或る国王と剣士のお話A
今度会ったら絶対汚名返上してやる、と固く心に誓ったものの、なかなか会う機会はないものだ。
試験には首席で通ったが、所詮新参者の身である。まずは雑兵から始まった。
どの国でもそうだが、すぐに位が上がっていった。誰よりも強い、というのもあるが、いつも言われることがある。
『意外と面倒見がいいんだな』
自覚はない。何だか不本意である。
そのうち軍の指揮を任される立場になったのだが、それでも王に会う機会はなかった。
聞いてみると、国王が公に顔を出す機会はほぼ皆無、軍の者でも王に会う機会はまずないらしい。
会えるのは、城内の大臣と召使ぐらいだ。
それには理由があるらしい。
元々、セレス国王は様々な立場の者に命を狙われることが多い。
ここまで豊かで恵まれた国だ、無理もあるまい。
それでも優秀な軍を従えていた為、先代の国王までは、それなりに公の場に出ていたらしい。
ところが。
現国王がまだ幼い頃である。
近隣国の王子の結婚式に出席する為、先代国王、后と共に、兵を従えて出掛けた。
崖に面した小道に差し掛かった時、突然ある一団に襲われたらしい。
仕掛けられた落石が、王と王妃、王子の乗った馬車に直撃した。
衝撃音と共に、馬車は崖下に向けて大きく傾いた。
あっという間の出来事だったらしい。
その瞬間、王は王子を外に突き飛ばした。
外に投げ出された王子を残し、馬車はそのまま崖下に転落した。
兵士たちは、混乱した。それでも、畳み掛けるように襲い掛かってきた一団から
王子を守り、すぐさま王達の救助に向かった。
崖下の王も王妃も、すでに生き絶えていたらしい。
捕らえた一団は、大陸一の殺し屋集団だった。
どこかの国に雇われたらしいが、捕らえた者全て自害した為、どこの国の差し金か
はっきりとは分からずじまいだったらしい。
疑わしい国はいくつか上がったが、確証が持てなかったのだ。
国王、王妃共に失い、しかも仕掛けた国さえ分からず、セレス国内は混迷を極めた。
それでも、王子を盛り立て何とか立て直し、今に至るらしい。
その一件以来、王子(現国王)は国外はおろか、城外にもそうそう出ることはないという。
何があっても死なすわけにはいけない、万全を期せ、王国会議でそう決議されたらしい。
多分、まだ自分がごみ漁りをしていた頃の話だ。そんな経緯があったとは知らなかった。
あいつも結構、苦労しているのだ。
幼い頃目の前で両親を亡くし、幼い身で王位を継ぎ、それから外にさえろくに出られないとは。
苦労の度合いは、俺といい勝負かもしれない。
いや、自由がある分俺のほうがまだましか。
そんなある日の事である。
今後の軍事方針についての話し合いだとかで、城内の一室に来るよう通達が来た。
いつも会議は兵舎で行われる為、城の中に呼ばれるのは初めてである。何か、重大な決議でもあるのだろうか。
城の出入り口にいる門兵に会議部屋の場所を尋ねようとすると、
「黒鋼様ですね?お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
と、上品な銀色の髪の召使の少女が顔を出した。
案内されるがまま、城内を進む。ひょっとしたら国王がその辺をうろついてないかと
うかがいながら歩いたが、残念ながら目撃する事はなかった。
まあ、国王がその辺をうろついているわけはない。
一体いつ会えるのだろうか。あの日から、もう半年はたつのだ。
負けっぱなしでは癪に障る。
実は。もう、ここは自分の故郷じゃない、と確信を持ち始めていた。
普段もうしばらくいないと分からないのだが、ここはあまりに美しい国だ。
なんとなく、自分の故郷とはかけ離れている気がした。
いつもならその時点で他の国に渡るのだが、今回はそういうわけにはいかない。
あいつともう一回やって、勝つまでは。
しかしひょっとしたら、このままここにいても、もう会う機会がない、ということもありうる。
王の写真や肖像画も規制がかれられてるとかで、出回っていない。
あのたった一回、ほんの数分会った、あの記憶が全てだ。
記憶の中の王は、この世のものとは思えない美しさだった。
あんまり会えないので、最近、自信がなくなってきたほどだ。
・・適当に美化されてんじゃねえかな・・。
そんな事を思った時、
「こちらの部屋です。どうぞお入り下さい」
少女が扉を指し示した。考え事をしているうち、いつの間にやら会議室に着いたようだ。
扉を開ける。
「ん?」
会議机がない。というか、誰もいない。片隅に、小さな机が一つ。
部屋間違えてんじゃねぇか、と振り返ると、
少女はにっこり微笑んで、後ろ手に扉を閉めた。
「おめでとうございまーすv」
「・・は?」
何もめでたくねえ。
面食らっていると、少女は机に置かれていた品物をこちらに差し出した。
それは薄紙に包まれていて、受け取るとちょっとした重みがあった。
さっぱり分からない。た・誕生日のサプライズプレゼントとかか・・?
