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恐怖の沼

<拍手お礼7> 恐怖の沼@

羽根は、たった5m先にあった。
しかし、小狼一行はその地点で立ち止まっていた。円陣を組んで向かい合い、うつむいて押し黙る4人。
原因は、その羽根を取り囲む半径5mの沼にある。

村人が言うには、その沼は呪いの沼で、一歩でも足を踏み入れれば、いや身に付けている物の
一部すら触れてしまえば、恐ろしい呪いがその者を襲うらしいのである。
それは頭部の毛根が永久に死滅するという、呪い。平たく言えば、ハゲる。

危険過ぎる沼だ。4人は深いため息をついた。
取り合えず現地まで来たものの、ここからが問題である。
小狼が、口惜しそうに眉を顰めた。
「・・あの村人の話を聞いたのが、おれだけだったなら・・」
「黙って黒鋼さんに取りに行かせたのに、とか言うなよ!!」
「でもこの中で、黒りんが一番髪短いじゃないー」
「ハゲみたいなもんじゃないですか。黒鋼さん行って下さいよ」
「ハゲじゃねぇよ!!」
「ちょっと!わたしは当然除外よね?!女の子なんだから!!」
「うっそー、ずるーいっ!じゃあオレもじょがーいっ!」
「じゃあ俺か小僧?!確率2分の一でハゲかよ!確率が高すぎる!!お前らも全員参加だ!」
「じゃんけんで決めましょうか」
「えええーーーッッ?!?!怖い!怖すぎるそのじゃんけん!!
負けたら一生ハゲなんでしょー?!やりたくないーーーっっ」
「ていうか、俺ぁ羽根なんかなくてもいいんだが。欲しい奴が取りに行けよ」
小狼は真面目な瞳で黒鋼の肩に手を置いた。
「何の為に共に旅をしていると思っているんですか」
「俺はお前の踏み台か!」
「もおやだ、じゃんけん緊張しておなか痛い!オレ保健室行くんで、3人で決めてー」
「ならわたしも保健室!」
「おれも」
「俺も・・て、全員保健室かよ!!もういい、腹括ってさっさとじゃんけんするぞ!!」
「やだーっ、こわいーっ!うぇーんもうやだよー!!いっそのこと4人で一緒に沼に入ろうよー!」
「全員ハゲるじゃないですか!!」
「や、もしかしたら4分の一ずつとかになるかもー・・」
「4分の一ハゲなんて余計変じゃないの!」
「大体皆残り長くても80年でしょー?オレなんか500年も600年もハゲなんだよー?!」
「500年もハゲならいい加減慣れるだろ」
「いーよもー、じゃんけんすればいいんでしょー?!」
「はい、行きますよ。最初はグー!!」
黒鋼以外、全員パーを出した。
「謀ったなおまえら!!!」
「すごおい、打ち合わせてなかったんだけどー」
「大丈夫ですよ黒鋼さん、ハゲのことで何か言われたら、おれ達がフォローいれてあげますから」
「好きでハゲたんじゃないぞーっ」
「昔はフサフサだったのよーっ」
「ヤジじゃねぇか完全に!!今のはナシだ!!もう一回ちゃんとじゃんけんするぞ!!」
「もう、黒りんて意外とわがままなんだよねー」
「真面目にやってる身にもなって欲しいですよ」
「俺が一番正当だろうが!」
「はい、じゃーんけーんぽん!」
なんと、ファイが負けてしまった。
「ギャーーーーーーーーー!!!!!!!イヤーッッッ!!!!!」
崩れ落ちるファイ。涙をほとほとと零し、黒鋼のマントの裾を、細い指で掴んだ。
「た・・たすけて・・黒たぁん・・」
「・・・。」
ファイの蒼く潤んだ瞳を見て、黒鋼は目を閉じ、大きなため息をついた。
「・・分かった。おまえはここにいろ。俺が行く」
「黒たん!」
「ヨッ!男ですね黒鋼さん!覚悟決めてハゲて来い!」
「うるせえよ!!」
足を踏み入れようとした黒鋼。そこへ、ファイが飛んできた。
「待って!!待って黒たん!!やっぱオレ、恋人がハゲなんてイヤー!!!」
「自分がハゲるよりゃいいだろうがよ!!・・ん?
待ておまえ!!ひょっとして、ハゲたあげくにもう別れるとか言うなよ?!踏んだり蹴ったりじゃねぇか!!!!」
「大丈夫ですよ黒鋼さん、カツラかぶったらいいじゃないですか」
「わあ、せっかくだから、色んなバリエーションで買いましょうよ!雷様とか、モヒカンとか・・」
「爆発した博士とかー」
「お前ら人事だと思って・・!!!!」




