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氷の足枷A

「お頭、姫様がお呼びです。扉を開けてくれませんか」

姫が自分を呼ぶ時は、人など使うことはない。意識下に直接割り込んでくる。
多分、これはー黒鋼は、眉を顰めた。

舌打ちをして扉を開けてやると、案の定、剣や槍を手にした十数人の輩がいた。最近賊に入団した奴らだ。
この“魔法具”の存在を通達した時、ひそひそと話をしていた男が、黒鋼に剣を突きつけた。
「この中にある魔法具を頂く。それさえあれば、姫も敵じゃねぇ!このお城のお宝、全部俺達の物に出来る」
「いくら鬼神と言われるお頭だって、これだけの人数でかかれば・・!」
そう喚いて、男達は黒鋼に向かいいっぺんに武器を振り被った。
最近賊団に入ったばかりの奴らだ。何も知らないのだ。
黒鋼は、静かに剣を抜いた。
「身分をわきまえろ。お前等のような馬鹿には、あいつを目にする価値さえねぇんだよ」

瞬時に、扉の前に数体の死体が転がった。
黒鋼が残りの者に目をやると、男達は顔を引き攣らせ、悲鳴を上げ転がるように逃げて行った。
「ふん、たわいもねぇ」
残された血塗れの死体を見て、逃げるなら仲間くらい持って行けよ、と一人ごち、黒鋼は扉を閉めた。
「守ってやったぞ。礼ぐらい言え、ファイ」
剣に付いた血を振り払いながら鉄の椅子に歩み寄る。


月色に輝く髪、真珠のように滑らかな肌。純白の着物に包まれた、折れそうに細い、白い身体。
銀の首輪に、幾重にも繋がれた鎖。
造り物のように美しいファイは、やはり、造り物のように動くことはない。
けれどー不思議なことに、その言葉だけは伝わってくるのだ。
動かなくても、彼は生きている。人形のようなその身体には、心がある。

“ありがとー、黒たーん♪って、どっちにしろ、囚われの身だからねぇー・・”
「その呼び方やめろって言ってんだろが!!」
“なんでー?可愛いでしょ?くーろりんv”
・・言い返す気も起きない。

俺が名乗った後、こいつは“じゃあ黒たんて呼ぶねー”などとのたまった。
文句を言ってやったのだが、どうしてもそう呼びたいのだと言い張る。
こいつが言うには、こうして話が出来る相手は生まれて初めてで、
だから親しみを込めた呼び方をしたいのだとか何とか。

・・話せるのは、生まれて初めて。

こいつは、母親の腹の中で、言葉を覚えたのだそうだ。
世界の全てをそこから見ることが出来、腹の中であらゆることを学んだらしい。
それほど、途方もない魔力を宿しているということだ。
胎児の記憶はあるのに、何故か、生まれた直後のことはよく覚えていないのだと言う。
とにかく、気が付くとあの部屋に繋がれていた。
何でも見通せた瞳は、鎖から魔力が流れ出ている影響か、もはや埃の積もってゆく床しか・・
映さなくなっていた。
それから数百年、ずっとー。

そんなことを聞くと・・あまり無下にも出来ず、とりあえず妙な呼び方をされても返事くらいはしてやることにした。
文句は言わせてもらうが。


ファイは、そんな環境に置かれていたにもかかわらず、飄々としていた。
俺がファイの立場だったら、と考える。
理由も分からず、閉じ込められてー
誰も助けには来てくれないのだろうか。ここから抜け出すことは出来ないのだろうか。
薄暗い密室での、その孤独。長い長い、底知れぬ不安。
そして、誰も助けになど来はしないと・・永遠にこのままだと悟った時の、その絶望の深さを。

きっと。
自分は、憎むだろう。
その絶望と同じくらい、深く、深く。
自分を捕らえた者を、その街を、この世界全てを、
・・・そして、自分の運命を。
深く憎むだろう。

この宿る強大な力を使い、この世の全てを破壊し尽くてしまえたらと・・
きっと、自分なら、そう願う。

ファイには、そんな憎しみが、まるで感じられなかった。
過去を語る時も、まるで他人事のように語る。
数百年という時が、心を麻痺させてしまったのかもしれない。憎しみすら、抱くことが出来ないほどに。
常人なら、とうの昔に狂っている。
ファイはその力故、狂うことさえ・・許されなかったのだろう。
このままでは、あまりにー


黒鋼は、鉄の椅子の横に腰を下ろした。
「おまえ、何で体動かねぇんだよ」
“多分、この鎖を解けば動くと思うよ”
「・・何?」
“前の部屋でもそうだったけど、ここから魔力を抜かれてる。その影響で、動かないみたい”

・・そんな簡単なことで?
鎖を解けば、・・・おまえは動くのか。
思わず、幾重にも繋がれた、鈍く光るその鎖に目をやった。
これを斬れば。

その白く華奢な指が、動くのか。
聴くことの出来ない、おまえの声が、聴けるのか。
その蒼い宝石のような瞳が、俺を追って、瞬くのか。


この運命から、おまえは、
開放されるのか。


「ー俺に、鎖を解けと?」
“ふふ、まさか。解けばお城が堕ちちゃうでしょ?それに、君には姫がー”
「そうだ、姫には恩がある。決して解くなと言われているからな。
言い付けを破るわけにはいかねぇ。・・悪ぃな」

