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学園ラブコメ15のお題

2 廊下でばったり


次の授業は美術。面倒だが、美術室へ移動しなければならない。
廊下を歩きながら、黒鋼は今朝のことを思い出し、またひとつ大きな溜め息をついた。

何であんな夢を見てしまったのか。

一度思い出してしまうと、何だかファイと顔を合わすのも気まずい。クラスが別々で助かった。
その時。
「おい!」
ぶしつけに声を掛けられて、何事かと落としていた視線を上げた。
目の前にあったのは、知らない顔。しかし、明らかに敵意を剥き出しにした表情でこちらを睨み付けている。
恨まれる覚えはない。
「あぁ?」
睨み返してやると、そいつはひるんだように2・3歩後ずさった。
「おっ・・おれ達のファイたんを、独り占めするなッ!!」
「・・はあ?」
よく回りを見回すと、いつの間にやら10人位の男子生徒に取り囲まれている。
「見てたぞ!今日もファイちゃんと二人乗りで登校しやがって!」
「その上二人して遅刻するなんて、ど・・どういう理由だ!!」
「まさか・・どっちかの家に泊まって二人で寝坊したとかそんなことは・・っっ」
そこまで言うと、10人の男子生徒はそれぞれ『みなまで言うなぁぁ』と泣き崩れた。
「違うよな?!なあ、嘘だと言ってくれ!!」
中の一人が縋りつき、涙ながらに訴えられる。
よく顔を見ると、そいつらはそういえば見覚えがあった。例の男子限定・ファイのファンクラブ会員の面々だ。
ちなみにファイのファンクラブは、『ファイたんを見守り隊』という名称らしい。
こんな鼻息の荒い奴らに見守られるなど、たまったものではない。
「何ふざけたこと口走ってんだ、おまえらは。んなわけねぇだろうが」
「ほ・本当か?!よかった・・!!」
見守り隊の面々は、皆手を取り合って喜んだ。しかし小太りで汗かきの男が多いようなので、
喜び合う様はむさくるしい。何だかファイが気の毒になってきた。
「大体お前ら、ファイなんかのどこがいいんだよ・・」
「ファイちゃんを呼び捨てするな!ファイたんと呼べ!!」
「何で俺があいつをファイたんなんて呼ばなきゃなんねんだ!」
一瞬、『黒たん』『ファイたん』と呼び合う様が頭をよぎった。完全に阿呆以外の何者でもない。
「それに黒鋼、抜け駆けは卑怯だぞ!
ファイたんのことが好きなら、正式に『見守り隊』に入ってもらわないと困る!」
正式も何も、仮にだって入った覚えはない。
どうも俺は、こいつらに同じファイ好き仲間とみなされ、同類に思われているらしい。
「何で俺がファイたんを見守り隊なんかに入らなきゃならないんだ!!」
訳が分からない。
「大体お前ら、そんな団体作って何の活動してやがるんだよ」
「よくぞ聞いてくれた!」
隊長らしい、一番恰幅のいい男子生徒が胸を張って一歩前に出た。
いらんことを聞いてしまった。
「や、言わなくていい」
「遠慮するな!まず一番盛んな活動はこれだ」
そう言って、ノートを差し出された。
表紙には、『ファイたんを見守り隊・重要機密ノート』とマジックで記入されている。
一体中には何が書かれているというのだ。妙なオーラが出ている気がして、恐ろしくて触りたくない。
「昔はファイちゃんの目撃談、ファイちゃんの最新ニュースなど書いて皆で回していたが、
最近はファイちゃんを主人公にした小説を書くのがはやっているのだ」
「何い?!訴えられるぞ!!勝手にあいつをネタに小説書いてやがるのか?!」
「待て!一度読んでみろ、理解してもらえるはずだ!」
「隊長、前の隊長のお話、号泣しました!!」
「おれも!!外国に行っちゃうシーンがたまらなくて!!ああ、ファイたん・・!」
「どんな話なんだよ!!お前ら勝手に名作書いてんじゃねえよ!」
ノート内で、徐々に独自の小宇宙が形成されていっているらしい。
「でももう少しサービスシーンを入れてくれると嬉しいです、隊長!」
「妙なシーンを盛り込むな!ファイに夢見やがって・・
妄想ばっか見てないで、ちょっとは現実見た方がいいぞお前ら!」
「・・・っ現実で・・、ファイたんと触れ合えるなら・・っ」
俺の叱責に、隊員一同はトーンを落として俯いた。
「触れ合えるなら、こんなことはしていない!!出来ないんだおれ達は!!
黒鋼はファイちゃんと触れ合えるから、そんなこと言えるんだ!!」
顔を上げた一同の目は、再び敵意を宿していた。
10人それぞれ構え、じりじりと間合いを詰めてくる。
やる気か。体力のなさそうな奴らとはいえ、10人、しかも殺気が尋常でない。
オタク男の捨て身の根性は凄まじいと聞く。
念のためこちらも構えると、隊長が奇声を発して飛び掛ってきた。
「くらえー!!」
手が出るか足が出るか、と思いきや、全身でぶつかってきて虚をつかれた。
「!!」
しかも抱きついてきた。
「な?!何しやがるてめえ!!」
「今朝ファイたんがここにしがみ付いてたんだ!間接ギューだ!!」
「隊長、独り占めはいけないです!おれもおれも!!」
「はあ?!離せおまえらーッッ!!!!」
確かにオタク根性はすっぽんのようにしつこい。10人に抱きつかれていると、嫌な予感がした。
まさか。

「黒たんに・・そんなシュミが、あったなんて・・っ」

振り向くと、そこにショックを受けた表情のファイが立っていた。
こちらも移動教室らしく、化学の教科書を抱えている。
「そんなシュミ?」
「・・そういう人達が好みなんだ・・オレ・・知らなかった・・」
小太りの男共に抱き締められているという状況に、完全に誤解を受けているようだ。
「違う!誤解するな!これには訳が・・」
しかし誤解を解けば、こいつらがファイをいつも見守り、その上勝手に感動の小説まで書いているという事が
知れてしまう。それはファイにとって、あまりに酷な事実に思えた。
言葉を続けられずにいると、ファイは気まずそうに微笑んだ。
「オレは・・黒たんのこと、応援してるよ。世間の風は冷たくても、黒たんならきっと大丈夫・・」
「だから違うっつに!ほら、お前らも何とか言え!!」
抱きついたままの隊員を見ると、彼らは突然目の前に現れたファイに、すっかり固まってしまっていた。
まるで降臨した女神を見ているかのような、恍惚とした表情で。
こんな顔をしていては、誤解を受けても仕方がない。
「それじゃオレ・・授業あるから・・」
「待て!誤解だー!」
固まった見守り隊員に抱き締められて、身動きが取れない。
誤解を解けぬまま、ファイは静かに去って行ってしまったのであった。


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