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学園ラブコメ15のお題

4 消しゴム貸して?

「消しゴム貸して?」
まだ、小学部低学年だった頃。黒鋼に初めて話し掛けたのは、そんなたわいもない一言だった。
「そんなもん持ってねぇ」
不快を隠さない口調と、不機嫌を絵に描いたような表情。
敵意を持たれることに慣れていないオレは、その一言に相当ショックを受けたことを覚えている。
誰ともすぐ仲良くなれることがオレの特技だったのに、彼だけはどうも相性が悪いらしい。
話し掛けると、いつも睨まれる。

ーどうしてだろう。悪いこと、何もしてないと思うんだけど。




オレの母は、オレを生む時に亡くなった。
元々病弱な人だったのだけれど、無理をして生んでくれたのだという。
母を知らないせいもあるかもしれない、オレは昔から人に甘えることが下手な子供だった。
何でも先回りして物事を考えてしまって、自分の素直な言葉を口にすることが出来ない。
もし母が生きていたなら。
母の膝に座り、思い切り我侭を言って甘えられたのかな。
たまに、そんなことを思った。

家に母の写真はたくさんあったから、オレはその中の一枚をロケットに入れ、
昔からずっと肌身離さず持ち歩いていた。
隠してばかりの心が、つらくなることも、苦しくなることも多かったから。
そんな時はいつも、ポケットの中のロケットをそっと握り締めた。
何も言わない母だけれど。
『いつもそばにいるからね』
そう言ってくれている気がして。
ロケットの中の母が、一番の心の支えだった。




ある日の昼休み。
ちょっと一人になりたくなって、校庭の隅の池の辺へ行った。
柵にもたれ、杭でかえるが寛いでいる静かな池を眺めながら、ロケットを開ける。
金のフレームの中には、いつも通りの優しい微笑み。
それを見てほっとした、その時。
「っ!!」
突然背中に衝撃が走り、はずみで手の平からロケットが滑り落ちた。
(かあさま!)
ロケットは金の軌跡を描いて、緑色の池の中へ吸い込まれていった。

声も出なかった。

「悪ィ・・大丈夫か」
振り向くと、そこにいたのは顔を顰めた黒鋼。手にしたグローブに、ボールが納まっている。
球を追って走って来て、オレがいることに気が付かずぶつかったらしい。
ロケットを落としたことには、気が付いていないみたいだ。
ーよかった。
只でさえオレのことを好いていないのに、変な気を使わせたら悪いから。
「大丈夫。こっちこそごめんね。ぼっとしててー」
微笑んで、ひらひらと手を振った。

・・大丈夫。
池に落ちたのは本物の母様じゃなく、只の写真。
ずっと使っていたロケットだったけど、また新しく買えばいいのだから。

黒鋼は顰め顔のまま頷いて、野球の輪の中へと戻って行った。




帰り道、家で母様の写真を探さなきゃ、と考えながら。
(母様、どれがいい?)
ポケットに手をやった。ーそこに母はいなかった。
(・・何してるんだろ)
ロケットがないから、写真を探すのだというのに。
その時。
「おい!」
突然掛けられた声に驚いて、振り向くと真裏に黒鋼がいた。肩で息をしている。
「これだろ」
差し出されたのは、何かを握った手。つられて両手を出すと、そこに金色の光が落とされた。
「・・え・・?」
見慣れたロケット。泥が少しついているけれど・・蓋をあけると、そこには幼い頃からずっと見慣れている微笑みがあった。

