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魔物退治のお坊さん・完結編・序


「お久しぶりね。・・いい所ね、相変わらず」

艶やかな黒髪が、彼岸花の深みを思わせる緋の上を流れる。
美しい着物を纏った女ー通称魔女は、数年ぶりに訪れた古寺を見渡し、微笑んだ。
華美なものは何一つないけれど、丁寧に清められた客間は、初めて訪れた時と全く変わらない。
「侑子さんこそ、相変わらずお美しいですなぁ」
その寺の主である老住職は穏やかに笑い、粗茶ですがと茶碗を差し出した。
茶碗は自作であると言うが、見事な出来栄えである。

この心優しい住職は稀に見る霊力を得ており、この魔女と以前より交流を持っていた。
魔女は折りある度にこの寺を訪れていが、たまたま機会がなく、以前訪れた時から数年月日が流れていた。

「あなたがみえない間に、新しくこの寺に迎えた子が少しいましてな。
早速ですが、見てやって貰えませんか」
「ええ、もちろん」
早朝小坊主達によって磨かれたのだろう、廊下は自分の姿が映るほどだ。
二人はゆっくりと、長い廊下を渡った。

この寺では、身寄りのない子供を引き取り、僧となる修行をさせている。
住職の秘めた力に引き寄せられるのか、ここに来る子供は不思議な力が備わっている場合が多い。
女がここに来る理由は、それもある。
「ほら皆、ご挨拶なさい」
一室で十数人の小坊主が机を並べており、皆揃って挨拶をした。
「はい、こんにちは。いい子達ね。・・あら?机が一つ空いているわ」
「やっぱりいないかね。自習となると、すぐ外に行ってしまうねぇ、あの子は。
・・ちょっとした問題児が入りましてね。根は、本当にいい子なんですが」
住職はそう言って、目を細めた。


少し、気になって。
その“問題児”は裏庭にいるだろうという住職の話を聞き、魔女はそちらへ向かった。
裏庭には一本の、桜の神木がある。裏庭へ回り込んだとたん、視界いっぱい薄紅に染まる。
季節は、春。見事に咲き誇る、桜の大木。
荘厳な薄紅を仰ぎ見た女は、その時初めて気がついた。

自分が今日、ここに来た理由。
ー“天地を揺るがす大いなる力”。

例の問題児は、薄紅の中にいた。零れ落ちんばかりの桜の花々に埋もれて。
幹に手を付き、神木高くの枝に背筋を伸ばして立つ姿は・・まるで桜の精のように見えた。

ーどこを見ているのかしら。

何かを見ているようだ。しかし、その目線の先には虚空しかない。
確かに、何かを見ているのにー

「こんにちは」
声を掛けると、小さな身体がびくりと反応した。
我に返ったように、こちらを見下ろす。
「・・誰だ?」
「人に名前を聞く時は、自分から名乗りなさいな。黒鋼君」
「・・知ってんじゃねぇかよ」
憮然とした顔で、すとんと地上に跳び降りる。はずみで、薄紅の花弁がふわりと舞い散った。
花弁と共に舞い降りたのは、敏捷そうな身体を黒い着物で包んだ、歳は10くらいの子供。
黒く短い髪に、燃えるような紅の瞳が印象的だった。
印象的、と言うよりも。

強烈な。

「知っているでしょう?この木は神木よ。登ったりして・・いけない子ね」
「ふん、神様なんているわけねぇよ」
「いるわ。貴方を見ている」
言い切ると、紅の瞳が女に向けられた。


この瞳に。
天地を揺るがす力が眠っている。
私が揺り起こさなければ、きっとこの子は。
ちょっと規格外でも頼りがいのある僧として、平穏な生涯を送るのだけれどー。



ー 力は、運命を引き寄せる。



「ねぇ、力が欲しい?」
「欲しい」
女の問い掛けに、子供は当たり前のように即答した。
「どうしてかしら」
「・・え?」
紅の瞳が、一瞬揺れる。
「・・どうして・・だっただろう」
しばらく考え込んでから頭を上げた子供は、再び真っ直ぐな視線を魔女に向けた。
「分からない。でも、俺は強くならなきゃなんねぇんだ。絶対に」
「その力が、貴方に大きな苦難を引き寄せても。それでも、欲しい?」
「そんなこと関係ねぇ」


ー面白いわね。
魔女は、ふふ、と鮮やかに微笑んだ。
「なら、あたしとおいでなさい」

魔女の差し出した、運命を揺り起こすその手を。
まだ幼い掌は、躊躇うことなく掴んだ。





「あたしが貴方を目覚めさせてあげるわ」







力は、運命を引き寄せる。

紅瞳の奥に秘められた、“天地を揺るがす大いなる力”。

それが何を引き起こしてもー

もう運命は、廻りだしたのだ。
















ー 二人が、立ち去った後。

神木の梢が、風もないのにさわりと揺れた。
ちらちらと散りゆく花びら。


それは円を描きながら、不思議と舞い上がりー



蒼く澄み渡る空の向こうへと、静かに、消えていった。









        プロローグです。まだまだ続きますー。
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