しかしあいにく、親も分からない孤児の身だ。誕生日がいつかさえ知らない。
「・・人違いじゃねえか・・?」
「いいえ、黒鋼様。正式な発表はもう少し先なので、今日は嘘の用件で呼び出してしまいました。申し訳ありません。
黒鋼様、国王付護衛兵に昇格です!」
「な・・本当かそれ」
今自分は護衛軍長をしているが、実はその上にもう一つ位がある。
それが、護衛兵における最高位、『国王付護衛兵』だ。
国王付護衛兵は、護衛軍の指揮から離れる。
その名の通り、常時国王に付いてその身を守るという役目だ。
ほぼ城内にいる王であるが、それでも年に1・2回暗殺未遂が起きるという話である。
国王付護衛兵はたった一人であるから、その役目は極めて重要だ。
故に、誰よりも強く、的確な判断力を持ち、何より堅固な忠誠心を持つものが選ばれる。
国王付になれば王に会えるか、と思った事もあったが、なにぶんこの国に来てたった半年である。
例え強さと判断力が群を抜いたとしても、国王のボディガードを任せられるほど信頼を得るのは
容易ではないだろうと思っていたところだ。
軍に従事しているうちに、かなり信頼を得ていたようだ。
これで、あいつに会えるじゃないか。思わず小さくガッツポーズをする。
召使の少女は、それを目敏く見つけたようだ。
「あれだけ美しい王です、喜ぶのも無理はありません。任命された方は、皆そうです」
ーいや、そういう訳では。
「でも、気を付けて下さい。美しいからといって、間違って手を出すと・・」
少女は神妙な面持ちで、手刀を自分の首にあてて見せた。
「・・ギロチン台行きですよ?」
「や、だからそんなつもりじゃ・・」
もう一度あいつと勝負したいだけだ。もう一度会いたいとかそういう訳ではない・・多分。
しかし一応、肝に免じておこう、一応。ギロチン、ギロチン。
「それはそうと、これぁ何だよ」
渡された包みの説明を、まだ受けていない。
「ええ、その為に来て頂きました。体に合うかどうか、試してみて下さい」
薄紙を開き、広げてみた。
びら。
「・・・昇格って、断る事出来るのか・・?」
「ええ?!何でですか?」
それは、服だった。
あの、大臣共が着ているような豪華な軍服だ。あれよりは多少簡素だが。
大袈裟な襟や袖口には金の刺繍が施され、背の生地が無駄に長い。
つまり、今までまるきり縁がなかった系統の服である。これをこれから着ろとでも。
「俺は、ボロ着か鎧か軍支給の平服しか着たことねんだよ・・」
眉を顰めて、服をヒラつかせてみる。金の肩飾りがちらちら光る。・・着たくない。
「ますます、よかったじゃないですか。こんな上等な服を着られる機会、そうそうないですよ」
「だから、俺は似合わねんだよこういう服は!」
「国王付に任命されるということは、このような服がふさわしい方だということですよ。
それに、せっかくファイ様が黒色にしようって、生地も見立てて下さったんです。さ、どうぞ」
『ふぁいさま』って誰だ。仕立て屋か何かだろうか。
黒地に金の刺繍の服である。その柄をまじまじと見て、思い出した。
あいつと初めて会った、油断しまくって負けたあのあまり思い出したくない一戦、あいつの裏に
これと同じような服を着て控えていた奴がいた。あれが国王付だろう。
ただし、服の色は黒でなく緋だった。
想像してみてぞっとする。緋は余計・・嫌だ。
あれと比べれば、黒の生地のこの服は幾分ましのような気もしないでもない。
ーこんなところでごねてても、しょうがねえか・・。
