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学園ラブコメ15のお題

1 遅刻寸前


緑の輝く、朝の通学路。
その上に広がる青空はどこまでも澄み渡り、見上げると吸い込まれそうになる。
ネクタイをゆるく結んだブレザー姿の黒鋼は、現在高校2年生。
いい天気の元自転車をこぐのは、すがすがしい気分であったーーーわけではない。

遅刻寸前だ。完全に非常事態である。
黒鋼は、自転車で車道を爆走していた。
今日に限って遅刻取り締まり日であり、門前には理事長自らが立ち会っているのだ。
理事長は学園一謎が多く、学園一常識外れな人物。
掴まったら最後、どんな目に合わされるのか想像すら出来ない。
現に今まで何度も、奴のせいでとんでもない事態に陥ったという実績がある。
思い出したくない過去に身震いをし、更にペダルを強く踏み込んだ、その時。
「黒たん最大の大ピーンチッ!!」
叫び声がするや、猛スピードの自転車の前に突然人影が踊り出た。
「げッッ!!」
空高く響き渡るブレーキ音。靴底を削る音、舞い上がる砂埃。
間一髪、自分でも感心してしまうほどの反射神経と脚の踏ん張りで、人影の目と鼻の先、自転車は止まった。
「これ以上ピンチを作り出すんじゃねぇ、このクソ忙しい時に!轢き殺すぞてめェ!!」
「黒りん大変!遅刻だよー!!」
「言われなくとも分かっとるわ!!」
俺の怒鳴り声などものともせず、そいつは自転車の裏にひらり飛び乗った。
「それいけ黒たん号♪張り切って、レッツゴー!!」
「ざけんなてめえっ!」
人が真剣になっているというのに、けらけら笑ってこの非常事態を楽しんでいる。
蹴り飛ばしたかったが、そんな余裕すらない。仕方なく、そいつを乗せたまま再び全力でこぎ出した。

そいつの名前はファイという。
聞いての通り相当ふざけた奴で、俺をからかうことを生き甲斐にしている帰来がある。
にもかかわらず、こいつは学校で屈指の人気を誇っているのだ。
というのも、頭のネジが飛んでいるとしか思えない対応をするのは、俺に対してだけ。
普段のファイはいたって温厚で人当たりがよく、思いやりがあって気が利く好人物で、
どんな分野のこともスマートにこなしてしまうと大評判なのだ。
(クラスの奴・談。俺はそうは思わない。)
その上こいつの父親は世界展開している超大企業の社長なので、大金持ちであり将来も安泰だ。
こいつと結婚できれば即セレブということで、女子共が狙っているのも仕方がない話だ。
しかしそんな理由さえどうでもいいと思えてしまう程、最も重大な理由がある。

こいつの容姿だ。
人並みはずれて、綺麗なのである。
世界企業の社長らしく父親は国際結婚をし、ファイは半分北欧の血が入っている。
もう亡くなったという母親は、絶世の美女だったと言う噂だ。
ファイはその血を色濃く受け継いでいて、西洋陶器人形のように美しい顔をしていた。
濡れた長い睫毛が縁取る、宝石のような蒼い瞳。
上品な薄い色の金髪はさらさらと流れ、透ける白い肌にかかった。
綺麗な指、細くしなやかな脚。
同じブレザーでもこいつが着ると、まるでフランス貴族の服のように見えるのだ。
その為だろう、ファイには女だけでなく男の隠れファンも多い。
いや、隠れていない。男だけで結成された、ファンクラブまであるらしい。・・世も末だ。
しかし確かに身体付きはそこらの女よりもずっと華奢で、黙っていると自転車の後ろに乗っているのかいないのか
よく分からない。まるで、羽根のように軽いから。

