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魔物退治のお坊さん・精霊編


君と初めて出会ったのは、飲み込まれそうなほどの満月の晩。
その瞬間、月の光を吸った夜桜が、視界一杯舞い散った。
一面の花弁の中の君は、恐ろしいほど綺麗で  ー

きっと君には、触れても触れられないと。



「ええーっ?!あれがファイのご主人様なのぉっ?!信じられなーい!
あのファイのご主人様だもの、綺麗で頭のよさそうな人だと思ってたのに・・真逆もいいところよ!
どう考えても釣り合わないじゃない!」
「あの人、般若みたいに恐ろしい顔。ひょっとして、脅したり騙したりしてファイを式神にしたんじゃ・・!」
「間違いないわ!だって悪人顔だもの。悪行の限りを尽くしているに違いないわ!
小娘を攫ったり悪代官に裏金を渡したりして、ファイを式神にしたのよっ」

・・・屋根の上が煩い。
だいたい、悪代官に金を渡してどうしてファイが式神になるのか。
庭で掃き掃除をしていた俺は手を止め、声の元を睨みつけた。
「・・・黙って聞いてれば、何なんだてめぇらは」
「キャーーーーッ!!!!あの人ヤクザだわ!目で分かるもん!!こわあい!!ていうか、何で私達が見えてるの?!
今姿消してるのに!」
非常識にも寺の屋根の上に不法侵入しているのは、薄緑色の髪の娘と、銀色の髪の少女。
ちなみに、さっきから甲高い声できゃんきゃんと煩いほうが、薄緑色の髪だ。
人の形をしてはいるが、この髪の色、この状況から言って、こいつらは人間ではないだろう。
・・・多分あいつと、同類だ。

ふいに、涼やかな風が吹き抜けた。

「プリメーラちゃんにチィ。ここには来ちゃいけないって、言ったでしょー?」
屋根から下を覗き込む女共の真裏に、見慣れた姿がふわりと降り立つ。
「ファイっvvv」
振り返った二人は、声を合わせて彼の名を呼んだ。
輝く光の髪に、澄んだ空色の瞳。月の光のような肌。
女二人もかなり綺麗な部類に入ると思うが、それとは比べ物にならない。
俺の、世にも美しい式神。名は、ファイという。
「やっぱりおまえの知り合いかよ。どっかにやれよ、それ。煩くて掃除ができねぇ」
「それって・・!失礼ねぇぇ!!ファイ、本当にこんなヤクザの式神になっちゃったの?!」
「まあまあ。ほら、下でお茶淹れてあげるから。二人ともとりあえず屋根から降りなよー」
「わあい♪ファイのお茶、久しぶり!お菓子もある?」
チィと呼ばれたほうの少女は、ファイの提案を聞いてぴょんと地面に降り立った。
それを見て、プリメーラという娘も、別にお菓子に釣られたわけじゃないんだからっと俺を睨み付けつつ、
やっと屋根から降りた。
・・・何だか疲れる一日になりそうだ。

「このお寺には、見えないものを見えるようにする術がかけてあるんだよー。
だから、プリメーラちゃん達の姿が見えたんだ」
「そうだったの。そこの人間がかけた術なの?おかしいわ、何で私が人間ごときの術に気が付かなかったのかしら。
うーん、しあわせーVファイの蕨もち、やっぱりおいしーい♪
ねえ、どうしてファイがアンタの式神になってるの?!この私達のアイドルファイ様はね、本来人間なんかの式神に
なるような精霊じゃないのよ!!」
「お前、食うか文句言うかどっちかにしろよ」
「話を逸らさないでっ!ねえファイ、こいつに脅されてるんでしょう?
私達ファイの味方よ、正直に言って!一緒にこのヤクザをやっつけてやりましょ!」
「あのねえ、この人はオレのご主人様なの。もう少し敬意を払って話してもらわなきゃー。ねえ?くーろたん♪」
「てめえが一番敬意がねぇんだろうが!」
ファイといいこの小娘達といい、精霊というのは変な奴が多いようだ。
普通の人間相手ならば、大抵自分の強面に恐れをなすようで、こんな軽口を叩かれることはまずないのだが。
頭が痛くなってくる。
「ファイはね、私達なんかよりずーーーっと位が上の精霊なの。銀竜だもの、格が違うわ。
精霊は、自分より強い人にしか式神として憑かないのよ。ファイより強い人間なんて、いるはずないのに」
だから秘密を探りに来たのよ、と言ってプリメーラは蕨もちのお代わりをファイに貰っていた。
本当にどちらがメインなのか分からない。その横で、チィが自分達の説明をした。
「あのね、チィは小鳥の精霊で、プリメーラちゃんは蝶々の精霊なの」
「そっちは虫か。そりゃ駄目だ」
「蝶々よっ!馬鹿にしないで、人間と比べたら私の方が断然強いんだからー!!
・・そりゃファイと比べれば弱いけど・・でもファイは、特別中の特別だもの」
「特別?」
「そうよ!だってファイは本当は神様の使いなんだから。アンタもご主人様なら知ってるでしょ?
山のようにいる精霊の中で、神様の使いになれるのはその中で選ばれた3人だけ。
一番高い位のお役目なのに、ファイが式神になるから神の使いをやめるって言って、天界はもう
大騒ぎだったんだからね。そのせいで、神様が怒ってファイの力も半分封印されちゃったし。
全く、アンタのせいなんだから!」
「・・なに?」
知らなかった。
ファイを見ると、いつも通りの表情で、微笑んでいるだけだ。


