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或る国王と剣士のお話G

「黒鋼様ーっっ!!大変!!大変ですーっっ!!」

実に1ヵ月半に及んだ入院生活も、ようやく今日で終わりを迎える。
主治医から治療の経過や注意事項などの説明を受けている時、慌しい足音と共にチィが駆けて来た。
チィのこんなに慌てている姿を見るのは、初めてである。
「チィ、ここは病院ですよ。他の患者さんにご迷惑が」
俺と一緒に医師の話を聞いていたファイが、軽く諌めた。
申し訳ありません、と頭を下げたチィは、でも!と、すぐに頭を上げた。
それから俺を見て、必死の面持ちでこう言ったのだ。
「黒鋼様の国の方が、黒鋼様をお迎えに見えたんです!!」
「・・・は?」
俺とファイは、顔を見合わせた。

主治医の説明もほぼ終わっていたので、俺達はその者達が通されたという客室へ急いだ。
俺の国?本当なのだろうか。いまいち信じられない。

訝りながらドアを開けると、そこには4人の男がいた。前合わせの、見慣れない服を着ている。
眼帯姿の男が先頭に立ち、4人とも、一斉に俺の前で跪いた。
「ーお迎えに上がるのが遅くなりまして、申し訳ありませんでした。若様」
「・・・は?」
跪く男達を前に、どう対応していいか分からず斜め裏を見ると、ファイも俺と傅く4人を見比べ
目をぱちくりしていた。
「いや、俺はただの捨て子で・・」
「違います、若様。貴方様は、諏倭国の城主様の唯一の後継ぎにございます。
貴方様は幼い頃、隣国の手により攫われたのです」
諏倭国?聞いたことがない。眼帯姿の男の後ろにいた者が、何かを話した。
しかし、何を言っているのかが分からない。聴いたことのない言葉だ。
「お目にかかれて身に余る光栄です、と言っております。
この大陸の言葉は、私以外の者はまだ完全に使いこなせていませんので、私が通訳致します」
眼帯の男が、そう言った。
「言葉が違う・・?まさか・・」
「そうです、我が諏倭国は、海の向こうの、もう一つの大陸にある国です」

そう、大陸はもう一つあるのだ。しかし、ふたつの大陸の間には、魔の地帯と呼ばれる海流がある。
一年を通して、通る者を無差別に飲み込む渦が巻き起こっており、稲光と豪雨に包まれている。
向こうの大陸に渡ることは、すなわち死を意味する。
極まれに渡る者がいるものの、大陸を行き来しようなどとは、普通は思いつきもしないことだ。
「どうやってここに・・それに、何で・・俺がお前等の国の者だって、分かるんだよ・・」
ふと、眼帯姿の男の胸元の光に気が付いた。銀の首飾り・・俺のものと、よく似ている。
俺の視線に気付いたらしい男が、首飾りを外し、俺に差し出した。
「やはり若様も、これをまだ持ってらっしゃるんですね?」
受け取って、男のものと自分のものを見比べてみると、寸法違わず、全く同じ物だった。
「それは、我が諏倭城の家系の者、近しい家臣の者のみに与えられる、守護体です。
他の国では、この細工はできません。貴方は諏倭国の者であるということは、信じて頂けましたか?」
首飾りの裏の、文様のような文字も一緒だ。偶然であるということは、ありえないだろう。
「我々の船は、若様の母君であらせられる姫巫女様に、守護の祝詞を上げて頂きました。
その力で守られている為、魔の地帯も渡って来られたのです」
「母・・?」
「はい。強い霊力を持った、お優しい姫巫女様です。
そして、貴方様は、父君である城主様に・・本当によく似てらっしゃる。
貴方様がこの部屋に見えた瞬間に、我々の捜し求めていた若様であると確信しました」
眼帯姿の男は、目を細めて俺を見た。俺を通して、『城主様』を見ているかのように。
嘘を言っているようには、見えなかった。

