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翼のない天使B

もっと話したいし
その手に触れたい
一緒に遊びに行きたいし
ずっとずっと一緒にいたい

なあ 俺は 君の為に
何が出来る?




「今日は会えません」
「また?今日はじゃなくて、今日もだろ?ここんとこずっとじゃねぇか!」
「・・熱が下がらないの。とても話が出来る状態じゃないのよ」
部屋の前に立ちふさがる女医は、口調こそ厳しかったけれど、その目は悲しげだった。

ファイと出会って、半年が経つ。季節は、いつの間にか秋に変わっていた。
森の木々が色付き、俺が見つけた森の中の泉は、美しい紅葉色に彩られた。
秋までに治して、一緒に見に行こうといった泉。
君は、行きたいと言ってはくれなかったけれど。
紅葉は、じき全て舞い落ちてしまう。君に見てもらえないまま。
俺は変わらず毎日通っていたけれど、今はもう、会えない日の方が多くなっていた。
「・・・そう・・・か・・」
うつむいた俺の耳に、突然高い機械音が響いた。
「どうしたのファイ君!」
俺が驚いて顔を上げると同時に、女医は慌しくドアを開け、病室へと消えて行った。
「ファイ・・」
今の音は、あいつがドクターを呼ぶ音だ。
なにか、あったのだろうか。苦しくて、呼んだのだろうか。
入りたかったけれど、許可なく入ることは禁じられている。
君が余計、体を悪くするから。
どうしよう。苦しんでいたら。つらかったら。
ドアに耳をつけても、厚いドアからは何も聞こえなかった。
「・・ファ・どあッ?!」
突然ドアが開き中に倒れこんだ俺を、女医が受け止めた。
「何をふざけているの。早く着替えなさい」
「ふざけてねぇよ!お前がいきなり開け・・え?着替え?」
「あなたにどうしても会いたいんですって。でも、5分間だけよ」
服を用意しながら、ドクターはそう言った。ファイに会える、一週間ぶりだ。
胸が高鳴った。ファイも、俺に会いたかったんだ。急いで着替え、病室のドアを開けた。
「ファイ!!」

ファイは、呼吸器を付けて目を閉じていた。

最近のファイは起き上がることが出来ず、いつも横になったまま話をしていて。
こんなに長く会えなかったことはなかったから、気が付かない振りをしていたれど。
久しぶりに見たファイは青白く、小枝のような指はさらに細くなって、



ふいに。

今まで考えないようにしていたことが、


頭をよぎった。




「ファイ君、いい?」
女医に呼吸器を外されたファイは、目を閉じたまま、苦しげに息をついだ。
5分だけよ、と女医は静かに部屋から出て行った。

「・・・ごめんね」
消え入りそうな言葉とともに、ファイが瞳をうっすらと開けた。
長い金の睫毛の間から、潤んだような蒼が見えた。
胸が苦しくて喉が詰まって、俺はただ首を横に振った。
「時々・・心臓が止まるんだ・・・」
掠れた、震える声で。
「黒たん・・・ありがとう・・・」
ファイは俺を見て、息を継ぎながら、かすかに微笑んだ。
俺は何も言えないまま、病室に入ってきた女医に、部屋の外へ連れ出された。
錠を掛けられたドアに、我に返って叫んだ。
「嫌だ!!嫌だ!!」


これが、最後なんて嫌だ。

もう、会えないなんて嫌だ。


ドアを叩いているうちに、涙が溢れてきた。
「ドクター、もう少しファイに・・」
「駄目です。今見て分かったでしょう?これ以上は無理よ」
「嫌だ・・っ俺は・」
ドアの前で膝を付くと、女医は幾分声を和らげた。
「明日来なさい」
「明日・・なんて、今日よりもっと・・悪くなってんだろ・・?そしたらもう・・」
「明日来なさい」
女医はもう一回囁くように言って、俺の頭に手を置いた。




俺は君に、何もしてあげられなかった。


結局俺は、何も出来なかったじゃないか。




病院から出された俺は、どうやって帰ったのか分からないけれど、気付くと家の門の前に着いていた。
「どうしたの?黒鋼」
母さんは、ただ泣いている俺に驚きながらも、抱き締めてくれた。
「・・・・・ファイ・・・っ」
俺の様子に何かを悟ったのか、肩に置かれた優しい手が、そっと体を離した。
「・・大切な子?」
母さんは、しゃくり上げながら頷いた俺の顔を覗き込んだ。
「ほら、泣かないの。あなたが出来ることを、しておいで」



あの日のファイの、楽しそうな笑い声を、思い出した。



そうだ俺、
俺は。


決めたんじゃないか、
絶対ファイを助けるって。


涙を拭って病院に駆け戻ると、ドクターは驚いた様子で振り向いた。
「明日になさいと・・」
「いいんだ、部屋に入れなくても。ドアの前でもいい、傍にいさせてくれ」
真っ直ぐ目を見てそう言うと、女医は少し目を伏せた。
「そう・・じゃあ、私の仮眠室で休みなさい。ファイ君の病室の隣よ。私は使わないし」
「分かった、そこにいる。でも、ドクターは・・?」
「私は今晩付きっ切りだから」
「なら、俺も何か手伝えること」
「・・眠れないでしょうけど、せめて横になっていなさい。あなたまで倒れたら困るわ。
何かあったら呼びます」


何かあったら・・?
恐くなった。
今日見たファイは、今すぐにでも、
消えてしまいそうだったから。


「明日・・会えるか?」
「分からないわ。最善は尽くすけれど」
「ドクターも・・少しは、休まないと」
「いいのよ。どうせ、眠れやしないから」
ドクターは、口元だけで無理に微笑んだ。


今夜が、峠なのかもしれない。
ドクターは、ファイが赤ん坊の頃から見てきたのだ。
心配で、苦しい気持ちは俺と一緒。


仮眠室は殺風景だったけれど、ファイの病状について事細かに書かれているカルテが
たくさんファイルされていた。手に取ってもよく分からなかったけれど、
何とか治したくて、ドクターがどれだけ頑張っているかということは、よく分かった。


この白い壁の向こうに、ファイがいる。



会いたい。





壁に額を当てて、ファイの笑顔を思い出した。





ま、まだ続く。いつ終わるんだ(泣)コレー!
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