・・神から俺に乗り換えたのか?
どうして。随分思い切った転職である。

以前、ファイに昔は何をしていたのか聞いたことがある。
その時は、『精霊に過去なんてないよー』と、笑っていた。
大ありではないか。
力が封印された?今でさえ、この霊力なのに。しかもこいつは、いつも手を抜いて戦っている。
元は一体どれくらいの・・。

「ねえプリメーラちゃん、心配してくれるのはありがたいんだけど、オレは脅されてるわけじゃないし・・。
秘密を探るも何も、この人は今のオレよりずっと強いんだよー」
「冗談言わないで!それに私達が来たのはそれの為だけじゃないの。ね、チィ」
「うん。ファイ、最近ずっと下界に降りてばっかりでね、チィとっても寂しいの・・」
そう言って、銀髪の少女はファイにそっと寄り添った。
「そうかー、ごめんね、チィ。明日は一緒に天庭のお散歩しようか」
「本当?!チィ、嬉しい!!」
ぱっと顔を上げ、本当に嬉しそうに笑った。

さっきからこの精霊二人は、よく表情を変える。
ー 式神って、こんなに感情豊かなものなのか?

俺はファイしか精霊を知らない。
ファイは、いつも掴み所のない・・本心を隠しているような・・そんな奴で。
精霊というものは皆、こうなのかと思っていたのだが。
どうも違うらしい。
感情が見えないのは、精霊だからではなく、ファイだからなのだ。

いつも微笑んでばかりで、驚いた顔も、怒った顔も、泣き顔だって、見たことはない。
あいつはよく、俺を好きだと言うけれど。
俺のことをからかっているだけなのか、・・本当に好きなのか、それさえよく分からないのだ。

俺の前は、神の使いだったらしい。
何故俺に言わなかったのか。
突付けばいくらでも、俺の知らない、とんでもない事実が出てくるのかもしれない。

こいつの心は・・よく分からない。
・・ひょっとして、今こうして俺といるのも、何か企みがあってのこと、なのだろうか。


不意に、背筋に悪寒が走った。
同時に、精霊三人が縁側の外を見た。
「魔物が来る!」
「この妖気・・多分、前やった奴の仲間だな。あだ討ちに来たって訳か。
おい、虫に小鳥、危ねぇから奥に引っ込んでろよ」
「んもう、蝶々だってばー!危ないのはアンタよ、魔物なんかやっつけられないでしょ?
私達がやっつけてあげるから、アンタ引っ込んでなさいよ!」
そう言って、プリメーラはチィを引き連れて庭先に出た。
根は悪い奴ではないと思うのだが、全く厄介な精霊だ。
「プリメーラちゃん、その魔物本当に強いから危ないよー。オレが相手するから、戻りなよー」
俺の方を見て、しょうがないねといった風にちょっと小首を傾げて見せて、ファイが庭に降りようとした。
ー あの魔物は、本当に強いのだ。
「ファイ、おまえも出るな。あの魔物の仲間と戦った時、おまえ怪我しそうになったじゃねえか。
俺が出る」
「だーめ、黒様は奥にいて。ひとりでやるから」
「ひとりでだと?馬鹿言う・・」
言いかけたところで、ファイがついとこちらに人差し指を向けた。指先が仄かに青白く発光しー
「てめッ何を!」
その光が俺の脚を包んだ。動けない。
「そこにいて」
こちらをちらりと見やって、ファイは庭に降りた。
「おい!何でこんな・・、理由を言え!」
「理由なんてないよー」
式神は、歌うように返事をしながら、ふわりと浮き上がった。

理由もない奴が、脚を固定までする訳がない。
ー きっと、何かあるのだ。
今、俺に見つかると不都合な何かが、そこに。

案の定プリメーラ達は、壁際まで追い詰められてしまった。
ファイは魔物の肩に乗り、至近距離で青白い炎を放った。
魔物は、炎に包まれたままなおも、ファイに掴みかかろうと長い爪を振り回す。
紙一枚の差で避けたファイは一度地面に降り立ち、そのまま飛び上がる。
魔物の尾が追った。あの速さでは・・多分ファイにかする。