「黒鋼・・君は・・」
不意にファイが声を掛けた。
俺の裏にいたから、諏倭国の者達からファイの姿は見えていなかったのだろう。
今ファイの存在に気が付いたようで、思わず息を呑んでいた。なんと美しい、と呟いた後、
眼帯の男は俺とファイを見比べた。
「まさか、若様、もうご結婚されて・・?」
恐る恐る聞かれたが、残念ながら結婚はしていない。
「いや、これは男だぞ」
「男性?!この方が?!」
眼帯の男は裏の者にもそのことを伝えたようで、皆同じ反応を示していた。
「こんな美しい方は見たことがありません。まさか、男性だったとは・・大変失礼致しました」
「いやそれより、こいつはセレス国王だ」
「何ですって?!若!!!そういうことは先に言うように!!!」
叱られてしまった。
わ、悪ィ・・と思わず謝りつつ、何となく、自分の父親も国で同じようにこの男に叱られているような気がした。
「重ね重ね大変失礼を致しました。どうか、お許し下さい。
私共の若が、大変お世話になり、感謝のしようもございません」
4人は、ファイに深深と頭を下げた。
「いえ、世話になっているのは私の方です。彼には、幾度となく助けてもらいました。
貴方達の国の若君は、本当に、強い、立派な方です。
でもその強さは、セレス国を守る為のものではなく・・・貴方達の国を、守る為のものだったんですね」
ファイは静かに、微笑んでいた。

場所を応接間に移し、彼らから詳しい話を聞いた。
諏倭国の城主の第一子として生まれた俺は、4歳の頃、隣国の策略により攫われた。
殺されそうになったところで、何と4歳にもかかわらず、俺は犯人達をぶちのめして逃げ出したそうだ。
我ながら大したガキである。
故に、犯人達を突き止め、捕まえたものの、肝心の俺はもうそこにはいなかった。
大陸中、草の根分けて捜したそうだが、どこにもおらず、目撃者すら見つからなかった。
俺が逃げ出した場所は港町だったらしく、どこかの船に逃げ込んだのではないかと
周りの島々まで隈なく探したらしい。しかし、やはりどこにも見つからない。情報すらない。
ここからは推測である。
船に逃げ込んだ、までは正解だったのだ。ただ、その船がたまたま、本当にたまたま、
行き先が尋常でない場所だったのだ。海の向こう、もう一つの大陸行きという。
悪運が強かったのか、何かに守られていたのか、その船はもう一つの大陸へ到着した。
多分、その航海が恐ろしいものだったのだろう。ショックで、その以前のことを忘れてしまった
のかもしれない。俺の記憶は、ここから始まるのだ。
俺はじいさんに拾われ、言葉を教えてもらい、そして、軍に入ったのだ。

「ずっと、ずっと、探し続けていました。そして私は、こんな噂話を聞いたのです。
向こうの大陸に、黒鋼という、人外の強さを持つ者がいると」
そう言って、男は例の首飾りを手に取った。
「この裏の文様は、守護を示す印字です。・・私は仕事柄、こちらの文字の知識が少しあります。
この印字は、こちらでは『黒鋼』と読めるかもしれないと、気が付きました」
この文字は、向こうの大陸の印字だったのだ。これでは、いくらこちらの国の文字を調べたところで
何も分かるわけがない。
「若様は攫われた時、この首飾りを身に付けていた。ひょっとしたらまだ持っていて、
この文字から名を付けられたのではないかと、推測したのです。
やはり、大事に持っていて下さっていたのですね」
「・・何となく・・手放す気になれなくてな・・」
「そうでしょう。若様の首飾りには、貴方様の母君が守護の祝詞を上げました。
きっと、ご存知でなくても・・若様には何かが感じられたのでしょう」
これを、母が。
それに、と眼帯の男は言い、俺の目を見た。
「貴方は、普通の人間とは比べ物にならない力を持っているでしょう。
体は、通常考えられないほど頑丈なはずです」
確かに、一ヶ月前医者に、君は本当に人間なのかと真顔で問われたばかりである。
「その強さは、諏倭国城主の第一子のみに、神代の時代から代々備わるものなのです。
人外の強さを持つ『黒鋼』、それはきっと若様に違いないと、我々はこちらの大陸に参りました」
この異常なまでの頑丈さは、血筋によるものだったのか。
本当に人間じゃなかったら嫌だなあと内心密かに心配していたので、少し安心である。
「しかし、『黒鋼』は各地を流浪しているといいますし、偽者も横行していると聞きます。
こちらの大陸に辿り着いても、探すのに骨を折るだろうと覚悟をしていました。
しかし、今セレス国王付護衛兵に就任されていると公式発表されていましたので、
こうしてお会いすることが叶ったのです」
大陸連合協定総会にまで出席して俺の存在を世間に知らしめたのが、こんな所で役に立ったらしい。
「城主様一族に代々与えられるお力は、諏倭の神が我が国を守る為に与えたものと伝えられます。
貴方様のお父上もそうです。
諏倭の神の力を分け与えられ、わが国を守って下さる、それが城主様です」
そう言って4人は一斉に、俺に頭を下げた。
「我が国を守れるのは、若様以外いないのです。
我々は、十数年、ずっと貴方様だけを探し続けていました。
国の者は皆、貴方様の無事を信じ、貴方を待ち続けています。
どうか、我らと共に、諏倭国にお戻り下さい」


