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学園ラブコメ15のお題

14 居眠り


「おい!」
突然掛けられた声に、驚いて振り向いた。
そこにいたのは、肩で息をする黒鋼。
「これだろ」
ぐいと握った手を差し出される。
疑問に思う間もなくつられて両手を出すと、そこに金色の光が落とされた。
「・・え・・?」


・・・・・・


懐かしい夢を、見た。
君に、恋した日の夢を。



瞼を開く。
瞳に映った景色に違和感を感じて、一瞬異次元にでも落ちてしまったかと思った。
しばらくして、ここが自分の部屋であることを思い出す。
そして幼かったあの日は、遠い遠い過去であることも。
「あ・・寝ちゃってたんだ・・」
最近夜眠れないせいだろう、少し机でうたた寝してしまっていた。


うらやましい。
夢の中のオレは、これから、君との日々が始まるのだ。


現実のオレは、もうすぐ、君との日々を終えるのに。


「早く荷物、まとめなきゃ・・」
呟きながらポケットを探り、小さな感触に触れてみた。
その存在にほんの少し、心がふわりと浮き上がる。
夢の中で落とされた金の光は、今でも肌身離さず持ち歩く。
母様のロケットだったけど、触れて思い出すのはあの日の出来事。
細い鎖を摘み上げて目の前で揺らすと、鈍い光を反射する。
持っている年月だけ古ぼけてきたけれど、苦しくなった時悲しくなった時、
いつも救い上げてくれた。
「これ位なら、いいよねー・・」

人には見せない、オレだけの宝物。
君はこのロケットのこと、忘れてしまっているけれど。
オレには一生忘れられない、大切な思い出。
小さなロケットを、抱き締めるように手のひらに包み込んだ。


会社を継ぐ勉強の為。
ひとりでも生きられる強さ、負うべき責任の為。

確かにそれも理由だけれど、別れの日が迫って、実感する。
自分が別離を決意した、本当の理由は。


怖いから、だ。
君に占められていく、この心が。


オレが君を、どれだけ好きか知ってる?
何より誰より、好きなんだ。涙が出るほど好きなんだよ。
そんな君に、『好き』と言って貰えて、共に過ごして、抱き締められて。
これ以上幸せなことが、他にある?


怖いのは。
自分の全てが、君に占められていくこと。


君がいなくなったらと思う、ただそれだけで壊れてしまいそうで。
これ以上一緒にいたら、きっと、もっともっと。
君が大切になる。
オレ達は男同士だし、いつか君は離れていく時が来るのだろう。
その時を思うと、不安で怖くてたまらない。
だから、今のうちに。
苦しいけど、悲しいけど、もっと一緒にいたら。
いつか来るその日、もっともっと、辛くなる。

「黒たん」
ロケットに囁いても、もちろん返事なんか聞こえない。
でも、この思い出だけは真実なんだ。
あの日君が泥だらけで探して見つけてくれたのは、ロケットだけじゃない。
もっともっと、大切なもの。

離れたら、死んでしまうほど苦しい。
きっと、いくら泣いても足りないほど。
切ない。
あと一週間、そう思うと視界が潤む。
「会い、たい・・な」
まだ別れてもないうちから、恋しくなる。

強くならなくちゃ。
君がいなくても、大丈夫なように。
ぎゅっと、金色を握り締めた。

離れ離れになっても。
せめてこのロケットだけは、ずっと一緒に。
君を失うこの心をきっと、ほんの少しでも、あたためてくれるから。




ーーー3月。

卒業式も、滞りなく終わった。
同じ大学部に進むので皆別れを惜しむでもなく、新生活に思いを馳せてはしゃぎあうような、
賑やかな卒業式だったのだけれど。


ファイは明日、日本を発つ。


『普段通りにすごしたい』と言っていたあいつは、誰にも留学のことを知らせていない。
皆で楽しげに集合写真など撮って、笑って。
「夕方、黒たんち行くからねー!」
そう言って、普段と変わりなく手を振って帰って行った。
ちょくちょく家にも遊びに来るようになり、すっかり顔なじみになっていた俺の両親には、
きちんとお別れの挨拶をしておきたいらしい。
(どうして、あんな普通にいられんだよ)

明日いなくなる。
そう思うと、胸が。
壊れそうに痛い。
(・・情けねぇな・・)
ひとりで頑張るというあいつを応援してやらなきゃいけないと、頭では分かっているのに。



「本当に、さみしくなるわねぇ・・」
「今までお世話になりましたー」
「あらあら、黒鋼が泣いてるわ。そんなに悲しいなら、頑張って引き止めなさいな」
「泣いてねぇっ!」
普段通りにしているつもりだが、やはり母親には伝わっているのだろう。
元気付けようとしているのか明るい調子で俺をからかう母親に、ファイが笑った。