「着りゃいいんだろ、着りゃ。ただし、絶対似合わねえからな、笑うんじゃねえぞ」
「絶対お似合いです、素敵ですよ」
袖を通してみる。さすが仕立てがいいだけあって、するりと体にフィットした。毛皮が裏打ちされている。
今まで触れたことのないような、滑らかな肌触りだ。さすが、上等な服とはこういうものなのか。
いいもんだなと思い、召使の少女の方に体を向けた。
「プっ」
「吹いてんじゃねーか!!」
服を床に叩きつけた。もう絶対着ない。
「いえっ、笑ってなんかいません!きっと、黒鋼様が笑われると思ってらっしゃるから、
そう聞こえただけですよ!」
少女は、綺麗に磨き上げられた床から服を拾い上げ、付いてもない埃を払ってみせた。
・・そうだろうか。大人気なかったかもしれない。
「もう一度着て、少し動いてみて下さい。よろしかったら、本縫いに入りますので」
しぶしぶ受け取って、もう一度羽織る。動いてみると、やはり体にしっくりとなじんでいる。
「新調する鎧の測定をされた時の数値で作られているので、ぴったりだと思いますけれど」
「まあ、悪かねえが」
「早くファイ様にお見せしたいな。そうだ!今から行きません?
今ならお部屋に見えますから。さ、こっちです」
少女は扉を開け、さっさと歩き出した。仕立て屋に早速見せに行くのだろうか。
面倒に思ったものの、廊下に出た少女が階段を登りだしたのを見て、思わず付いていく。
じき国王付になり城内を歩けるとはいえ、やはり城の2階には興味がある。
以前から、一度城の中を見てみたいものだと思っていたのだ。ちょっとした探検気分である。
登って見回すと、2階は1階よりさらに贅を尽くしていた。
毛の長い絨毯の上を歩くと、まるで雲の上でも歩いているようだ。
扉や柱には丁寧に神々や伝説上の動物の彫刻が掘り込まれ、美しく彩色が施されている。
廊下の随所に見た事もない花々や、細かい細工の石膏、なにやら分からない綺麗な色彩の絵画など飾られている。
大陸一の美術館より、優れた美術品が揃えられているのではではないか。
城内を一日見回っていても飽きないだろう。
歩きがてら、少女が思い出したように自己紹介をした。
名前はチィといい、国王付きの侍女をしているらしい。
なんでも国王は自室にいる際、常に三人の付き人が付いているそうだ。
一人はその国王付侍女で、お茶を淹れたり所望の品を揃えたり、王の身の回りのこまごまとした
世話をしているらしい。
もう一人は秘書で(名は蘇芳というらしい)、王のスケジュール管理や仕事の補佐をしている。
最後の一人が自分がなる国王付護衛兵で、護衛兵のみ国王が自室から出る際も常に付いて回り、
その身を守る。今は草薙という男がやっているという事だ。
考えてみれば、このチィという少女も大した身分である。
聞いてみると、王とチィの乳母やが同じだったよしみで、昔から王と親しくしてもらっており、
それで国王付きの侍女になったらしい。
「ああ、これからよろしく頼むぞ」
天井一面に色鮮やかな絵画が描かれていることに気付き、感心しつつ上を見て歩いていたら、
ふいに声を掛けられた。
「あ?ああ」
少し驚いて返事をすると、目の前に緋の服の男が立っていた。
その後ろがつきあたりになっていて、そこに一際豪華な扉がある。
あれ、と不自然に思う間もなく、チィはその扉を開けた。
「うわあああああああ!!てめ!『ふぁいさま』が国王なら国王と先に言えー!!!」
そうなのだ。