ーそう言われる事は、分かっていたのだ。


「話は分かった。お前等の言うことは、本当だろう。
・・でも俺はもう、このセレス国に生涯仕えると決めた。だからー」
「いけません」
驚いて横を向くと、ファイが俺の目を真っ直ぐ見ていた。
「貴方には、諏倭国を守るという、貴方だけの使命があります。
・・・皆、貴方の帰りを待っているのですから、一刻も早く戻って差し上げなさい」
「な・・だっておまえ・・」
「話の次元が違うんだ」
ファイは目を伏せた。
「ありがとうございます、セレス国王陛下。
どうか、若様。貴方様の、父君、母君も貴方様のお帰りを待ち望んでおられます。
我々は、明日にでも貴方様を諏倭国にお連れしたいのです」
眼帯の男はそう言って、もう一度頭を下げた。

俺はー

何も言えなかった。



結局、戻る戻らないの結論はもう少し先でいいので、とりあえず一度諏倭国へ、という
彼らの妥協案を受ける形となった。
急であるが、明日もう出発する。行方不明の後継者が、ようやく見つかったのだ。
一刻も早く、という彼らの気持ちも、分からないでもない。
しかし俺は、セレス国を去る気はないし、諏倭国にもそう長くは滞在しないつもりだ。
・・・俺の国、か。
自分の両親、自分が守るはずだった国、その土地に住むたくさんの人々。
皆、俺の帰還を待ち望んでいるという。
はっきり言って、実感は湧かない。想像がつかない。
・・・一度訪れれば、実感が湧くのだろうか。
ファイは、このセレス国を守る責を強く感じている。そして、この国を何より愛している。
一度訪れれば、俺もまだ見ぬ諏倭国に、そんな感情を覚えるのだろうか。

そんなことを考えつつ、夜更け、ファイの寝室のドアを開けた。
いつもベットに寝転んでいるのに、今日はベット脇の小机にいた。
「本当に、高貴な血筋だったんだねー。
・・多分、今日が最後になるんじゃないかな?」
ファイは俺を見て、少し微笑んだ。
「は?何がだよ」
「君が、ここに来るの」
「何言ってんだ。2週間もすりゃ、また帰ってくるぞ」
「・・・一度戻れば」
ファイが立ち上がった。
「ご両親に会うでしょう。国の皆にも会う。きっと土地にも、懐かしさを感じる。
もう帰れないよ」
「んなわけねえだろ。顔出したらすぐ帰ってくる」
「君の国だ」
ファイがこちらに歩みより、俺の顔を覗き込んだ。
「・・君の国なんだよ。君も・・国王なのでしょう。皆、待っているのだから。
セレス国には、もう帰ってきてはいけない」
「何言って・・だっておまえ、ずっと一緒にって」
「それと次元が違うって、言ったでしょう」
「馬鹿なこと、言ってんじゃ・・」
「諏倭の神の力を受け継いでいるのは、君だけだ。諏倭国には、君が必要なんだ。
・・自分だけ幸せになれれば・・他のたくさんの人が不幸になってもいいの?
国が・・滅んでもいいの?」
「そんなこと言ってないし思ってない。
でも国に帰ったら・・おまえは・・いいのかよそれで。二度ともう会えなくなっても」
「こうなってしまったら、仕方のない、ことでしょう」
そう言って、苦しそうに、微笑むから。
俺はファイの華奢な体を、思い切り抱き締めた。
「離れたくない」
「駄目だよ、国の皆が待ってる」
「一緒にいたいんだ」
「ご両親が、待ってるよ・・」
「好きなんだ、おまえが」
「・・・・だ、め・・だよ・・」


