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魔物退治のお坊さん・完結編・壱


オレ、桜、好きなんだ。
すぐに散っちゃうでしょう。

だから好き。
ずっと咲き続けてる花より、すぐ散っちゃうほう花のほうが、


心に、残るもの。







俺は、桜が嫌いだ。
すぐに散ってしまうから。

掴んでも掴めない花弁は、
掌からすり抜けて、消えてゆくのに。


消えない痛みだけ、残るから。


だから、嫌いなんだ。









君と出会って、2年が経とうとしていた。








「霊炎出してみろ。今ここで」
「えー?なんでー?」
鬼のような形相で睨み付けてやったのに、式神はいつもと同じ表情で笑った。
綺麗な蒼の瞳も、桜色の唇も。普段と全く変わりない。



おまえはよく、嘘をつく。



多分ファイは今、ほとんど霊力を使えない。
ここの所ずっと、霊力を使うことなく竜の姿で魔物の相手をしていた。
力が失われている、その事を俺に悟られない為に。
ずっと騙されていた自分にも腹が立つ。

今しがた、俺がとどめを刺した魔物。
その魔物と対峙していた式神は、明らかに霊力が必要なところでそれを使わなかったのだ。
俺が助けなければ、死んでいた。


「答えろ」
笑って誤魔化そうとする精霊の、その細い腕を取り、ぎょっとした。
ただでさえ華奢なその腕が、ずっと細くなっている。

ーいつからだ。

肌も、病的なほど白い。今にも、透けてしまいそうな。

近頃こいつは降る度、すぐ天界に戻っていた。
だからずっと、その身に触れることもなかったのだ。
竜の姿で戦うのは『こっちの方が楽だから』、天界にすぐ戻るのは『天界の仕事があるから』などと
俺の疑問を流して、いつも平気な顔をしていた。
どこか不自然に思ったが、俺は精霊のことも天界のことも知らない。
いいように誑かされていた。

少し考えれば、すぐに分かることなのに。
それら全ては、霊力の消失を隠す為のことだったのだ。
「なんでだ」
「・・今日は、しくじったなぁ・・・。気が付かれない自信、あったのにー・・」
微笑む式神は、困ったようにほんの少し眉を顰めた。
「おまえ、分かってんのか?死ぬとこだったんだぞ!そんな身体で魔物と戦えるわけねぇ。
只でさえ、最近魔物が強大化してるってのに」

そうなのだ。
近頃、魔物の横行が激しくなっている。
ファイと出会った頃より桁違いに数も、強さも増してきた。
連日魔物退治の依頼があり、ここの所休む間もなく仕事をしている。
魔物退治には自信があるが、その自分の手に余るような魔物も、多く出てきた。
尋常でないのだ。人が襲われることも多く、犠牲者は増すばかりである。

戦っていると、魔物に覆われた世界が。
闇に覆われた世界がーふいに、頭を過ぎる程に。
ファイが言うには、これは時期的なもので、そのうち魔物の波も引いていくということだが。

「・・だって、そばにいたかったんだもん・・」
俯いたファイは俯き、そう呟いた。長い睫毛が、微かに震えている。
使えなければ捨てるとでも思っているのだろうか。
まるで分かってない精霊に向けて、大袈裟にため息をついてやった。
「魔物なんか、倒せなくたっていいんだよ」

ーおまえがいるだけで、それで。
そこまでは、口には出せないけれど。

伝わればいいと、その細い顎を攫った。
「口開けろよ」
躊躇いがちに目を伏せたファイは、おずおずと薄紅の唇を開く。
覆い被さるように口付けて、舌を絡める。
唾液を送り込むと、ファイの細い喉がこくりと鳴った。
「・・ふ・・っ」
苦しげに息を吐いた小さな唇を解放すると、潤んだ空色に、俺が映りこんでいた。

「霊力がなけりゃ、俺から貰えばいいだろうが」
「んー・・、最近ね、貰っても、入らないんだ。すり抜けてくの」



すり抜けて、消えてゆく。


微笑むファイを見て、舞い散る花弁を思い出した。



掴んでも掴めない花弁は、
掌からすり抜けて、消えてゆく。



一瞬。

虚空を掴むような感覚に、襲われた。



「どうしてだ」
「・・大丈夫、一時的なものだよ。
力がなくなったのも、力を吸収できないのも・・魔物の強大化に引き摺られてるだけ。
魔物がいなくなれば・・・こんなこと、なくなるから」






そうだ、
初めて会った時から、いつも。

この綺麗な精霊は、いつか消えてしまうのではないかと。





去年の春、舞い散る花弁の中、おまえの言った言葉を思い出した。




“ずっと咲き続けてる花より、
すぐ散っちゃうほう花のほうが”




どうしてだろうか。
いつか消えてしまうのではないかと、いつも。




「嘘じゃ・・ねぇよな」
答えがない代わりに、胸に顔を埋めたファイの、小さな囁きが聞こえた。
「・・オレ、黒たんのこと、大好きなんだよー・・」
「知ってる」
嘘吐きで怖がりなおまえが、それでもここにいるのだから。
「・・だから、もう少し、待って・・」

どうしてだろう。
震えるその声は、俺を離れたどこか遠くに向けられた気がした。


「ファイ・・?」
「もう少し、だけ・・」
ファイの肩が震えていて。


どうしてだろう。
俺の声も、届いていない気がした。

「・・ごめんなさい・・」

ー誰に、謝っている?

どうしてだろう。
胸を衝かれて。

その細い肩を、抱き締めた。


どうしたら、おまえはー。










おまえはよく、嘘をつく。








“ すぐに散っちゃうでしょう。
だから好き”


そんな言葉も。














きっと、嘘だ。













続く。
今他のことをしていて更新がつらいので、ちまちまアップするぜ!!(せこい)
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