その扉の中の部屋は、煌びやかだった廊下とは比べ物にならないほどだった。まるで宝石箱のような。
その大きな部屋の真中に猫足の、金の装飾で縁取られた机があり、そこに。
あの初めて会った日と全く同じ、女神のような顔をした金の髪の国王がいたのである。
しかも、頬杖をついていて、自分を見てきょとんとした表情をした。
あいつ、ほ、頬杖なんかつくのか。
動悸が激しくなった。
隣でチィが、国王様のお名前ご存知じゃなかったんですか、などと聞いている気がしたが、
よく聞こえなかった。
顔を見て確信した。
もう一度戦い直したかっただけではない、ただもう一度こいつに会いたかっただけだ、俺は。
ふいに高い笑い声が響いた。
何事かと思えば、国王が笑っていた。
しかも体を折って、目に涙まで浮かべているようだ。相当笑っている。
「な、何だよ」
ファイは顔を上げて、途切れ途切れに言った。
「き、君・・その服・・似合わないー・・っ」
「言わんこっちゃねえ!!」
俺は再び上着を脱いで床に叩きつけた。もう本当に二度と着ない。
と言うか、自分が上着を着ていたことをすっかり忘れていた。
チィは床の上着を拾い上げ、笑った。
「ねっファイ様、面白いでしょう?早くお見せしたくて、お連れしましたV」
「確信犯か!似合うって言ってたじゃねえかこの野郎!!」
怒りに拳を震わせつつ周りを見ると、生真面目そうな秘書や、
何事かと覗き込んだ現国王付護衛兵(さっきドアの前にいた緋の服の男は、
以前国王と一戦交えた時に裏に控えていたのと同じ男、つまり草薙だった)まで少し笑っている。
「み・皆して笑いやがって・・大体こんな服着て護衛しなくたっていいじゃねぇか!」
すると、真面目そうな秘書が真面目そうな仕草で立ち上がった。
「いえ、私はその服の事で笑ったのではありません。
ただ、かねがねお噂で聞いていた黒鋼様と随分イメージが違って、それで・・。面白い方なんですね」
「お前がセレス国に来た時はもう国王付だったから接する機会がなかったが、こんな奴だったんだな。
何年も前から黒鋼っていやあ、鬼だ無敵だ、恐ろしい奴だって大陸中もっぱら評判だってのに、
意外と人間味があるんだなぁ」
国王付にまで散々な言われ様だ。
人間なのだからまあ、人間味はあってもおかしくはないとしても、断じて面白い人間ではない。
この空気を作り出した本人を睨み付けると、一通り笑い終えたらしく、息を整えている。
「だめだよ皆、初対面で笑ったりしたら失礼でしょー?」
「お前が率先して大笑いしてんじゃねえか!!」
国王は美人だ。しかし、何だか抱いていたイメージとかなり違う気がする。
黙っていれば、この宝石箱の部屋中で、1番美しい宝石のようなのに。
黙ってさえいれば。
するとチィが、慌てて俺とファイの間に割って入った。
「ファイ様に『お前』だなんて!そんな言葉使いでお話しちゃだめですよ!」
「敬語知らないんじゃないか」
草薙も何気に失礼だ。
「大丈夫ですよ。正式に就任する前に、きちんとした研修がありますから。そこで覚えて頂ければ」
真面目な顔で蘇芳が言った。
「でも黒たんが敬語っておかしくないー?あ、またツボにはまりそうー」
全員失礼だ。
そこで気付いた。
「黒たんッッ?!?!」
「親しみを込めてだよー。あ、黒りんのほうがいい?黒ぽん?」
「そんな間抜けな呼び方されたら死んでも俺は振り向かん!!笑うなそこ!!」
「光栄な事ですよ黒鋼様。国王様にあだ名で呼ばれるなる方なんて、初めてじゃないですか?
