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学園ラブコメ15のお題

15「ばいばい」


苦しくて、喉が震えて。
伝えたかったこと、何も言うことが出来なかった。



きっと気付いてないけれど、君はいつもオレを助けてくれていたんだよ。
言葉では言い表せないくらい、この胸いっぱいで感謝してる。
いつか君がオレを忘れても、オレは君を、忘れることなんてできない。



ーーー伝えたいこと、たくさんあったのに。


『ありがとう』


そのたったひと言を、やっと、言えただけだった。
別れの言葉さえ、顔を見て言えないなんて。



この世の誰より、好きな人。
きっと、もう二度と、会えないのに。



もう少し言葉を告げれば、声を上げて泣いてしまったと思う。
もう一度紅い瞳を振り向けば、さよならなんて口に出来なかったから。



「坊ちゃま、お友達とちゃんとお別れの挨拶は出来ましたか」
「うん。ごめんね、忙しいのに送り迎え頼んじゃってー」
「いいえ、私共は貴方様の為にいるのですから、ご遠慮なさらず。
・・寂しくなりますが、こちらのお屋敷は私共が留守を預かりますから、ご安心下さい」

迎えに来たお手伝いさんと話していても、言葉は口を動かすだけで頭から抜けていく。


唇が震える。
鼻の奥がつんとして、今にもしゃくり上げてしまう。

(くろ、たん・・)
駄目だ、泣いてはいけない。
胸が痛くて、呼吸が出来なくて、助けを求めるようにポケットに手を伸ばした。

(え?)


心臓が一つ、大きく打った。


(ない)


そこにいつもあるはずの、金のロケット。


(そんなはず)


落とすはずない。だって何より大切な。
なのにいくら探っても、唯一の彼とのつながりは、どこにもなかった。


(・・い、や・・っ)


「坊ちゃま?如何なされましたか」
「・・ううん、何でもないー」


緩く頭を振って。
大きく息を吸って、瞳を閉じた。
・・大丈夫。
あれはただの身代わりで、黒鋼ではない。
持っていたって、別れが辛いことには変わりないから。
それにいずれロケットがなくたって・・大丈夫なように、ならなければ。
その時期が少し、早まっただけ。

「・・大丈夫」
もう一度、自分に言い聞かせるように、呟いた。






翌朝。
空港は、様々な国へと旅立つ人々で活気付いている。
「久しぶりだね、元気にしてたかい」
「はい。久しぶりです、父様」
先に現地での生活を始めていた父親と会うのは、一月ぶりのこと。
わざわざいいと言うのに、オレの為に帰国してくれたのだ。
「言葉は話せるからね、向こうの生活もすぐ慣れるだろう。
様々な経験をして、しっかり吸収するようにな」
「うん、頑張るよ」
大きなガラス張りの壁からは、たくさんの飛行機が次々に飛び立ってゆくのが見えた。
ロビーには、出発のアナウンスがせわしなく流れる。
オレの乗る飛行機のアナウンスも、じき流れてくるのだろう。



これでもう、本当に。

君に、会えなくなるんだね。



(・・ばいばい・・黒たん)


苦しい。
脚の感覚が分からなくなっていく。
視界が狭くなってゆく気がする。


「どうした?日本が名残惜しいかな」
「・・ん、大丈夫・・」

指先を、ポケットにあてても。



唯一の、君とのつながりは。

そこには、ない。



(く、ろ・・・)


せめて。
せめて、身代わりだって何だって。

君がそばにいて欲しい。
胸が痛くて、死んでしまう。


心臓の音で、父親の声がよく聞こえない。



(い、やだ・・)



(はなれたくない・・っ)