<拍手お礼8> 恐怖の沼A

恋人がハゲなのはイヤァーとごねるファイのため、羽根を取る前に試しにアデランスに行ってみた一行。
店に入ると、綺麗なお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。
「当店は気軽な雰囲気の中、髪を知り尽くした髪のプロが、貴方に合ったプランを
ご提示いたします。もちろん、徹底したプライバシーの保護をお約束しますので、ご安心下さい」
「だそうです。安心ですね!黒鋼さん」
「どうでもいい!!」
「無料お試しコースを体験なさるのは、そちらの方ですか?でも、お客様はまだお早いんじゃないかと・・」
「そうなんです、黒たんたら心配性でー」
「だからハゲるんですよ」
「おまえら誰のせいだと・・!!」
なんだかんだ言いつつ、様々なシステムを紹介してもらった黒鋼。
「最近の育毛技術は発達してんだなぁー」
「納得頂けましたか?このプランですと、ご予算はこれ位必要となりますが・・」
「もうハゲのままでいいんじゃないですか」
「オイここまで来てそりゃねぇだろうが!!」
「ヘア・フォー・ライフに400万もかけられませんよ!!
そもそもハゲをこそこそ隠す黒鋼さんを、どう思います?ファイさん!」
「男らしくなぁーい」
「おまえがハゲ嫌だって言ったんだろうが!!」
「ご予算ぐっと抑えるんでしたら、カツラという手もありますよ。激しく動くとカツラ飛びますけど」
「カツラが飛んで剣が使えるか!!」
「いっそのこと、カツラ飛ばして攻撃したらいいんじゃないですか」
「どういうキャラだよ!!」
「カツラマン参上!!とか言って、ポーズも考えて下さいよ」
「きゃあ、楽しそう!カツラマンレッドとかグリーンとかv4人でやりましょうよ♪」
「全員カツラなのォォー?!やだよー!!」
「わたしはピンク!ファイさんはブルー。黒鋼さんはブラックで、小狼君はレッド!!」
「御免こうむる!!」
余りに嫌すぎて、小狼の日本語が少しおかしかった。
「大丈夫、カツラ戦隊でも、カツラは黒鋼さんだけなの」
「じゃあ何でカツラマンなんですか?」
「そりゃー、ひとりカツラがいるからでしょー」
「何でそのひとりを大々的に強調すんだよ!!」
「必殺技考えないといけませんね。カツラ・フラッシュ!とか」
「俺だけカツラ攻撃かよ!!」
「ああ、カツラ取ると頭光るんだー」
「ひねりが効いてるv」
「効いてねぇし・・!!」
「カツラ・ファイアー!とかいいんじゃないでしょうか」
「あぶねぇよ!!!」
店員のお姉さんは、それを聞いて思案顔になった。
「じゃあ、よく燃える素材でないといけませんねぇ」
「当初の目的から変わってきてないか?!」




<拍手お礼9> 恐怖の沼B

埒が明かないので、沼に戻った一行。
「うう・・やっぱりオレ・・!黒たんがハゲるなんてイヤー!!」
「確かに、余りの眩しさに同行するのも大変かもしれません」
「そこまで輝かねぇよ!!!」
そこで、大きな包みを取り出した小狼。
「発想を転換しましょう。羽根を取りに行くのではなく、羽根をこちらに引き寄せるんです」
包みの中は、大きな団扇だった。
「おお!たまにはまともな事言うじゃねえか!それで羽根を吹き飛ばすということか」
「ではおれが扇ぐので、黒鋼さん。風下で、羽根をキャッチお願いします」
「よし、任せろ」
風下にスタンバイした黒鋼。
「いっきますよー!!そぉーれ!!!」
思い切り大団扇を扇いだ小狼。
しかし固定された羽根はピクリとも動かず、爆風に煽られた沼の水が黒鋼に襲い掛かった!!
「のわーーーーーーーーーっっっ!!!!!何してんだ小僧ーーーっっっ!!!!」
「なかなか飛びませんねぇ。さあ第二段行きますよ!準備いいですか黒鋼さん!」
「沼に入るのと全然変わんねぇよ!!危ねぇだろうがーっ!!」
「安心して下さい!おれにはかかりませんから!!」
「殺すぞてめぇ本当にーっっ!!!!」
その時、小狼の瞳が光った。大団扇を構えた小狼は、見事な団扇さばきで沼を煽った。
死角はなかった。その一吹きにより黒鋼に向け、的確に全ての方向から沼の水が襲い掛かった!
「ギャーーーーー!!!」
避けられない。『殺すぞ』なんて言うんじゃなかった。黒鋼がそう思った、

その時。

「あーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」
「キャーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

サクラはともかく、小狼までも、驚きの叫びを上げた。
黒鋼に至っては、驚きのあまり、声すら出なかった。

ファイが。

黒鋼を庇って、身を投げ出したのである。

黒鋼は、ファイを守る為、今まで過酷な修行をしてきた。
しかし、その守るべき対象が自分を庇って、突然目の前に立ち塞がって。
あまりのことに。
まるで呪縛が掛かったかのように、身体が動かなかったのである。