その夜、
ファイを抱いた。
ファイは、求めることもなければ、抵抗もしなかった。
ただ、深く繋がった時、

一滴の涙を零した。




翌朝。
「ファイ、もう行くぞ。・・2週間したら戻ってくるから」
声を掛けたけれど、ファイはベットに埋めた顔を上げない。
「おい、おまえも見送り来るんだろう。いい加減起きねぇと」
すると、ファイは片腕だけちょっと上げ、ひらひらと振った。
「国王様は体調不良の為、見送りは代理のものが行いますー」
「来ねぇのかよ。一応国王付護衛兵が国を出るんだから、国王が見送りに来ねえと」
「・・・腰痛いし」
「・・・。」
そう言われると何も言えない。
「・・多分、泣いちゃうから行けない」
そう言ってファイは、布団をかぶってしまった。
「泣かなくたって・・心配しなくても、絶対戻るから」
そう声を掛けて、俺は部屋を出た。

出発の時間が近づき、城門へ行くと、そこにはセレス国護衛軍が全員揃っていた。
城の大臣や召使、他に一般国民なんかもたくさんいる。
2週間ばかり空けるだけなのに、どうしてこんなに盛大な見送りなんだ。
「やはり、黒鋼様は一国の主でらっしゃったんですね。ただのお人ではないと、思っていたんですが」
世話してやっていた兵たちが寄って来て、口々にそんなことを言った。
「・・知れ渡ってるのか。それで、こんなに人が」
「そりゃあ、こんな一大事です。国中、国王付護衛兵様は、実は遠くの国の国王様だった、という
話題で持ちきりですよ。
国に帰られる前に、一度お顔を拝見しておこうと、これだけ人が集まってしまったみたいですね」
「国に帰るって言っても、ちょっと顔出すだけだ。すぐ戻ってくるぞ」
そう言うと、ええ、と周りがざわついた。

「でも、黒鋼様しか跡を継げる者はいないと、聞きましたよ」
「黒鋼様の国なんですよ」
「黒鋼様がいないと、その国は滅びてしまうのではないのですか」



ファイと。
ファイと一緒にいたいと、思うことは。

罪悪なのだろうか。




諏倭国に行けば、また同じように、たくさんの人に囲まれるのだろう。
「お願いします、どうかここに」
「我々には貴方様しか」
「貴方様はこの国の主なのです」

そんなことを言われて、
俺は戻って来れるのだろうか。

「若様、出発致します」
そう声を掛けられて、俺は改めて、このセレス国を見渡した。
どこよりも、美しい国。
君の治めている国。
君の、いる国。

ひょっとしたら、本当に、これが最後にー

その時不意に大きなざわめきが起こった。何事かとそちらに目をやると、集まっていた群衆が二つに割れた。
「ファ・・」
ウエディングドレスでも着て駆けて来たかと思いきや、もちろんそれは違ったのだが。
例の寝巻きだ。ファイが、・・
「あいつ、なんてカッコで・・っ」
反射的に馬から飛び降り、走って来たファイを抱きとめた。
「そんな格好で表に出るやつがあるか!自覚を持て自覚を!!」
これ以上魅力を振り撒かないで欲しい。兵士共が見惚れすぎだ。
「ご、ごめんこんな・・格好で・・。着替えて・・たら、間に合わないって・・」
全力で走ってきたらしく、息が乱れている。
「最後になるなら、やっぱりちゃんと・・言っておかなきゃっ・・て・・」
そこまで言って、ファイは呼吸を整え、そして俺の目を見た。
「オレ、ね、黒たんがいたお陰で、お城を出て、色んな所に行けた。
父様や母様のことも、思い出せるようになった。
黒たんに、いっぱい助けてもらった。
黒たんといると、楽しくて」
そこまで言うと、ファイは俯いた。
「きっと・・黒たんが、思ってくれている以上に・・オレは、黒たんのことが・・もっと・・」
そこまで言って、声が詰まった。
人前では決して泣かないおまえが。

