きりになれたな。今夜のことは奥にも小僧にも、内緒にしてくれよ」
「ちょっ・・待って下さ・・!」
必死の抵抗も虚しく、細っこい身体など簡単にベットに沈められあっという間に両手首を貼り付けられてしまった。ニヤリと口を歪める、
獲物を狙う獣のような表情は本当に黒鋼とよく似ていて、何だか錯覚してしまいそうだ。知らずと頬に熱が上るけれど、そこで
重大な事に気が付いた。もし本当に、黒鋼が勝負に負けたのだとしたら。
「お義父様!黒様はケガしたの?!まさか、動けないくらいの大ケガ・・っ」
「ああ?心配しなくていいぞ、大したこた・・」
「くぉのクッッッソ親父!!!!!何やってんだあああああッッッッ!!!!!!」

突然の怒号と爆発音に心臓が飛び出そうになり、慌てて振り仰ぐとそこには扉を蹴破った鬼神の姿があった。背後に轟く龍が
幻視出来るほど怒り狂っているのは、間違いなく本物の黒鋼だ。
「く、黒様あっっ!!」
「なーんだ残念、思ったより早く気付かれちまったか。イイ所だったのになぁ」
血管も切れんばかりの黒鋼は、肩をすくめた義父の下からオレを奪い取り強く抱き締めた。今度こそ感触も抱き締め方も間違いなく
黒鋼本人で、心底ホッとする。よかった、もう少しで危ない世界へと連れてゆかれるところだった。
「ねぇ黒様、ケガは・・?!」
「ケガも何も!!!親父てめえ、勝負の前にちょっとトイレ行っとくとか言うから俺は待ってたんだよ!!なかなか戻ってこねぇと
思ったらズルしてんじゃねーーーッッッ!!!!」
「ズルとは失敬な、これが歳の功というヤツだ。勝負は力ばっかりじゃない、ココも使わなきゃダメだぞォ?」
人差し指で頭をとんとんと叩き豪快に笑う義父は、どうやら勝負前にフライングで寝室に忍び込んだらしい。
やはり真剣勝負というよりこの状況を心底楽しんでいるようにしか思えないが、とにもかくにも黒鋼にケガがなくて一安心だ。
「第一おまえ、ファイの気持ちを最優先で考えなきゃダメだろう。可哀想に、一人ぼっちでとり残されて寂しい思いしてたんだぞ」
「え・・っ?!・・それは!しょうがねぇだろ?!そもそも親父がこいつを狙おうとするから・・っ!」
そこまで考えていなかったらしく少し焦る息子に向け、義父は腕を組み不敵に笑った。黒鋼はよく凶悪な笑みを浮かべるけれど、
それを越える悪魔のような笑み。間違いなく悪いことを考えているようだが、今度は息子に何を企んでいるのやら。
「だからな、俺と勝負したいならこの部屋で戦えばいいだろう」
「何言ってんだよ、こんな所で始めたらファイが危ねぇだろが・・」
黒鋼は、警戒心を露にしつつ父親と向き合った。腕から解放されたオレはとりあえずベットに戻り、小さく体操座りをしつつ
成り行きを見守るしかない。
「だからおまえはガキだってんだよ、俺達が殴り合ってるの見てファイちゃんが喜ぶと思うか?この勝負は、全てファイの為だ。
だったらファイちゃんをより喜ばせた方が勝ち、という勝負にした方がずっといい、そうだろう?」
「なっっ何ィ?!親父てめぇ、何ふざけたこと言って・・!!」
何故か黒鋼は憤慨しているようだが、義父の提案に胸がドキドキした。甘い言葉をくれたり、綺麗なお花をプレゼントしてくれたり、
そんな勝負なら嬉しくてたまらない。せっかくお義父様が来たのだから今夜は皆で楽しく過ごしたいし、幸せすぎて怖いくらいの
名案だと思うのだけれど・・黒鋼はどうしてを怒っているのだろう。
「あーん?ひょっとしておまえ、自信がないんじゃねぇか?そんなコトしたらファイが俺の方にメロメロになるんじゃないかって、
恐ェんだろ?!」
「ざけんなッッ!!親父みてぇなジジィに、この俺が負けるわけねぇ!!」
「だってよぉ、今朝だって無理強いして泣かせてたんだろ?若いヤツは勢いしかねぇから駄目なんだよ。本当に自信があるってんなら
俺と勝負してみろ!息子よ、この俺を越えられるかな?!」
「よぉし、受けて立とうじゃねぇか!!こいつを、より悦がらせた方が勝ちなんだな!?!?」

「・・・え・・?」
最後の黒鋼の言葉に、耳を疑う。
まさか、まさか。
『ファイちゃんをより喜ばせた方が勝ち』というのは、『喜ぶ』ではなく『悦ぶ』の方・・なんてこと・・・・。
だとしたら黒鋼が憤慨するのも至極当然だが、売り言葉に買い言葉、義父に乗せられて頼りの彼までその気になってしまった。
バトルはバトルでもそういうバトル・・・・行方を見守っていたら、とんでもない方向へ話が転がってしまい、冷や汗が垂れる。
瓜二つの紅い瞳が同じように燃え滾り、ベットにぺったり座り込むオレを睨みつけるように凝視した。
既に、戦う者の目になっている。
「え・・え・・っ、ちょっと待ってーーーっっっ!!!」



またまた出たアアア!!銀月お得意の持論!!三角関係になるんなら3人でやりゃいいんじゃね?!?!?!(毎度すんません(汗))
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