ファイは負けないだろう。でも確実にー、無傷ではすまない相手だ。

理由は知らない。
何を考えているか知らない。
でも。
「だから怪我するって言ってんだろうがッ!!」
腰に差していた斬魔刀で力任せに脚の辺りを叩き斬ると、カシャン、という硝子が崩れるような音と共に、
青白い光が砂のように崩れた。自由が戻る。
そのまま庭に飛び降り魔物の尾をぶった斬っると、ファイがぎょっとした顔で俺を見た。
「!術・・っ斬ったの?!駄目、戻って!オレだけでも勝てるから!」
「馬鹿言え、俺が斬らなかったらおまえ怪我してただろうが!」
「怪我くらいいいじゃない、黒たんだって前怪我してたでしょーっ」
「俺はいいんだ、おまえは駄目だ!!」
尾を失った魔物は、雄叫びを上げながらこちらへ向かってくる。
「そんな無茶苦茶言わないで!とにかく駄目なのっ、早く戻って!!」
「・・何考えてるか、何隠してるか知らねえがな」
魔物に向かい、刀を構えた。
「俺はおまえの主人だ、指図をするな!」
右肩から思い切り斬り付けると、魔物は大きく揺らいだ。
動きを止めたファイは、一度大きく息を呑んでから、俯いた。
「・・ご、めんなさい・・でも・・」
「理由を言え」
「だって・・」
何か言おうとしているようだが、その先の言葉が出ない。
言うつもりもなく、戻るつもりもないようだ。

何を、隠している?
俺に知られたくない何かをー

「きゃあああーっっ!!!」
叫び声に顔を向けると、斬り付けられた魔物はよろめきながら、再び標的をプリメーラ達に移したようだ。
仕方がない。おもむろにファイを肩に担ぎ上げると、ファイは小さい叫び声を上げた。
「戻らねぇなら、ここにいろ。手を出すな」
「な・・っ」
魔物を一閃しようと、刀を振り上げたその瞬間。

「駄目ぇーッ!!」

ファイが、悲鳴を上げた。
俺がとどめを差すことを、おまえは恐れていたのだ。

そんな声を聞いたのは、初めてだったから。
俺は止めずに、魔物を斬り付けた。
それがどんな事実でも。
例えおまえの本心が、俺に向いていないのだとしても。


初めて会った、あの日から。
式神となる儀式をしたー
おまえが俺の手の甲に口付けたあの瞬間から。
おまえは俺のものなのだ。


魔物は真っ二つになり、音を立てて倒れた。
「・・あ・・っ」
俺の肩に置かれた細い指に、力が込められた。ファイを見ると、苦しそうな、切なそうな表情をしていた。
「で、何が駄目だったんだよ」

その時、背筋に再び悪寒が走った。さっきとはまるで違う悪寒。

悪寒の元は、倒れた魔物の向こうの精霊二人。目を潤ませ、頬を染めてこちらを見ている。
「きゃあーっvご主人様って呼んでもいいですかーっ!」
「は?」
「・・・・あぁーあ・・。だから駄目って言ったのにぃー・・」
肩の上で、ファイが深いため息をついた。
プリメーラとチィが、目を輝かせて走り寄って来た。
「私達も、貴方様の式神にして下さーいV」
「・・はあ?」
さっきまでの態度と、えらい変わりようだ。
「・・あのね・・・精霊は、人間に助けられるのに、弱いんだー・・」
ファイが項垂れて説明した。どうも、普段人間に助けられることなどない精霊は、自分より強い人間に助けられると
一発で落ちてしまうらしい。

・・そういえば、ファイが式神になった時も、結果的には奴を助けていたような。

「ね、だめですか??」
必死に聞いてくる二人を前に、何と答えたらいいものかとファイを見ると、黙って首を横に振っていた。
「・・いや・・俺にはファイがいるから・・」
「じゃ、じゃあ!これからここに、遊びに来てもいいですか?」
泣きそうな顔で聞いてくるので、断りにくい。
「まあ、家に来るくらい別にかまわな・・」

「黒たんのバカ!!!」
パン!!!