ファイが自分の前に立ち塞がるのが、スローモーションのように見えた。
なのに、愛しい者が自分を庇う、その姿を。
ただ、見ていることしか、出来なかった。

沼の水を浴びたファイは、そのまま意識を手放し、黒鋼の胸に倒れ込んだ。
その瞬間、時が再び流れ出した。

「ファイーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!」

黒鋼は声の限り愛しい者の名を叫び、その華奢な身体を力の限り抱き締めた。
何をしても守ろうとした、誰よりも大切な存在。

その、ファイが。俺のために。俺のせいで。

両親を亡くした日。あれから、俺はもう二度と泣かないと誓った。
けれどー

「ファイ、おまえってやつは・・何て・・ことを・・」
黒鋼は、溢れる涙を止めることは出来なかった。

沼の水は毛根にだけ影響し、身体にはダメージを与えることはない。
ファイは黒鋼のピンチに思わず飛び出したけれど、沼の水が掛かった瞬間、
ハゲるという現実に気が付き、ショックのあまり気絶しているようだ。

この罪は、ファイを嫁に貰っても償いきれるものではない。
これからファイには、箸以上重いものは決して持たせるようなことはしない。
おまえが女王様をやりたいといえば、喜んでM男役をやってやってもいい。

ぎゅっと目を瞑り、ファイを抱き締める黒鋼。
確か、外国の美人女優が映画の為坊主にした時、それでもとても美しかった。
きっとファイも綺麗だから。どんな姿でも、俺は永遠におまえだけを愛しているから。
ファイ、どうか俺をー

目を、そっと開けた黒鋼。

「ま・眩しい!!!」

しかし。
ハゲが眩しいのではなかった。

波打つ金のヴェールは、黒鋼の手にしなやかに流れ、それは草原へと広がり、煌いた。

髪が。

伸びたのだ。

絹糸のような細い輝きは、ファイの白い頬、白い衣服を覆い、まるでそれは、金の廟のような。
流れる金色は、ファイの背丈ほどもありそうだった。
金廟の中、長い睫毛を閉じ、眠るようなファイ。
「お・お姫様みたいだ・・」
絶句した黒鋼であったが、何故だか分からないが助かったということに、やっと気が付いた。
「ファイ!!ファイ、起きろ!!命拾いしたぞ!!!」
揺すると、金の睫毛が僅かに震えた。そっと、泉のような蒼い瞳が開かれる。
「くろ・・?」
視界に入る金色に気が付いたファイは、その絹糸をくいくいと引っ張った。
「ハゲてない・・逆に、髪が伸びたの・・?」
金の髪を流し、宝石のような瞳を瞬かせるファイは、姫というよりも、むしろ。
「どういうこと・・?」
すっくと立ち上がる。白いコートの上、さらさらと、地面に付くほどの金の房。
「ファイさんすごーい!!女神様みたーいっvvv」
そう、女神のようだった。
「多分、伝説が逆転したんですね」
小狼が、沼の向こうから戻って来た。
「逆転?」
「髪が伸びる、不思議な沼。昔の人は、この沼を神聖視し、信仰の対称にするなど
していたのでしょう。その為、沼に触れることはタブーとなる。
時代が移り信仰が失われても、決してこの髪の沼に触れてはいけないという言い伝えだけ残った。
誰もその水に触れることはなく、いつしか伸びるということも忘れ去られ・・
そして、逆の話が生まれていった。・・民俗学では、よくある話です」
「そうか・・。誰も沼に入らないから、伝説が逆になってても誰も気が付かなかったって訳か」
大きく安堵の息をつき、改めてファイを見る黒鋼。
白い肌。蒼の瞳。ふわりと揺らめく長い金の波は、涙が出るほど美しかった。
「ああ、よかったー。オレ、一時はどうなるかと・・。ハサミないかなあ」
「え?!切るのか?!」
「もったいないですファイさん!本当に女神様みたいなのにー」
「うーん、小さい頃髪長かったんだけど、いつも女の子に間違われてねー。
それが嫌で、もう短くするって決めてるんだー」
結局羽根は、ファイが沼に入って無事ゲットできた。
切る切るなと騒ぎつつ、この事を報告する為、呪いのことを聞かせてくれた村へ向かった一行。

「なんと!!呪いの沼は、本当は髪が伸びる沼だったんですね!!」
薄毛に悩む若い村人達は皆、涙を流して喜んだ。
「女神様一行のお陰だ!沼のほとりに貴方様の女神像を建て、ハゲを救う女神として崇めます」
「や・やめてよー!ハゲの女神だなんてーっ!!」
「女神様もこの沼でハゲを治したのだ、という伝説を言い伝えていきます」
「またいい加減な伝説を・・!ハゲじゃないもんー!!」

髪を切る切らない論争はしばらく続いたが、
互いの妥協案として一晩だけ女神様バージョンでいると話がまとまった黒ファイ。
その村で宿を借り、翌日には元通りになったファイを含め一行はまた旅立った。

そうしてー

「恐怖の沼」は「希望の泉」と名を変え、悩める人々を数多く救ったのであった。
その村では、泉の本当の効用を教えてくれた女神様一行のことを伝説として語り継ぎ、
その先数百年も、恩人として長く長く伝えていったのでした。
めでたしめでたし。

『恐怖の沼』完
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