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魔物退治のお坊さん・完結編・参

「遅かったわねぇ」

開口一番、そう言われた。
いつも華やかな着物を纏っているのだが、今日は全身闇色に包まれている。
まるで今の世界を暗示するような、深い漆黒を纏う、魔女。
「どこまで知ってんだ」

呼んでも、
ファイは降りて来ない。
消えてしまったのか、それとも天にとどまっているのか。
何が起こったのかー
どうしたら、戻ってくるのか。

いなくなった精霊を呼び戻す方法など知らない。
ファイが天から降りてこない限り、捕まえることも、探す方法すら、俺は知らなかった。
相談できる相手はこの魔女しかおらず、俺はこの屋敷にやって来たのだ。

屋敷までの道すがら何度も魔物に出くわし、荒廃した集落をいくつも見た。
刻一刻と、世界は闇に覆われつつある。

「あんまり頼られても困るわよ。
あたしの言える事は限られているわ。出来る事も」
「そこまで頼ろうなんて思っちゃねぇよ」
縁側から勝手に上がりこんで胡座をかくと、魔女は長い指で襟口を整え座り直した。
普段は俺がどんな相談事を持ちかけても、聞いているのやらいまいち分からない格好で聞いている。
今回は流石に、真剣に対応するつもりのようだ。

ファイに何があったのか知りたいと、俺は魔女に切り出した。
大抵のことは知っているだろうがーファイの言葉、最後の様子を伝えた俺に、魔女は薄く笑った。
「貴方の言う通り、あの子は嘘吐きね。・・逆だわ」
「逆?」
「魔物の波が、あの子の霊力を消したのではない。
ファイの力の消滅が、魔物の波を引き寄せたのよ」
「何だと?それなら、ファイの力が消えた理由は何なんだよ」
「・・精霊が何の為に存在しているのか、知ってるかしら」
俺の質問には答えず、闇色の魔女は逆に俺に問い掛けた。

ー精霊の存在理由。そんなこと、考えたこともなかった。

「この人間界を、守る為なの。木を司る精霊は木を、雪を司る精霊は雪を守る。
地上のあらゆるもの全て、一種族にひとり精霊がいて、自分の種族を守っているのよ。
人を司る精霊もいるの。何だと思う?」
「人を司る・・」
「それが神よ」

神。
ファイは俺の式神になる前、神の使いをしていたという。
「人を守る為に、存在するのが神。神様だけは、使いを操って人を守るの。
人を守る神の使い、それがファイの役目」

初めて会った時ファイは、黒大蛇と壮絶な戦いを繰り広げていた。
あれは、神からの命令だったということか。
悪しき企みを抱く魔物が、人間に害を及ぼす前に消せという。

ー血塗れで、ファイは。
立っているのもやっとの状態で、術を使おうとした。
死ぬ気かと、腕を掴んで引き寄せた。死んでもいいと、そう思っているように見えた。
あんな魔物の相手をさせて、神はー

「神の使いは、他にも役目がある。『銀竜』はね、魔界とこの世界の間に結界も張ってるのよ。
神の使いは他の精霊と力が格段に違うから・・人間だけじゃない、この世界ごと守っているの。
あたし達の住むこの地上を・・昔からずっと」
「あいつが・・?」
俺が生まれる前、生まれてからも、俺はファイに・・守られていたのだ。

「そうか、ファイの力が無くなれば、結界も弱まる。
それで、魔物がこんなに蔓延るようになったって訳か」

ひょっとしたら。
ファイは、今巻き起こっている地上の荒廃は、自らの責と思っているのかもしれない。
そうだ、魔物が増えだしてから、ファイはいつも。
どこか苦しげな、何かに耐えているようなー
『もう、限界だから』
『・・ごめんなさい・・』

