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学園ラブコメ15のお題

13 屋上から叫べ!


卒業までは、終わりなんかないように、いつも通り過ごしたいとファイは言った。

その言葉通り、何も変わらない日常を過ごしながら、考えたことは。

ひとりでも生きられるよう、強くなろうと決めたのは、あいつだ。
ファイにはファイの人生があるし、あいつの環境は特別だ。
大会社を継ぐという責任、それは普通の人生とは大きく違う。
そもそも、一市民の俺とあいつは身分違いだったのかもしれない。

それに。
離れることを決意する、ということは。
俺と過ごすことより、家の責を負う、そちらの方があいつにとって重要だということだろう。
ああ見えて責任感の強いあいつのこと、それは当然のことかもしれない。

そう思うと、胸の奥が痛んだけれど。
ファイがそう望むなら。


胸の痛みを隠して共に過ごすうち、季節はいつしか秋へと移り変わっていた。

「おい!ファイちゃんが留学するって本当か?!」
廊下を歩いていると、突然絶叫に近い声で呼び止められた。
振り向くと同時に、息せき切って駆けて来た男子共にとり囲まれる。
教師にも口止めしてあり、誰も知らないはずの留学情報を掴む者達ーそれは『ファイたんを見守り隊』。
日々ファイを見守っている彼らは、ついにこの極秘情報を掴んだらしい。
普段からやたら俺達の仲の妨害や詮索をされてうんざりしているが、ファイがいなくなることに
胸を痛める、その気持ちはきっと共通している。
そう思うと、何だか彼らに仲間意識が芽生える気もしないでもない。
「そうらしいな」
「らしいなっておまえ!ちゃんと引き止められるんだろうな?!」
「引き止めるたって・・行く行かないは、ファイが決めることだろ」
「アホか!!」
「阿呆だとォ?!」
無礼なことを言う見守り隊長を睨みつけようとして、思わずひるむ。
ファイに会えなくなるという行く末を案じてか、隊長は既に涙にむせんでいた。
「お前が諦めてどうする!!」
「諦めるって、あいつは俺より親父の会社を選んだんだ」
事実を改めて口に出すと、ずきりと胸が痛んだ。
だが前へ進もうとする者を私情で引き止めるような、情けない真似はしたくない。
「そんな訳あるか!ファイちゃんは何より誰よりお前が好きなんだ!!」
涙ながらに訴える隊長は鬼気迫り、何だか反論できないものがある。
「な、何で」
「好きに決まってる!おれ達は昔からずっとファイちゃんを見てきたんだ。
お前の気持ちは知らないが、ファイちゃんはずっとずっとお前だけが好きだったんだ!!」
ずっとずっと俺だけが好き?そんな昔からなのだろうか。

そういえば、ファイがいつからどう俺を好きになったのか聞いたことがない。

「何でそんなこと、お前らが分かんだよ」
俺の疑問に、良くぞ聞いてくれたといった風で彼は涙を拭って語りだした。
「・・『ファイたんを見守り隊』の結成は古い。小学1年の頃からだ」
「い・・意外と長ェんだな・・」
「何故『ファイたんの恋人になり隊』ではなく『見守り隊』にしたのか。
それは結成当初から、ファイちゃんがお前に恋をしていると分かっていたからだ。
熱くファイちゃんを見ていたおれ達には、そんなことすぐに気付いた。
鈍感なお前は気付いていないようだったが・・おれ達はファイちゃんの、そんな一途な所も好きなんだ!!」
「あいつ、小一から?」
そんなに長く俺のことを。
「それなのに、離れ離れになるなんて・・抜き差しならぬ事情があるのだろう。
しかしこのままでは、ファイちゃんが苦しい思いをしてしまう。引き止めるんだ、ファイちゃんの為に!!」
「あいつの為に・・」
ファイはこれから一人でやっていけるよう、強くなろうとしている。
それを引き止めて、それはあいつの為になるのか?
というか。
「それよりお前ら、俺とあいつがつるむの嫌なんじゃなかったのか」
「確かに・・独り占めされるのはつらい。でもファイちゃんには、幸せになって欲しいんだ!」
「幸せに・・?」
頷きながら俺の肩に手を置き、熱い男子高生は真っ直ぐ視線を寄越した。
「頼む!ファイちゃんを、幸せにしてあげてくれ!!」
まるで、嫁に貰えとでも言わんばかりの言い草だが。
「・・幸せになんて」
あいつに、選ばれなかったというのに。独り立ちを、引き止めてまで。
「・・出来るのか?俺に・・」
「当たり前だ!幸せに出来るのは、お前しかいない!!
好きな人と一緒にいて、幸せにならないはずないじゃないか!!」
「な・・!」
熱弁を振るわれ、何だかこちらまで胸が熱くなってきた。
「分かった、引きとめてくる。お前らただのヘンタイかと思ったら、本当はいいヘンタイだったんだな!」
「当たり前だ、ファイちゃんを好きな奴に、悪い奴はいない!
・・・お前もそうだと、信じている・・!」
男泣きに泣く見守り隊に見送られ、俺はファイの元へと駆け出した。

“幸せに出来るのは、お前しかいない!!”