「かあさま」

思わず呟いて、ロケットを抱き締めるようにぎゅっと包んだ。
母様だ・・
涙が溢れてきた。
そう、本当は。
母様を落としたこと、すごくすごく、哀しかったんだ。

「・・悪かったな。大事なもん汚しちまって」
顔を上げると、黒鋼はばつの悪そうな顔をしていた。
ああ、早く涙を止めなくちゃ。
「・・ど、して?」
黒鋼はオレがロケットを落としたことを知らないし、そもそもロケットを持っていることすら
知らないはずだ。ましてや、これがオレにとって何より大切なものだなんて。
「ぶつかった時、おまえ泣きそうな顔してたじゃねぇか。
怪我もしてねぇし、何か大事なものでも落としたかと思って」
泣きそう?
そうだったろうか。笑っていたつもりだったのだけれど。
「また嘘ついてやがるから、ほっておこうと思ったけど。
・・やっぱ、俺が悪ィし。気になったから」
「え・・また嘘ついて・・って?」
「おまえ、いつも本当のこと話してないだろ」

ひょっとして、素直な言葉を、いつも口に出来ないー
そのことだろうか。
誰にも、そんなこと、言われたことはなかったのに。

ーどうして、分かるんだろ。

黒色だから気が付かなかったけれど、よく見ると黒鋼の服がずいぶん濡れてしまっている。
きっと授業が終わった後、浅い緑の池に入って探してくれたのだ。
「しばらく底さらってたら、あった。
似てたから、それだと思って。母ちゃんかそれ」
黙って頷くと、悪かったな、ともう一度謝ってくれた。
「探してくれるなら、その前に言ってくれれば・・よかったのに」
「聞いても言わねぇだろ、おまえ。どうせ」
そう言われてみて、気が付いた。確かにそうだ。
オレはきっと、そう言われたとしても探させたら悪いし、『何も落としてない』って言い張るんだろう。

ーなんでオレのこと、分かるんだろ。

何故か。
涙がまた、じわりと溢れてきた。

「泣くほど大事なものだったら、ぶつかった時にちゃんと泣くなり怒るなりしろよ。
おまえ前から、そこが気に食わないんだ」


ーだから、だったんだ。
その口調はいつもみたいにぶっきらぼうだったのだけれど、何故だかとても、

優しく聞こえた。



でもね、黒鋼。今涙が止まらないのは、ロケットがこの手に戻ったからじゃないんだよ。

君の、言葉のせいなんだ。




ロケットの中の母様に目をやると。

いつもより、うれしそうに微笑んでいた。






「わあー!懐かしいね、この池ー」
この学園は、幼児部から大学部までのエスカレーター式。
高等部に通っている今、小学部に来る機会なんてずっとなかったのだけれど、久々に来てみたのだ。
思い出の中と同じだ。相変わらず緑色の湖面、杭にはカエルが寛いでいる。
よくこんな淀んだ池に入って探してくれたものだ。
やさしい人だと思う。
「ね、黒たん。あの時、カエルに懐かれたりしなかった?」
「・・いつ俺が、カエルに懐かれるってんだ・・」
「ほら昔、池に入ってくれたじゃないー」
「この池に?何でまた。んなことあったか?」
黒鋼の様子を見るに、本当に忘れてしまっているらしい。

君がロケットを探してくれた、あの日のこと。
オレにとっては、ものすごく大きな出来事だったのだけれど。
君にとっては、何でもないことだったのだろう。


オレの上手な嘘が、君にはすぐに分かってしまうことも。
見つかるかも分からない、物さえ何か分からないオレの大事な物を、探してくれたことも。


「覚えてないなら、いいよー」
「あ?何のことだよ」


そんなことを、当たり前に思える君が、オレは好きなんだ。







あの日、君が探してくれたロケット。
今でも、肌身離さず持ち歩いている。

でも今、ロケットをこの手に包んで思い出すのはー





あの日の君との、思い出なんだよ。





消しゴム全く関係なかったですが、もうすっかり諦めてます。(あきらめ早)
・・いいんだ・・、考えてみればいつもバトンとか答えててもだんだん質問からずれていくし、
銀月にお題なんてムリだったんだー!がくり。
・・書きたいことを書こうとすると、お題から外れるんですな・・。
ちなみにロケットの写真はコーティングされているので、池に落ちてもお家でまた
キレイにしてもらえたのです。
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