バナー
学園ラブコメ15のお題

11 授業中の手紙


『分かっているとは思うが、心配なんだよ。
おまえは随分、ここでの生活を気に入っているようだから』
「大丈夫だよ、父様。・・ちゃんと、分かってるから」
携帯を切って、小さく溜め息を吐く。何も、今かけてこなくたって。

分かってる。分かってるから。
だから、こんな時にかけてこないで。
・・・分かってる、のに。


「何かあったのか」

校舎の屋上は、オレ達しか知らない特等席。
電話を終え水道塔の陰から出て来たオレの顔を見るなり、そう聞かれた。
楽しそうな表情、したつもりだったんだけど。
『父様ったら、こんな下らないことで電話してきて』って、話す内容まで考えていたのに。

このひとには、嘘はつけない。

「・・何でもないの」
誤魔化すように口付けをねだると、広い胸に抱き締められて、溶けるようなキスをくれた。
黒鋼の腕の中にいると、ほっとする。
一番大好きな、唯一安心できる・・大切な居場所。

でも、こんな風にずっと寄りかかって、甘えてばかりではいられない。
君はオレを好きで、オレは君を好きで。
『好きだ』とは言ったけれど、付き合おうとか、そんなことは一度も言っていない。
多分黒鋼はそんなこと、気にもしていないだろうけれど。

好きだけど。大切だけど。
恋人ではない。

付き合おうと言わない、例え言われてたとしても答えない、それがオレの中の小さな境界線だった。
こんな薄く心許ない境界線、意味をなさないように見えるけれど。
オレの中では、大事なけじめ。


電話の内容が何だったのか、黒鋼はそれ以上聞かなかった。
誤魔化したこと、気が付いているはずなのに。
そんな優しいところも、好きだった。




瞬く間に季節は過ぎ、満開の桜が学園を包んでいる。
新学期初日、慣れ親しんだ高等部の校舎で過ごすのもあと1年。
「黒たぁーん、うれしいーっ!!」
「どあ!おま・・っ」
先にクラス分けを見るや全速力で駆け戻って来たかと思うと、そのまま飛び付かれた。
タックルのような勢いで押し倒され、周りの生徒がくすくす笑う。
煌く金の髪、宝石のような蒼い瞳。一面の薄紅の中、それは目を奪われるほど美しいのに、
・・やることは突拍子もない。
息を切らしながらぐいと突き出された表には、ふたり同じ3-Aに名が印字されていた。
「ファイ、おまえ少しは周りの目を気にしやがれっ」
「同じクラスなんて中1以来!夢みたーいっ」
瞳を輝かせ両手を胸の前で組み、俺の言葉など全く耳に届かない様子だ。
「クラスなんかどうだっていいだろーが、普段一緒にいんだし」
「どうだってよくなーい!だって最後だもんっ」
「最後ったって、ただ校舎変わるだけだろ」
別の組の時だってこいつはちょっかいをかけに来ていたし、最近は休日もしょっちゅう共に過ごしている。
エスカレーター式のこの学園はほぼ全員高等部から大学部へとそのまま進学するのだから、
別の大学に行くこともない。
クラスが変わっても、卒業しても、何も変わりはしないのだ。
「だってー・・。ちょっとでも長く、黒たんと一緒にいたいんだもんー」
甘ったれた声で抱き付いて、胸に顔を埋める。
こんな運動場の真ん中で押し倒されていては、いい笑いものだ。
何とか剥がすと、綺麗な瞳に淡い桜色の光が映りこんでいた。
ほんの少し、潤んでいるように見える。
「大袈裟な奴だな。泣くほど喜ぶことかよ」
「当たり前でしょー?同じクラスだもん。隣の席になって、いーっぱいイタズラしちゃおーっと♪」
「ったく・・あんまり妙なことしてっと締め出すからな」
ひどぉい、愛情表現なのにーなんて笑う姿は、幸せそうで。
俺と同じクラスである、そんなささいなことがそんなに嬉しいのかと、そう思うと俺も嬉しかった。