そうだ。解くわけには・・いかないんだ。
解くわけ、には。

“いいんだよ、オレもう、ずっと昔に諦めているから。諦めちゃうと、楽だよねー”
「あぁ?」
何だか、腹が立った。
「おまえ、せっかく言葉が通じる奴が現れたんだぞ!馬鹿じゃねぇのか?!
これが最初で最後の機会かもしれねぇのに、なんで頼まねんだよ!
本当に、永遠に繋がれたままでいいとでも思ってやがるのか?!」
“いいよー、別にどこか痛いとか、息が苦しいとかそういうこともないし・・。
まあ、少し、寂しいけどさー・・”
「ほらみろ、寂しいんじゃねぇか!頼めよ!
がんばって頼みゃあ、解いてくれるかもしれねぇだろ?!諦めてんじゃねぇ!!」
“えぇ・・?えーと、じゃあ・・。鎖、解いてくれると、うれしいなー・・なんて”
「・・・・そういう訳にはいかねぇ」
“ええ?!結局断るんだー?!断ってやりたかっただけなのー?!黒たんイジワル!”
「や、そういう訳じゃー」

意地悪とかじゃなくて・・
諦めて欲しくないし、諦めたくないし、
俺はーそうだ、俺は。見たいんだ。
おまえのー


“でも本当はね、解いて欲しくない。解かないほうがいいんだ”

不意に発せられたファイの言葉に、黒鋼は顔を上げた。
「・・何でだよ」

ファイの呟くような言葉が、微かに聴こえた。



“・・嫌な予感が、するから・・・・”




「変わりは、ありませんか?」
「新入りの奴らが、魔法具を狙ってきた。追っ払ってやったがな」
瑠璃色の藤に品よく飾られた高座で、長く艶やかな黒髪を揺らし、姫は楽しそうに笑った。
「あらあら。困った子達ですこと」
澄ました顔をしているが、どうせ城内の出来事など、全て筒抜けに違いない。
姫に呼ばれ、魔法具の見張りの報告をするよう言われたが、多分目的は別にある。
「他に、変わったことは?」


知っているくせに。


「・・・・ない」

道具だと、生きてはいないと姫が言ったその“魔法具”には、心があったことも。
何故かその言葉が、俺には聴こえることも。


俺の心が、揺れて、いることも。


きっと、姫は知っているのだ。



どうして、姫は、言わないのだろう。

ーどうして、俺は、・・言えないのだろう。





一度追い払ってやってから、ファイを狙ってくる奴はいない。
だから見張り中、こいつと話をする以外、他にやることはない。
話をするたびに、今まで感じたことのない、言葉で言い表せない感情が湧いた。


次第に、日々の思考の比重が、こいつに占められていくのが分かる。



永遠に閉じ込められたまま、おまえはどんな気持ちだったのだろう、とか。

それでも昔は、自由になりたいと願っていたのだろうか、とか。

もし自由になれたなら、おまえは何をしたいのだろう、とか。





“黒たん・・?”
指先で顎を掬うと、宝石のような蒼い瞳が、幽かな光に反射して煌いた。
俺を映す、何よりも綺麗な瞳。でも、どこか虚ろな。

小さく薄い唇は、動くことはない。
この唇が、動けばいいと、思うなんて。
そっと、動かないその唇に口付けると、まるで死人に口付けたように、冷たかった。
引き寄せ、細い肩を抱き締めても、鼓動は、伝わらない。

“どうしたの・・”

「解いてくれって、言えよ・・」
“だめだよ・・お城が・・堕ちちゃうよ・・?”
「なぁ、自由にしてくれって、言ってくれ・・」
“だめ・・嫌な予感が・・するから・・・・”

見てるんだろう

「本当は、自由になりたいんだろう?」



“いいんだ、オレはこのままでー”

俺を

「尖塔で、つれてってって、言ったじゃねぇか」

とめるなら

“言って・・ない・・よ”

とめてくれ

「俺には、聴こえた」

とめてくれ

黒鋼は、鞘から剣を引き抜き、頭上に掲げた。

頼む とめてくれ

振り下ろすと、鎖は、硝子のように、粉々に砕け散った。





嫌な予感がするんだ。
思い出したくない、何かを思い出してしまう予感がする。


君を、失う予感がするから、



解かないでー


Bに続く



疑問に思いませんでしたか。
赤ちゃんの頃から繋がれてて・・服は?!
黒鋼と尖塔で会った時のファイの服は、どうやって手に入れたの?!手枷のサイズとかさ・・!!
銀月も思うんですがね・・。多分、素っ裸は身体に悪い。
宿る魔力で、赤ちゃん用服は、身体に合わせて大きくなっていったんですよ!
手枷と鎖は、それにかかっている呪術により、対象者の大きさに合ったサイズに変わるんです!(そんな都合のいい)

         
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