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その胸に、星が墜ちる。1


幼い頃、星が墜ちるのを見た。




その夜俺は何故か眠れなくて、ベットから窓越しに空を眺めていた。
瞬く星々が漆黒に散らばる、吸い込まれそうなほど美しい夜空。

「わ・・!」

思わず飛び起き、窓を開け放ったのは。
無数の星々の中の一粒が、一瞬月より眩しく輝いたのだ。

それは煌く放物線を描いて、森の奥へと墜ちていった。
途端、闇を裂くような閃光が放たれる。



光がすっかり闇に溶けてしまうと、夜は再び厳かな静けさに包まれた。
まるで何事も、起こらなかったかのように。



ーあの星は、どこへ落ちたのだろう。




翌朝俺は、星の落ちた森へと駆けて行った。
森は危ないからと入ることを止められていたけれど、
きっとこのどこかに、あの星の欠片が落ちているから。
恐いくらいに、光を放っていた流れ星。きっとまだ、きらきらと輝いているはずだ。
落ちた場所は、もっと奥。もっと奥だった。
胸を高鳴らせて分け入ったけれど、どこまで行っても光の欠片は見つからない。
道のない険しい森に足が痛み、もうあきらめて引き返そうかと思った、その時。
突然視界が開けた。


「・・なんだ?これ・・」


森の奥。
その眩しさに、目を細める。
そこは一面の広い広い、真っ白な花畑だった。
咲き乱れる花々の向こうには、大きな建物が見える。立派な造りで、貴族のお屋敷のようだ。

白い世界に踏み入むと、足がふわりと花に沈む。
そのたび、数え切れない花びらが風に舞い上がり、高い青空へと吸い込まれていった。

(別世界、みたいだ・・)

空を見上げながら、夢見心地で花畑の中へと歩みを進めると。
「だぁれ?」
「わっ?!」
ふいに後ろから声がして、あわてて振り向いた。

(星の欠片?)

思わず、そう思ってしまうほど。
後ろにいたのは、星のように煌く、綺麗な子供だった。
金の睫毛に縁取られた、宝石のような蒼い瞳。
穏やかな風が金の髪をくずすたび、きらきらと光が散る。
きっと歳は自分とそう変わらない。
白いワンピースで華奢な身体を包み、それがこの花畑にとてもよく似合っていた。
きっと、この子があのお屋敷の住人なのだ。

(こんな綺麗な子、初めて見た・・)
思わず言葉を失くして見惚れていると、その子は不思議そうに小首を傾げる。
「どうしてここにいるの?」
「えっと俺、流れ星探してたんだ!昨日この辺りに落ちたんだ、見なかったか?!」
星のような子は大きな瞳を瞬かせ、それから困ったように眉根をちょっと寄せた。
「知らないよ。見てないの」
花畑に響く、小鳥の歌のように澄んだ声。

きっとこれ以上奥へは行けないし、星の欠片はもうあきらめよう。
いいんだ、もっと綺麗なものを見つけたから。
まるで星のように輝く、この子を。

「なあおまえ、あの家に住んでんだよな。周りに家もねぇし、さみしいだろ?
これから俺が一緒に遊んでやる!」
「え?」
星色の子供は声をあげ、それから首を緩く横に振った。
「ううん、ダメなの・・」
消入るような囁き声は、何だか寂しげに聞こえる。
きっと遊べないというのは、この子の意思じゃない。誰かに、止められているのだろう。
「大丈夫、遊んだって秘密にしておけばバレねぇよ!なぁ、友達になろう!」
白く細い手をぎゅっと握ると、大きな瞳が零れそうなほど見開かれた。
びっくりした表情も、すごく可愛い。
「・・おともだち・・?ん・・そうだね。いいよ」
少し染まった頬で、こっくりと頷く。流れる金の髪に、目を奪われる。
「でも秘密だよ。誰にも言っちゃダメだよ?」
「おう、秘密な!俺、黒鋼っていうんだ。おまえは?」
「・・名前は・・誰にも教えたらいけないって・・」
「何でだよ、変なの。名前くらいいいじゃねぇか」
「ごめんね、くろたん」
「くろたん?!」
聞きなれないカワイイ呼び名に、思わず叫んでしまった。自分にはまるで似合わない。
その子は楽しそうに俺の反応を見て、白い花へふわりと座った。
「だって、おともだちでしょ?くろたんて呼び名、可愛いと思うよー」
「カワイイって・・」
ここで絶対嫌だなどと強く否定すると、こんなか弱い子はショックで泣いてしまうかもしれない。
呼び名くらい我慢するべきだろうかと、向かい合って座り込む。
見ると、華奢な指先には真っ白な花冠が摘まれていた。
「さっきから、編んでたの。お友達の印に、あげるねーv」
突然、乙女チックなものを頭に乗せられてしまった。
「の!乗せんじゃねぇ!俺がそんなもん似合うわけねぇだろ!!」
「本当だー、似合わないー♪」
「お、おまえ自分で乗せておいて・・っ嫌がらせか?!」
思わず拳を握り締める俺を見て、鈴を転がすような声で笑う。
ひょっとして決してか弱いような子ではなく、意外とイタズラ好きな子なのだろうか。
(でも、やっと笑ってくれた)
さっきまでちょっと緊張気味だったけれど、警戒心が解けてきたようだ。
笑顔は花より可愛くて、もっと笑って欲しいと思う。
乗せられた花冠を手にとると、それはとても丁寧に編まれていた。
「上手なもんだな。どうやるんだ?」
「教えてあげるー」
白く細い指が器用に動いて、花がだんだん冠になってゆくさまは、見ていて楽しい。
真似して指を動かすと、星色の子供はまた笑い声を上げた。
「へぇ、くろたんて、見かけによらず意外と器用なんだねー」
「大人しいかと思ったら、見かけによらず意外とイイ性格してんなおまえ・・」
まさかくろたんという呼び名も、悪ふざけで付けられたのではなかろうか。
可愛い顔して、だんだん本性を現しつつある。

