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魔物退治のお坊さん・完結編・六

「悪趣味だな。最悪な二者択一だ」

抑えて呟いた声は、静寂の支配する宮殿に響き渡った。

細い糸で辛うじて繋がれた命は、腕の中で微かに震える。
空より泉より美しい、銀色の精霊。透ける頬をすべる涙は、硝子のように崩れ散った。
時間はもうない。

「・・ファイがおまえに、何したってんだ・・」
相手が悪過ぎる。
ぶつけることもできない怒りに拳を握り締めると、黒衣の男は静かに背を向けた。
「どちらも嫌なら、僕がファイにかけた封印を解けばいい。
封じた分纏めて身体に戻る霊力は、核を治癒する。地上の魔物も消せますよ」
「どう解くんだ」
「教えません」

ーそうだろうな。
封印の解き方など、俺は知らない。
そういうのは、昔からからっきし駄目なんだ。
破魔の呪文は使わないし、降憑術もせずおまえを憑けた。
魔女に術でも、習っておけばよかったと今更ながら思う。
呪術も呪文も、俺は分からないから。

「悪ィな」
ファイを抱いたまま、刃で手首をなでた。
ちりりとした痛みと共に、鮮やかな紅が白い床に散る。
「・・や・・っ・・」
その紅に目を見開き、身じろぐファイの身体を、強く抱き締めた。
氷のように冷たい。もう。すぐにでも、おまえは死んでしまうのだろう。
「本当にいいんですか?貴方も死ぬし、地上も消える。
この子には、それ以上の苦しみはない」
「・・分かってる」
それは真実なのだろう。
「だから謝ってんじゃねぇか」



銀色の精霊。
銀の血に塗れたその身体に。
おまえと初めて会った日を、思い出す。

満月の桜の森。
銀色の精霊は、細い腕を立て、ゆっくりと上体を起こした。
体全体が、仄かな銀に発光していてー
閉じていた瞳が、静かに開かれると、
宝石のような蒼の瞳が、銀の睫毛から覗いた。
辺りが薄紅に染まるほどに一面に舞い散る、月の桜の花弁の中で、その銀色の精霊は、
恐ろしいほど美しくて。

美しくて。

初めて会った、あの日から。
俺は。
おまえと、一緒にいられたらと。
ずっと、一緒にいられたらと。



『精霊はね、数百年、数千年も生きるんだ。
オレはもう何千年も生きてきたけど・・今が、一番幸せ』

果てしない時間。
人間である自分には、想像がつかない程の。
今まで、おまえは。
幸せではなかったのだろうか。

『今が一番、じゃねぇ。
これからもっと、幸せになればいい』
そう言った俺に、おまえは返事をしなかった。


けれど。
俺は今も、そう思っているんだ。

今まで幸せでなかったのなら。
俺が、この手で。
おまえを、幸せにしてやる。
誰よりも。誰よりも。




願いは、この紅で打ち砕かれる。
おまえを幸せにしたかったこの手で。
おまえに何よりも深い絶望を、与えることになる。

酷い主人だ。最低の。

自分の命も、地上も、地上に満ち溢れる命も、おまえの気持ちすらも・・
どうでもいいことなんだ。

おまえの命が消える、その事実の前には。


こんなのは、只の我侭だ。
馬鹿な選択だと、無責任で愚かな選択だと。
どれほど残酷なことかも分かっている。
そんなことは、分かっているけれど。
仕方ないだろう。



おまえが、好きなんだ。

「愛してる」
殺せるわけ、ねぇだろうが。


美しい精霊。
俺の式神。

口を支えて、手首を捧げると。
ファイの蒼ざめた唇は震え、澄んだ瞳から涙が零れた。
俺の腕を握る指に力が篭る。



「忘れるなよ。俺のこと」



その小さな口に、紅の血が零れ落ちた。







小分けにし過ぎィー!
でもやっと完結に近付いてきたー。
直線上に配置
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