黒鋼様の事気に入られたんですね、ファイ様」
チィがくすくす笑いながら言った。
気に入られたのではない。完全におちょくられている。
「だって、君が来てくれて、うれしくてー」
ファイが言った。
またからかいやがって、と文句を言おうと国王を見ると、奴は真っ直ぐ俺を見ていた。
「うれしいんだよ、本当に」
そう言って、微笑んだ。
顔が熱くなった。うれしいって・・まさか・・こいつ俺のこと。いや、またからかってるんだ。
・・自分の頬が赤くなってないか、気になった。
「何と言っても十数年ぶりですからね、城外に出られるのは」
蘇芳が書類を揃えながら言った。
「は?」
「黒鋼様は格段に強いですから。貴方が国王付護衛兵に就任したら、国王様に城外の勤めもして
頂く予定なんです」
「そう、ずっとオレ、セレス国議会に君を国王付にしてって申請してたんだよ。
黒たんみたいな人に守ってもらえれば、きっと国外に出ても大丈夫でしょー?」
随分な大抜擢だと思ったら、国王自らの申請だったらしい。
なんだ、俺だとうれしいんじゃなくて、俺だったら外に出られるからうれしいってことか・・。
って、何をがっかりしてるんだ俺は。
「あ、ごめんね立ち話させて。ソファに座りなよ」
そう言って、ファイは逆に立ち上がった。
「いや、もう戻るからいい。・・下の奴に、仕事任せてきちまったし・・」
それもあるが、言い訳だ。さっきから色々ありすぎて、一度戻って頭の中を整理したかった。
「遠慮しなくていいよー?」
王がこちらに向かって歩いてくる。歩く姿は、ますます華奢だ。どんどん近づいて来る。
「・・ぅわ」
少し呟いてしまったのは。覗き込まれたからだ。
真珠色の肌に、金を梳いたような髪。アクアマリンの瞳が、長い金の睫毛に反射して煌いた。
思わず息を呑むと、ふいに王はチィの持っていた上着を手に取り、俺の肩に掛けた。
「さっき俺が笑ったのは、何ていうのかなー。
俺も君の噂色々聞いてるからさ、その怖い『黒鋼』がそんな服着てここにいるのがおかしくてー。
そういう意味での、似合わないってことなんだ。本当は似合うよ、ごめんね?」
そう言って今度は俺の肩に手を乗せ、ソファにすとんと座らせた。
もう二度と着ないと心に固く誓った上着を、何の抵抗もなく掛けられてしまったのは。
全く座るつもりのなかったソファに、何の抵抗もなく座らされてしまったのは。
何故だ。心臓がおかしい。呼吸がしにくい。
まさか。これが。世に言う、恋というものなのだろうか・・。
『国王様に手を出したら、ギロチン台行きですよ』
耳の奥に、チィの言葉が響いた。
思わずチィを見ると、
「チィはね、黒鋼様の反応がおかしかったので、ファイ様にお見せしたかったんです。
服は似合うんですよっ!」
などと言って笑っていた。俺の動揺には全く気付いていないようだ。
安心したのもつかの間、突然ソファのすぐ左横が軽く撓んだ。
「改めて見ると、こういう服着る黒たんて気品を感じるね。
ひょっとしたら君、貴い血筋の家の出なんじゃないー?」
すぐ隣にファイが座ったのだ。軽口叩きやがって、という文句が、口が動かなくて言えなかった。
すぐ隣に、ファイのかすかな息遣いを感じて。
堪らず立ち上がった。
「帰る」
俺はおかしい。早く帰りたい。しばらくここには来たくない。来てはいけない。
ドアを開け、ずかずかと三歩歩いた所で、まだ服を羽織らされたままだということに気が付いた。
返さねぇといけないじゃないか。結局また逆戻りする羽目になる。
あいつを見てから俺はおかしい。
決闘の再戦を申し込み忘れた、ということに気付いたのは、ようやく部屋に戻って
少し落ち着いた頃である。
あの二度と思い出したくない一戦は、あいつにとって格好のからかいの種だと思うのだが、
その事をあいつは一度も口にしなかった。
ひょっとしたら、これから国王付護衛兵となる俺に、気を使ってくれたのかもしれない。
・・・忘れてるだけかな。
よく分からない奴だった。つかみ所のない。
不自然な鼓動だけが、なかなかおさまらなかった。
Bに続く
ファイがいる国ということで安易に国名をセレスにしてしまいましたが、アシュラ王は出ません。
強いて言えば、亡くなった先代国王がアシュラ王かな?(殺すなよ)
蘇芳さんを出したのは、銀月が蘇芳ファンだからです。純粋に好きなだけで、この方にカップリングはない銀月。
てことは、ファイは不純に好きなのか・・。うん。不純ですよ不純。
ファイたんにはエッチなことしたいもーん☆(開き直ったァー!)