あの言葉は。
魔物に襲われる人々、荒れていく土地に対してだったのだろう。
そして多分、神に対してのー

「地上を守る精霊なのよ。普通、式神なんかにはならないの。
どうして貴方の式神になったのか・・それは分からないけれど、ともかくファイは貴方と契約をした。
貴方だけを守る式神に、ね。そして神の怒りに触れ、力を半分封印された」
魔女はそう言って、俺の目を見た。

「司るものを守ることと式神を兼ねることは、通常可能なのだけれど・・
あの子は、力を封印されてしまっている。
推測だけれど、その封印はだんだん強まってるのだと思うわ。全ての原因は、多分それ」
「強まる・・?ファイの力が消えれば結界も消えると、神とやらは分かってんだろう。
この世を滅ぼそうとでも思ってるのか?何を謀ってやがるんだ」
魔女は、あくまで推測よ、と前置いた。
「まだ僅かながら銀竜の結界は残っている。
でもこのままあの子が貴方の下に留まれば、いずれ完全に霊力は消え・・そう遠くない未来、
地上は闇に閉ざされる。世界の終わりは、神様からあの子へのメッセージ。
要するにね、待ってるのよ。戻ってくるのを」
「魔物に滅ぼされてく世界を見て、ファイが耐え切れなくなるのを待ってるってのか。
・・やり口が汚ねぇ」

そんな奴だから、ファイも俺のところに来たのかもしれない。
ーそれにしても。
「お前が前言った『大きな困難』って、このことか?分かってたなら先に言えよ!
ファイのことも・・このままだと世界も終わるんだろう。ほっとくつもりだったのか?」
魔女は艶やかな黒髪を流し、くすりと微笑んだ。
「大丈夫、ほっておいてもじき魔物は消えるわ。ファイも言ってたのでしょう?
『魔物はもうすぐ消える』って。貴方が何もしなくても、世界は元に戻るの。
ファイはもう、天に戻ったのだから」
天に戻った?やっぱりー
「待て、じゃ・・ファイは・・」
「神の下に帰ったのだから、神の使いに戻るんでしょう。封印も解いてもらって、結界も戻る。
世界は元通り。只、ファイはもう貴方の元には戻らない」





『オレは、君のこと忘れないけど』


『黒たんは、忘れてね』





馬鹿な奴だ。
忘れられるとでも、思っているのか。


「あらましは分かった。いますぐ俺を天界へ送れよ」
「あら、ファイを連れ戻しにいくつもり?駄目よ。下手に動くと、どうなるか分からない。
神様の考えることなんて分からないもの。本当に、世界が闇に覆われてしまうわ」
「そんなことはどうでもいい。世界より、ファイが大事だ」


消える間際。
俺には分かる。
あいつは、本当は泣いていた。


「大変。あたし、とんでもないことしちゃったかしら?」
大変、などと言っている割には、魔女は楽しそうに笑った。
「仕方のない子ね。・・あたしには、貴方の力を揺り起こした責がある。いいでしょう、送ってあげるわ。
ただし、それからどうするかは、自分で考えなさい。
それともうひとつ。貴方を天から降ろす力は、あたしにはないわ」
「いい。なんとかする」
「貴方は天界の者ではない。一日が限界よ。
上がって、それを過ぎるとと死ぬわ。肝に銘じておいてね」
随分悪い条件だが。
「・・なんとかする」

魔女が指で空を切ると、中空に見慣れぬ文様が浮かび上がった。
「さあ、これが天への入り口。お行きなさい。
いい?あんまり世界を、壊さないで頂戴ね」
「保証は出来ねぇぞ」





あいつは嘘つきだから。


『黒たんは、忘れてね』


ファイは、本当は俺を待っているんだ。






「・・運命って、面白いわね」
俺が光に飲まれる間際、魔女はそう言って微笑んだ。









力は、運命を引き寄せる。

“天地を揺るがす大いなる力”

それが何を引き起こしてもー







解説の巻(笑)。もちっと続きます・・・
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