「ねえ、黒たん!!大ニュース!!」
黙ってさえ、いれば。
「ああ?!どうした!!」
猛スピードでこいでいる為、大声で話さないとよく聞き取れない。
「今日のオレのお弁当っ、何とハンバーグなのー!!」
「どうでもいい!!」
この非常時に何かと思えば!!
「あとね!」
「もう黙ってろおまえ!!」
「あと5分で始業のチャイムがなるよー!」
「なにいっ!それを先に言えー!!」
さらにペダルを踏み込んだ。スピードを上げ、ついに前を走る原付を追い抜くと、
後ろから『ええー?!』と驚愕の叫びが聞こえた。
「それとね!!」
「今度は何だ!!」
「明日の天気はどうかなあっ!」
「知るか!!!」
相手をするだけ時間の無駄だ。前の軽自動車、絶対追い抜いてやる。

しかしそれにしてもー
「だいたいおまえ!遅かったら俺待ってねぇで、携帯で車呼び戻すなりなんなりしろよ!!」
そう、ファイは金持ちらしく、普段付き人に黒塗りの車で送迎してもらっている。
たまに通学途中で降ろしてもらい、こうして俺の通学路で待ち伏せをし、手を振って叫ぶ。
『黒ぽーん、こっちこっちーvv』
公衆の面前で“黒ぽん”などと呼ばれるこちらの身にもなって欲しい。
しかとして通り過ぎようとすると、今日のように強制手段で止められる。
俺と自転車に二人乗りして通学したがるのは、きっと嫌がらせに違いない。
「何で待ってたかって・・だってこのまま待ってれば、遅刻してあせってる黒たんが見られると思って!!
待っててよかったよーっ!すっごく面白ーい♪」
ちっとも面白くない。無事校門に着いたら、本当に蹴り飛ばしてやる。
「角曲がるぞ!体かたせ!」
「わー!ジェットコースターみたーい!」
体が付くほど自転車を傾けて曲がり角を曲がると、校門が見える。
「あと何分だ!」
「あと十秒ー♪」
「なっ!!」
間に合うか?!
ついに軽自動車を追い抜いた黒鋼は、そのまま校門に滑り込んだ。
車輪を斜めに滑らせ派手に砂煙を巻き上げて、自転車は止まった。同時に、チャイムが鳴り出した。
「ま、間に合った・・」
息を整えていると、校門の上に足を組んで座っていた理事長が(理事長らしからぬ姿勢である)、懐中時計片手に
地面に降り立った。長い髪に長い足。見た目はいいかもしれないが、恐ろしい女だ。
「あらあ、つまらない。ぎりぎりセーフよ。滑り込みアウトだったら面白かったのに、ねえ」
「ああ楽しかったー!スリル満点だったよ黒たんvまた遅刻しようね!!」
それぞれいい加減なことを言うので、突っ込む気にもなれない。
溜め息をつく俺に、理事長は含み笑いをする。
「でも揃って遅れるなんて、二人して一体何をしていたのかしら。
残念ねぇ。もし遅刻したら、『黒鋼君とファイ君は、いかがわしい理由で二人揃って遅刻しました』って、
全校放送してあげたのに」
「人聞きの悪いことを放送するなっ!だいたい何なんだそのいかがわしい理由って!!」
まだ肩で息をしている黒鋼を、ふとファイが覗き込んだ。
「そういえば黒たん。今日、何で遅刻したの?」
「・・・」

思い出してしまった。せっかく忘れていたのに。

「どうしたの?突然黙っちゃったわね。本当にいかがわしい理由なのかしら」
楽しそうに笑う理事長。
「ね、寝坊だ!ただの!!」

いかがわしい理由。確かにそうかもしれない。
夢を見てしまったのだ。
このふざけた野郎の夢を。
信じられない内容の。
目覚めた俺はそれが夢だか現実だか分からなくなって混乱し、
夢だと気付いて動揺し、しばらく落ち込んでいたら遅刻したのだ。
無心に自転車を漕いでいたら、すっかり忘れていたのに。

「ねえ、黒たん?」

何も知らないファイは、澄んだ大きな瞳を瞬かせる。


俺はさっきより大きな溜め息をついて、大股で教室へと向かった。

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