「ファイ、準備はいいかい。そろそろ時間だよ」

穏やかなその声に、目の前が暗くなる。



ーー駄目だ。
強く、ならなくちゃ。
君がいなくても、大丈夫なように。



奥歯を強く噛んで、感覚の薄れる脚に力を込めて、立ち上がる。
戦慄く唇をおさえて、精一杯笑った。

「行こう・・父、様」




君の声を、もう一度、聞きたい。





「おい!」





ーーそんなこと、あるはずないのに。

突然背後から掛けられた言葉は、心に繰り返し響く、声に似ていた。



ーーそんなこと、あるはずないのに。



振り向くと、


そこに。


すぐ目の前に。
オレの、この世の誰より、涙が出るほど大好きな人がいた。


「く、ろ・・・・・」



肩で息をする黒鋼が、ぐいと握った手を差し出す。
「これだろ」

訳も分からないまま両手を出すと、金色の光が落とされた。

「・・え・・?」





ーまるで。



君に恋した、あの日のように。





「・・これ、おまえの母ちゃんのだろ。思い出した。・・悪ィ、取っちまって」

見慣れたロケット。

「くろたん」

思わず呟いて、ロケットを抱き締めるようにぎゅっと包んだ。
(黒、たん・・)
まるで、幼かったあの日に戻ったように、涙が溢れる。


「・・ち、がう・・の・・・・っ」


泣いちゃいけない、そう思っても。


「違う?」
「・・黒たんが、探してくれた・・もの、だから・・・
だから、ずっとずっと大事に、とっておいたの・・・」
「俺が、探したから・・?」

涙ごと、全てがふわりと包まれる。
何より何より大好きな、君のぬくもり。

「だから、こんなに痛んでも・・ずっと持っててくれたのか、おまえ」

こくこくと頷くたび、涙がぽろぽろ零れ落ちる。
胸に顔を埋めると、お日様みたいな、嗅ぎ慣れた君のにおい。
広い背中にしがみつくといつも、守られているように安心して。
短い髪は固そうに見えるのに、撫でると手触りがいいこと、オレは知ってる。
「・・くろたぁん・・っ」
抱き締められたまま逞しい首筋に擦り寄ると、黒鋼はくすぐったそうに笑った。
「んだ・・おまえ・・」
耳元で囁かれる、低く響く心地いい声。
何もかも。全部、全部。


「・・すき・・、だい、すき・・・・」


黒鋼はオレの涙を拭うと、その手でロケットを取り上げた。


「なぁ、こんなんより。・・本物のが、いいだろ・・?」


ああ、君はずるい。
こんな風にされたら、もう我慢なんて、できるはずない。
大好きな、大好きな君に、抱き締められてしまったら。


「そばに、いたい・・はなれたく、ないよぅ・・・・っ」


涙が、どうしても止まらなくて。


「ああ、離さねぇよ。全く・・おまえは・・」


幼かったあの日と同じ、ぶっきらぼうな君の口調は。

やはりとても、


優しく聞こえた。



あの日のようにーー


君に。

何度でも、恋に落ちる。



いつか離れてゆくと・・そう思っていたのに。

何度でも、何度でも。



ねぇ、これは。

君との出会いは、まるで。



ーー永遠みたいだと。



そう思った。




「この子が・・こんなに泣くところを、初めて見たよ」
父の、意外そうな声。
困らせたくなくて、安心させたくて、父の前では辛いことも悲しい気持ちも、隠していた。
こんな弱いオレに失望しただろうと、恐る恐る顔を上げると。
そこには、穏やかな、柔らかい眼差しがあった。
「小さい頃から手の掛からない子で、この子は泣かないのだと。ずっと思っていた」
「・・俺の前では、よく泣くよ」
「そうか・・父親失格だな、私は・・」

一歩、二歩と近付いた父は、少しかがんでオレの顔を覗き込んだ。
「ファイ、本当は行きたくなかったんだね。どうして言わなかったんだい」
「・・・・ずっと、父様みたいな強い、人に・・なりたかった・・。
黒たんといると、甘えてばかりで、だから・・・。
でも、オレ、父様みたいにはなれそうもないね。
ごめんなさい・・オレ本当は、日本に・・黒たんのそばにいたいんだ・・」
俯いたオレの頭を、大きな手がふわりと撫でた。
「私は強くなんかないぞ」
「え?」