最近ファイは、いつにも増して甘えてくる。
そんな姿は可愛いと思うし、無理をしがちなこいつには全身で甘えられる存在が必要だと思う。
こんな風に、ずっと一緒にいられたら。
大学へ行っても、その先もずっと。
強いフリをして本当は心の脆い、こいつの支えになってやれたらと、思うのだ。

一緒に校舎へと向かいながら、金色の髪を一房摘む。
絹糸のような髪は、すぐに指から滑り落ちてゆく。
「そんな一緒一緒騒がなくたって、これからいくらでも時間あるだろ」
「そう、だね」

振り仰いだその瞳はー少し陰が差した彩に見えた。

「・・・どうした?」
返事は分かっている。
そんな時問い掛けても、いつだってふわりと微笑むだけだ。
「何でもないー」

ふとした拍子ファイは、こんな彩を見せることがあったけれど。
でもそれが何なのかーー俺には分からなかった。

「居眠りしてたら、突付いてあげるよー」
「授業中ろくに寝れねぇじゃねーか」

軽口を叩いて無邪気に笑うその瞳は、今は泉のように澄んだ蒼を湛えていた。
きっと、いつか話してくれるだろう。
だって、こいつは俺を誰より好いてくれている。
俺も、こいつを誰より大切に思っている。
だから、大丈夫だと。
当たり前のように、そう思っていた。
ずっと一緒だと。

新学期4月。学園には、桜が舞い散る。
何故だろうか。
ずっと一緒にいられるはずなのに、桜並木の華奢な後ろ姿は、
花びらと共にふいに消えてしまいそうに思えた。



そう、俺は。
おまえの気持ちの、肝心なところはいつも分からなかったのだ。

いつだって。




「おまえ、学部は何処にすんだよ」
「えー?ひーみーつー」
進路調査表を回されたホームルーム、裏の席になったファイを振り返ると、からかうように笑うだけだった。
「秘密じゃ俺が書けねぇだろが」
どうせ、同じ学部にしてしてと大騒ぎするに決まってる。
「進路希望表、記入終わりましたか?回収しますよー」
紙には形だけ希望大学の欄もあるが、皆学部のみの記入だ。
ほぼ希望学部調査の為だけなので、まるで希望クラブの調査のような軽い調子で、
裏から順に裏返した希望用紙を回して回収してゆく。
(ったく、ふざけやがって)
ひょいと、受け取ったファイの用紙を裏返して見てみた。
英字。希望大学欄。よく見ると、それは外国の有名校だった。
(外国・・?)
「ダメじゃないー。人の紙、勝手に見てー」
「・・おまえ。大学、留学するのか?」
「んー。まあいいか、そろそろ言わなきゃって思ってたし・・」
回収を終えると解散になり、話は途切れた。

帰り道、ファイは何でもないことのように話をした。
「父様の会社の都合でね、オレも外国へ付いてくんだ。
会社はオレが後を継ぐ事になってるから、もう色々勉強しなきゃいけないしね」
ファイはいつも通りに、微笑んでいた。
あんまり、いつも通りだったので。
「まさかおまえ・・俺も一緒に外国来いとか、言うんじゃねぇだろな」
「まさかー!黒たんはここで剣術続けなきゃ。すごく、環境いいじゃない」
予想外の言葉に、思わず言葉に詰まった。
ずっと一緒だと、思っていた。
大学は、別なのか。海外なら、あまり会えない。4年は長い。
会社を継ぐ、確かに世界をまたに掛ける大企業を継ぐのなら、勉強することは山のように
あるのだろうが。
「・・・卒業したら、戻って来んだろ?」
「さあ・・戻って来ないかも。
だから、黒たんとはもう、会えなくなっちゃうねー」

まるで、『明日一緒に遊ぼうね』とでも言う時のような、明るい口調で。



新学期4月。学園には、桜が舞い散る。
桜並木の華奢な後ろ姿は、来年には舞い散る花びらと共に消えるのだという。



そう、俺は。
おまえの気持ちの、肝心なところはいつも分からなかったのだ。


いつだって。






どの辺が“授業中の手紙”・・?てカンジですが、ファイの回した進路希望調査表が・・手紙・・
ということで・・!
苦しいですな・・(汗)。
直線上に配置
|戻る|