(頑張って引き止めろって)
引き止められるなら、もうとっくに引き止めてる。
許されるなら力ずくで引き止めたいと、本気で思うほどに。

しかし離れるという選択をしたのは、ファイ自身だ。

「明日は朝早いの?この調子じゃ黒鋼、涙ながらの見送りになるわねぇ」
「あ、見送りは来なくていいよー。泣きながらじゃみっともないしー」
「泣かねぇっつに!!」
人の気も知らず、母に合わせ軽口を叩く。
(何で普通に、していられんだ・・)

ーーこんなに胸が、痛いのに。

思わずため息をついて俯いた俺に、小さな呟きが聞こえた。

「違うよ、泣いちゃうのはオレの方。
みっともないから、見送りには来ないでー」


その声が、あまりに苦しげに聞こえて。
思わず顔を上げたけれど、ファイはただいつもと変わらず、微笑んでいた。



まだ準備が少し残ってるからと、お茶一杯だけ飲んでファイは席を立った。


「本当に、明日は見送り、いいからね」
ここからじゃ空港遠いしねと、靴を履きながらファイは微笑んだ。


来て欲しくないらしい。
だったら。
これで最後じゃないか。


心臓が、壊れそうに痛む。


「お迎えの車、まだ来てないみたいー」
門を出てくるりと見回す、細い首。
透き通る肌、ふわりと揺れる金の髪。


明日には。
手の届かない、遥か遠くへ行ってしまう。


引き止められるなら、とっくに引き止めてる。
許されるなら縛り付けて引き止めたいと、本気で思う。


もうすぐ、車は来る。
その中へ消えれば、もう会えない。


ファイが一歩、踏み出した。
いつもそばにいた、大切な存在。


思わず、伸びた手で。
細い肩を。
抱き締めようとして。


ファイは笑って、その腕をすり抜けた。


「ダメ、見られちゃう。お迎えの車が、すぐ来るよー・・」


すり抜けて。
遥か、遠くへーーー


くるりと向き直ったその表情は、やはりいつもと変わらず微笑んでいて。
宝石のような、蒼い瞳が煌く。
少し高めの声は、いつも甘ったれて聞こえた。


自転車を止められて、ふたり乗りで登校したことも。
一緒に弁当食って、理不尽にも皆の矢面に立たされたことも。
屋上の穏やかな空間に、時が止まればいいと思ったことも。
文化祭、手をつないで一緒に回ったことも。
初めて、白く滑らかな肌に、触れたことも。
この胸の大切な気持ちを、伝えたことさえ。



今までの日々、全部。



これで、終る。



ーーー胸が、壊れそうに痛い。



「ありがとう」



そう言って、ひらりと振られたその細い指を。
掴んで、力ずくで抱き寄せた。
強く抱き締めた腕の中の、華奢な身体も、頬に掛かる柔らかな髪も。
離れたくない。離したくない。

「礼なんか言うな」

聞きたくなかった。
死んでしまうほど苦しい。

「・・痛いよ、・・くろ・・」

車の音が遠くから聞こえ、少し緩めた腕の中から、その存在は逃げていく。


これで終る。


離れる瞬間、
あまりに痛くて
苦しくて、

(ファイ)

せめて、なにか、おまえを。


離れる手の触れたポケットに、何かを感じた。


「ばいばい」


後ろ姿のままの囁いたファイは、迎えの車へと消え、

そしてすぐに、見えなくなった。


さよならを、返せなかった。
返せるわけがない。


「ファイ・・」

ポケットから思わず掴み取った、小さな粒。
手を開くと、それは鈍い光を放った。


ファイは、気が付いていない。


(ペンダント・・?いや、ロケットだ)
開けても、中は空だった。
(写真のないロケット?それに、もう随分痛んでる・・)


あいつは、どうしてこんな古ぼけたものを持ってたんだろう。
たまたま?されとも、いつも持ち歩いていたのだろうか。



俺が取ったことを、おまえは知らない。



細い鎖を摘み上げて目の前で揺らすと、年季の入った鈍い光を反射する。
(何だろ・・見覚えが・・あるような・・)



離れ離れになっても。
せめてこれだけは、持っていてもいいだろう。


おまえを失うこの心を、ほんの少しでも、守ってくれるかもしれないから。






財布が入ってたら財布掏ってたんかというカンジですが、まあ小さな粒が
ポッケの上から触れたので何故か思わず抜き取ってしまったということで・・。
呼ぶものがあったのでしょう。
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