もう一度、その言葉を胸に繰り返した。引き止めていいのかは、まだ分からない。
しかし、この胸の強い思いを、今すぐ伝えなくてはいけない、そんな気がした。ファイの為に。
この時間なら屋上かと駆け上がり見回したが、そこに姿は見えなかった。
「ああ、次は体育か」
見守り隊に足止めされていた俺を置いて、先に行っているのかもしれない。
柵越しに運動場を見下ろすと、すぐ眼下に目がいく。
遠くからでも見間違えるはずのない、すらりとした長身、光より煌く髪。
ジャージを着ていても、妖精のように綺麗なその姿。

その姿が遠くへ行ってしまうと思うと、胸が痛む。
本当は、ずっと言いたかった。
絶対に離したくない、離れたくない。
今すぐ伝えなければ。

「ファイーーーーーーーーーー!!!」

叫ぶと、妖精は屋上に気付き、にこにこと手を振った。
「なぁにーっ?」


「好きだァァーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


笑顔が固まった。

・・ように見えたのは、気のせいだろうか。
猛ダッシュで校舎へ駆け込んだファイは、らしくなく派手に扉を開け屋上へ飛び込んできた。
綺麗に頬を上気させ、細い肩を上下して呼吸をしている。
姿を確認するや否や飛び付かんばかりに駆け寄ってきたので、大きく腕を広げた。
この思いが届いたのだ。飛び込んで来い、ファイ!・・が。
「ぅぐ!」
飛び込んできたのは、みぞおちへのパンチだった。
「お・・おまえ何を・・っ」
「し・信じらんないっ!!恥ずかしいと思わないのーーっ!?!?」
「・・え?」
言われて、はたと気が付いた。
見守り隊の妙なテンションに乗せられ気分が盛り上がりつい叫んだものの、
今思うととんでもないことをしてしまった。
運動場にはたくさんクラスの奴がいたし、多分校内にも叫び声が聞こえたのではなかろうか。
「しまった!恥ずかしくてクラスに戻れねぇ・・!」
「もー・・黒たぁーん・・」
衝撃を受ける俺を前にファイは、へなへなと座り込み手を付いて俯いてしまった。
「そんな呆れることねぇだろ、これでも俺は真剣に・・」
憤慨して覗き込むと。
ファイの伏せた金の睫毛の端から、ほたりと涙が零れ落ちた。
「なっ、呆れて涙が出るほどなのか?!」
「ううん、ちがうよー・・」
ファイは小さな声で呟いて、やっと胸に抱き付いてきた。
「うれしいの・・黒たんみたいな人が、こんなことしちゃうくらい・・
オレの事、好きでいてくれたんだなって・・」
一応、思いは通じたらしい。ぽろぽろと涙を零すファイを、そっと包み込む。
「何処へも行くな。ずっと俺のそばにいろよ」
そう、ずっと俺はそう言いたかったんだ。
ファイも頷いてくれると思った。しかし、ファイは緩く首を横に振った。
「もう、十分・・。黒たんがそう言ってくれれば、オレもう十分幸せだよ。
この幸せのまま、別れたいんだ」

え?

「・・どういうことだ?」
もう決めたことだから、とファイはその身を離した。
「それにさ、オレ達男同士だし・・いつまでもこのままじゃ、いられないでしょ?」
「そんなこと、今更関係・・」
「黒たんのこと好きな女の子、いっぱいいるもの。君に相応しい、素敵な彼女がすぐ見つかると思う。
オレのことなんか、すぐ忘れられるよ」
「何言ってー」
「ありがとう」

涙を拭ってにこりと微笑んだファイは俺を置いて、校内へと続く扉の向こうへと消えた。
“ありがとう”?

俺があいつを好きだということは、泣くほど嬉しいらしいけれど。
結局あいつ、会社を取ったのか?男同士だからとも、言っていた。

「フ・・フラれたってこと・・か・・?」

俺では、あいつを引き止められないのか。
「見守り隊め、何が“幸せに出来るのは、お前しかいない”だ。叫び損だったじゃねぇか・・」


見上げた秋空は、何処までも高く澄み渡っていた。
この空は、遥か遠い外国まで続いていると思うと、胸がまた痛んだけれど。
独り立ちするという、あいつを。

「・・応援してやるしか、ねぇのかな・・」




所変わって校内では、やはり黒鋼の大告白大会の話で持ち切りだった。
留学の件など知らない生徒達は、ついにやったわね、などと楽しげに噂をしている。
それを聞く、見守り隊の面々。
「ついにやったな、黒鋼のやつ」
「これで留学、引き止められましたよね」
「いや、ファイちゃんがどう返事をしたかは分からない」
懐から『ファイたんを見守り隊・重要機密ノート』を取り出した隊長は、ぱらぱらとめくった。
「おれが書いたような、こんな結末になれば、いいんだけどな・・」
「ファイちゃんが外国へ行っちゃう小説を書いたましたね、隊長!
今思うと、未来を予見したような。まあ、相手役設定は隊長でしたけど」
「ああ・・しかし・・」
隊長は窓辺に立ち、何処までも高く澄み渡る秋空を見上げた。
「未来がどうなるかは、まだ分からない。
何故なら未来を作るのはおれではなく、ファイちゃん自身なのだから・・」
「そうですね、隊長・・」


澄み渡る秋空を、ファイも見上げていた。蒼い瞳に、哀しげな色を映しこんで。

秋空に吹く風は徐々に冷たくなり、冬も近い。
高校卒業の日は、刻一刻と迫っていた。




存在を覚えてましたか。再登場、ファイたんを見守り隊。
重要機密ノートには、ファイたんを主人公に妄想小説を書いて回しあっている彼らです。
残すところ後2話!やっとこさクライマックスが近付いてきたぞぅー♪
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