「へ」
突然頬が弾かれたように痛んだのでファイを見ると、目に涙をためて俺をにらみつけていた。
どうやら俺はファイに引っ叩かれたらしい。
「や、待てよおまえ・・」
「黒たんの精霊たらしーーーっっ!!!」
そう言い捨て、俺の肩から飛び降りたファイは、そのまま天に昇って行ってしまった。

「た・・たらしって・・」
痛む頬を押さえ、呆然と、ファイの消えた天を見上げつつ。

怒った?
・・こいつらに、家に来てもいいと言っただけで。

ファイが俺を止めたのは、どうって事はない。変な企みがあったわけではなく。
単に自分だけの主人でいて欲しかっただけの話だったのか。

意外と独占欲が強いんだ。
あいつの怒った顔、初めて見た。

頬は痛んだけれど、笑ってしまった。

何だあいつ、ちゃんと俺のことが好きなんじゃないか。



とは言えファイが怒ってしまったのだ、何とかせねばならない。
精霊二人には丁重に断りを入れ、天に帰らせた。
それから式神を呼ぶ印を結んでみたが、ファイは降りてこなかった。
まだ怒ってんのかな。
きっと、理由を言わなかったのは。
あのファイのことだ、『オレだけのご主人様でいて』なんて、言えないのだろう。素直じゃないのだ。
・・・可愛い奴だ。

夜空に月が登る頃、ほとぼりも冷めただろうかと、庭先で再び印を結んでみた。
月光の中、ほの蒼い光が集まり、透き通るような・・幻のように綺麗な精霊が現れた。
「あいつらは断っておいたぞ」
「・・知ってるよ、あの後すぐ、二人とも泣きながらオレのところに来たから」
そう言ってファイは、いつもの顔で、微笑んだ。
「ごめんねぇ、・・あんなことしちゃって。オレどうかしてたんだ。忘れてね。
式神を何体持つかなんて、その人の自由なのに。
ねえ、あの二人も、式神にしてあげてよ。泣いちゃってさ・・オレも二人の気持ち、分かるし。
ショックなんだよー、断られると」
「笑えてねえぞ」
「・・」
「主人を馬鹿にすんなよ」
庭に降り近付くと、ファイは目を伏せた。
「本当のこと言えよ」
目を伏せたままのファイを、抱き締めた。ファイは少し言いよどんだ後、小さい声で呟いた。
「オレだけのご主人様でいて・・」
「ああ」
「他の子が来ても、うわき、しないでね・・?」
「誰がするかよ」
ファイは少し笑って、両手を俺の体に回し、胸に頬を擦り寄せた。
「今夜泊まってけよ」
「・・ん・・」




「・・おまえと初めて会ったのは、こんな満月の晩だったな。
あれから1年位か。また桜の季節が来る」
ファイはもう眠っているかもしれない、と言う気持ち半分で、独り言のように言うと、
「・・あの日は、夜桜が綺麗で・・怖いくらいで・・」
ファイは俺の胸の中で、目を閉じたまま、囁いた。
まだ、起きていたらしい。
「あの時俺が助けたから、おまえは俺の式神になったんだな。精霊が助けられるのに弱いなんてなあ。
おお、一緒に魔物と戦ってる時、よく助けてやってるじゃねえか。そのたびにおまえ、ときめいてんのか」
「しょおがないでしょぉー・・そういう性質なんだから・・」
きゅんきゅんしちゃって困るんだよ、と俺の胸に顔を埋めて言った後、
「・・でも、オレが黒たんの式神になった理由は、それだけじゃないんだよ」
微かな囁きで、よく聞き取れなかったけれど。
「え?」
「初めて会った時は、桜が綺麗だったけど・・もっと、もっとずっと前の・・」
「・・前?」
ファイはふふ、と楽しそうに微笑んだ。

どういうことか、聞きたかったけれど。
神の使いのことも、封じられた力のことも・・色々聞きたいことはあったけれど。

口を開こうとした俺に、ファイがそっと口付けたので、何も聞けなかった。

ー まあ、いいか。
おまえの気持ち、今はただそれだけで、十分な気がした。
きっと、いつか、おまえが話したくなったら話してくれるのだろう。


障子越しに、やわらかく月の光が差し込んでいる。
もうすぐ、桜の季節だ。



君と初めて出会ったのは、飲み込まれそうなほどの満月の晩。
その瞬間、月の光を吸った夜桜が、視界一杯舞い散った。
一面の花弁の中の君は、恐ろしいほど綺麗で  ー

きっと君には、触れても触れられないと。


その君は、今、腕の中にいる。





訪問編と作風が違う!すみません!
今回のメインは『嫉妬するファイ』なので嫉妬編にしようかと思っていたのですが、実際そう書くとえらいおどろおどろしい
タイトルになったので、精霊編にしました。精霊が訪ねて来たということで・・。
式神の設定は、銀月が書きやすい設定にしてしまったので、本物の式神とはかなり違うのであしからず!
他のものの区切りとかに、ちょこちょこと少しづつこの続きを書いていけたらなあと思っております。

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