細い体ごと、マントで隠した。
おまえの涙は、俺のものだから。

「だから・・オレ、遠くで・・黒たんの、幸せを・・願って・・」
瞬きするたび、綺麗な瞳から、涙が零れ落ちる。
「ああ、だめだ、やっぱり来るんじゃなかった・・」
ファイは、細い指で自分の顔を覆った。

君がこんなに泣いているのに。
他に、大事なものなんて、あるだろうか。
やっと今、分かった。
本当に大事なものは、ただ一つだ。
他には、何もいらないんだ。

「行かねぇよ。俺は国には戻らない。ずっとここにいる」
「・・え・・」
ファイが顔から両手を外すと同時に、
「えええええーーー!!!!何を仰るんですか、若様!戻って来て下さい!」
諏倭の者が叫んだ。
「ああ?駄目か?・・じゃあ、ファイ、おまえ諏倭に来い」
「へ」
ファイが目を見開くと同時に、
「くっ黒鋼様!!何を仰るんですか!!絶対駄目です!!!」
セレス国の面々が叫んだ。
「・・・じゃあ、」
ファイの細い体を持ち上げ、肩に担いだ。
「ふたりで逃げるぞ」
「な」
「優秀な部下がたくさんいるんだ、任せておけば国も何とかなる。
これから俺達は、ただのファイと黒鋼だ。
遠くへ行って、一緒に暮らそう」

「ええええええええーーーーーー!!!!!!」
今度はその場の全員が叫んだ。
「何言って・・!!止めて下さい!!!」

ファイを担いだまま、ひらりと馬に乗ると、
「し・・信じらんない・・」
ファイは呟いて、
それから俺の肩に抱き付いた。

「・・連れてって」

「よし、よく言った」
ファイに笑いかけると、ファイも楽しそうに笑った。

「そういう訳だ。じゃあな、世話になった」
「お待ち下さい、若様!」
諏倭の眼帯の男が、馬の前に立ちはだかった。
「何だ?やる気か、この俺と」
「いえ、・・私は・・城主様の血を引く若様に、どうしても戻ってきて欲しくて、
伝えないでいたのですが・・・城主様は、こう仰っていました。
息子が、もし彼の土地で本当に愛するものを手に入れていたのなら、この諏倭のことは
気にしなくていいと。・・こんなに長い間、見つけてやれなかったのだから、息子には息子の
積み上げてきた人生がある。だから・・本当に己が愛するものを、守ればいい。
いつでも、お前の幸せを願っていると、伝えてくれと・・・」


そうしてー

俺達の駆け落ちは実行せずに終わったのである。
結局俺はセレス国にとどまることとなった。

この騒動を、大臣達は堅固な忠誠心によるものだと信じ、
兵士達は厚い友情によるものだと思い、
侍女達は麗しい愛によるものだと胸をときめかせたのだそうだ。

「ファイ様、なかなかお見送りに行こうとしないから、チィは一生懸命説得したんです。
もう一度会いさえすれば、きっとおふたりは大丈夫って思って・・」
チィは嬉しそうに言った。
「でも、突然立ち上がって、あんなお体なのに駆け出していったのには、びっくりしましたけれど」
「そうだよな、あいつよく走れた・・」
・・ん?
「チィ、お前・・」
「分かりますよ。昨日一緒にお眠りになったこと」
「・・・や・・。ん?・・そういや、国王に手を出すとギロチン台行きだった、よな・・?」
それを聞いて、チィは声を立てて笑った。
「そんな大事なこと、忘れてらっしゃったんですか?
でも、いいんです。忘れてしまうくらい、お互いに好き合っておいでなら。
愛し合ってるのなら、いいんですよ。いくらでも一緒にお眠り下さい」
思わず言葉に詰まった俺に、チィは、深々とお辞儀をした。
「黒鋼様。国王様を助けて下さって・・・ありがとうございました」



Hに続く。エピローグです。

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