涙を拭って顔を上げると、父様はくすりと笑った。
「私だって甘えてる。家内が生きていた時は、家内に。今は、おまえに甘えてるな。
外国について来いと言うのは、ただの私の我侭だよ。ファイと離れるのが、寂しいからね」
「父・・様・・」

ずっと、父様は。
ひとりでも立っていられる、強い人だと思っていた。

「海外へ行かなくても、日本でだって色々と勉強はできる。
ファイ、どんな立場の人間だって、安らげる場所がないと生きてはいけないんだよ」
「・・じゃあ・・オレ・・。ここに、いても・・」
「おまえが初めて、私に我侭を言ってくれたんだ。聞かないわけ、ないだろう?」

そう言ってにっこり微笑む父は、今までよりずっと、近くに感じた。

「ありがとう、ごめんなさい・・。父様・・」
「謝るのは私の方だよ。悪かった、ずっと、分かってやれなくて・・」




飛行機の搭乗時間は、いつの間にか過ぎていた。





そう、そしてオレはまた、学園に通うことになったのだ。
黒鋼と同じ、大学部に。





「黒たぁーん!乗せてってぇーー!」
「って、飛び出して来るなっていってんだろが!!」

空は青い。今日も、君の漕ぐ自転車の、後ろに乗って。

「しかしなぁ、おまえが始めから素直にしてりゃ、あんなややこしいことにはならなかったんだぞ」
「そだねー、今こうして黒たんといられること、・・信じられないものー。
もう会えないと、思ってたから・・」
「もうあんなことすんじゃねぇぞ」
「しない。できないよー・・」

あの時黒鋼は、このロケットが何であるか出発の朝、思い出したらしい。
返そうとオレの家へ行ったもののすでに出発しており、対応に出たお手伝いさんが事情を聞いて、
彼を空港へ送り届けてくれたということだ。

「でも、あの人ごみの中、よく見つけてくれたねー」
「まあな。すぐ分かったが・・今思えば、よくあの雑踏からおまえを見つけたな」
「だから今、ここにいられるんだ・・」



君が、見つけてくれたから。


幼いあの日、見つけてくれたのはロケットだけじゃないんだよ。
君は、そう。

本当のオレを、見つけてくれた。



しかし、と黒鋼は自転車を漕ぎながら、空を仰いだ。
「おまえ、大学卒業したら会社のことで忙しくなるんだろ。
どっちにしろあんまり、会えなくなるんじゃねぇのか」
「あ!だったらさー、ね、黒たん!剣術で色んな実業団から声掛かってるでしょー?
セレスコーポレーションもたくさん選手サポートしてるし、卒業したらうちおいでよー!」
「な・・っ、セレス入ったらおまえの部下になっちまうじゃねーか!!」
「いいじゃないのー。で、たまにスーツで会社来てよ。社長室で密会しようよー!楽しそう!」
「おまえ、仕事は遊びじゃねんだから・・それに社長室に行くところ見られたりしたら・・」
って、何具体的な心配をしてるんだ俺は。
「大丈夫ー!黒たん専用の隠し通路作ってあげるよ!忍んで会いに来てーv」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ、たく」

ファイは、将来的には日本支店の社長になるらしい。
根は真面目なこいつのこと、ふざけたことを言っていても、頑張って仕事をこなすのだろう。
きっとまた、頑張りすぎるくらいに。

「しょうがねぇな。仕事、疲れたら呼べよ。俺が思いっきり甘やかしてやっから」
「わあーいっv楽しみだなー!!」

後からきゅっと抱き付いたファイは、嬉しそうな笑い声を上げる。

「・・将来がね、ずっと、不安だったんだ。でも君となら、何だってできる気がするよ。
今は、未来がすごく楽しみ」

「そう、だな。楽しみだな」



どこまでも果てしなく広がる大空を、君と見上げる。




この青空は、未来へと、つながっていく。





15もお題があって完結するんか?!と思っていましたが、無事完結♪
そしてお題はほぼ無視!!
・・自分にお題は無理であるということがよく分かりました・・。
長い長いお話、ここまでお付き合い頂いて、ありがとうございました!!
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