ちょっかいをかけられつつも出来あがった花冠を、ほらよと頭に乗せてやった。
「ありがとう、うれしい!こんなうれしいプレゼント、初めてだよーv」
からかわれているような気もするけれど、金の髪に白い花冠を乗せてふわりと微笑む子供は、
まるでお姫様みたいに綺麗だった。


ふたりでてんとう虫を探したり、葉っぱすもうをしているうち、気が付くと空は夕焼けに
染まっていた。白い絨毯も、オレンジ色に染まってゆく。
「あれ、もう夕方じゃねーか!まずいな、暗くなったら帰り道分かんねぇ!」
「もう行っちゃうのー?」
慌てて立ち上がると、細い指でくいと裾を引かれた。ちょっと口を尖らせる仕草が、可愛いらしい。
「そう寂しがんなよ、明日も来てやるから」
「本当?約束だよ、待ってるね!くろたんv」
すっかり仲良くなれて、明日も会う約束が出来た。
この子のうれしそうな様子が、俺もすごくうれしくて。
別れの挨拶をする前に、星色の子供は悪戯っぽく微笑んだ。
「あのね、誰にも秘密だよ!名前、教えてあげるー」
「え?!」
そっと俺の耳元に、小さな桜唇を寄せて。

内緒話のように囁いて、俺だけに教えてくれた秘密の名前。
その吐息にドキドキして、秘密を教えてくれた、そのことで胸が一杯になって。

「またね!」
「おう、またな!」

別れてもドキドキが止まらなくて、何だか顔が微笑んでしまう。
誰にも内緒の、秘密の友達。
また会いたい。早く会いたい。
こんなにドキドキしたの、初めてだ。
これからもずっとずっと、一緒に遊びたいな。
もう一度顔を見たくて振り返ったけれど、少し進んだだけなのに白い花畑は木々に阻まれ、
すっかり見えなくなっていた。


でも、俺だけに教えてくれた秘密の名前。

「またな、ファイ」

その名前を、心の中で何度も繰り返した。
あの子の名前。誰にも言っちゃいけない、俺だけに教えてくれた秘密。

明日会える、また明日ファイに会えるんだ。
そしたら、一番に秘密の名前を呼んであげよう。


途中ですっかり暗くなって森に迷い、何とか家に辿り着いたのは夜も遅い時間。
何をしていたのかと親に叱られたけれど、どこで誰と会っていたのかは絶対に言えない。
だって、誰にも内緒だって、あの子と約束したから。





次の日を待ちかねて、また森へと分け入った。
早くファイに会いたい。
星のように輝くあの子に。



でも、どれだけ探しても探しても。
あの白い花畑とお屋敷は、見つからなかった。
星の欠片を探して、闇雲に進んだ森。
場所ははっきり覚えてないけれど、昨日は行けたし戻って来られた。
だから、見つからないはずなんてないのに。


次の日も、その次の日も、頑張って探したけれど。



いくら探しても、白い花畑にはたどり着けなかった。
きっと、待ってくれてるのに。
あの子は、俺が何処に住んでいるか知らない。
それに、遊ぶなって言われてたくらいだ、花畑から出てはいけないのだ。
きっと、ひとりで、俺を待っているのに。


『本当?約束だよ、待ってるね!くろたん』

そう言ってくれた時の、うれしそうな笑顔を思い出す。
もう来てくれないんだと、寂しく思っているかもしれない。
違う、俺は今すぐにでも会いに行きたいのに。


時間が許す時はすぐ森へ駆けて行って、一生懸命探した。
来る日も来る日も、探し続けて。


跡形もない、その花畑を。
影さえ見えない、星色の子を。



だんだん、それが夢だったのか現実だったのか、
分からなくなってきた。



森の奥で、たった一度だけ出会った。
一面に広がる白い花畑で微笑む、夢のように綺麗な子。


時がたつたび、現実感がうすれていく。


花冠は、置いてきてしまった。
だから、何も残っていないのだ。
あの日の証は。




でも、夢だったとしてもー

『秘密だよ。誰にも、言っちゃダメだよ?』

あの子と約束したから。
森の奥の花畑のことも、ファイのことも、俺は誰にも話さなかった。
胸の中だけの、思い出。
ひょっとして、ファイは本当はいなくて、俺の胸の中に住んでいるだけなのかもしれない。





それから、成長した俺は家を出た。
君と出会った森を離れて。



たった一度だけ、出会った。



何も残っていないけれど。



あの森から遠く離れた地で。
幼い日々は遠い昔となった、今でも思い出す。



花冠は残っていないけれど、君の名前はこの胸に残っている。
俺だけに教えてくれた、たった一つだけの、証。



夢だったのか、現だったのか。
例えそれが、現実ではなかったとしても。




あの夢のような花畑で、あの子は今も俺を待ち続けているのだろうか、と。




輝く星を見上げるたび、今でも、そう思うのだ。






前から書きたい書きたいと言っていた、教皇様ファイと騎士黒鋼のお話です。
うちの小説全部読んで下さってる方はお分かりだと思いますが、また似たようなお話を・・!
好きなシチュエーションを書こうとすると、どうしてもね(笑・・)。
今回はエピローグっぽく。
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