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その胸に、星が墜ちる。2

「信じらんねぇ!何であんな可愛い娘フれるんだよ!どこが不満ってんだ?!」
「可愛くて優しい上、胸だって大きいとゆうのに!・・おれらにおこぼれ分けてくんねぇものか・・。
誰に告られても断るよなぁ。ひょっとして、女はダメとか?」
「いや、そう思って迫ってみた男もいたんだってよ。どうもそれもフラれたらしい」
「絶対変だよなー。・・ひょっとして隊長、心に秘めた想い人がいるとか・・?」
「ハハハ、顔に似合わねぇよ、長年片思いなんかしてるガラじゃねぇだろー!!」

「てめぇら、言わせておけばなぁ・・」

背後から掛けた低い声に、無駄口を叩きながら筋トレをしていた二人の背筋がビクッと固まる。


ここは、王宮騎士訓練場。
生まれ育った家を出た俺は、得意とする剣術の腕を磨こうと王宮騎士団に入団した。
それ以来ここで訓練をしてきたのだが、慣れ親しんだこの場で稽古が出来るのも、後数週間を残すのみである。
というのも、指揮する部隊の功績を評価され、今回その部隊ごと教皇専属騎士団へと昇格する運びとなったのだ。
自分の部隊の連中は腕も確かで度胸もあるが、何分下世話で口が悪い。


「そんな余裕があんなら、トレーニング100セット追加だ。さっさと走りに行け」
「うえぇ?!申し訳ありません、失言でした隊長っ!軽い冗談です冗談!!」
「反省して鍛錬しねぇ奴は、ここに置いてく。教皇サマのお城へ連れてってやんねぇぞ」
「そんなぁ!でも隊長、鍛錬ばっかじゃなくうるおいも大事っすよー!隊長は彼女いらないんすか?
ストイックにも程が・・」
「それ以上無駄口叩くと、200セット追加だ」

それだけは勘弁、と転がるように駆けて行った二人の背を見送り、小さく溜め息を吐く。
口は悪くともやることはきちんとやる奴らだ、真面目に100セットこなしてくるのだろう。



『私・・貴方の事を、ずっと・・』
昨日告白してきた食堂の看板娘は、確かに可愛らしい顔をしていた。気立てもよくて憧れる男共が多い。
食堂に行って娘に微笑まれるたび、まあ人気があるのも頷けると思ってはいたのだ。
勇気を振り絞って、自分に一生懸命思いを伝えてくれていることも、よく分かった。

でも断った。

昔からそうだ。比べてしまう。
流れる髪は、もっと煌いていた。
潤んだ瞳は、もっと澄んでいた。
白い肌は、もっと透き通っていた。
そして笑顔は、誰よりも何よりも可愛いくて。

いるのかいないのか分からないーいや、ただ俺の夢の産物だろう。

『ファイ』と、
比べてしまうのだ。


自分でも、馬鹿げていると思う。

あの森はあれから、木々の配置までもすっかり覚えてしまうほど、散々探した。
でも、森の何処にも、そんなものはなかった。そう、あの森に白い花畑など、存在しなかったのだ。
つまり、星のようなあの子は、現実にはいない。
きっとあの流れ星すら全部、夢だったのだろう。
幼い頃夢で見た子を、未だに夢見続けていていたって、何にもならない。
そんな幻を追いかけていても、仕方がない。


自分でも、分かっている。
それでも。


青い空を見上げる。
空の向こうには、見えなくても星々が輝いている。
待っていろと言って、なのに二度と行けなかった、夢の中の花畑。

約束を違えた、幻の。

(・・ファイ)

その名を胸の内に呟くと、ちくりと胸が痛んだ。





その一週間後、俺の部隊は教皇の居城の門前にいた。
「・・でっけぇ・・王様のお城より凄いっすねぇ・・」
「隊長、俺緊張して一睡も出来なくて・・教皇様って、どんななんだろ・・」
「緊張せずとも、どうせ俺らは教皇サマのお姿を拝見することすらねぇよ。外堀守るだけなんだから」
大袈裟な音を立てて、城門が開かれる。今日は就任式だ。

この国は王制だが、有事の際国王は教皇の指示を仰ぐ。立場的には教皇の方が上だと言うことだ。
教皇はその特異な能力で国を守護しており、人々の信仰の対象となっている。
その力は未来を読み、隔された過去を見、水や光なんかも呼べるということだ。
教皇は国を守る為のみにその力を使い、常に国民を見守り、有り難くも我々の幸せを祈っていて
下さっている、という話だ。

我々一般庶民には、その存在はまるで伝説のような話で、教皇が本当にそんな奇跡を起こす力を持って
いるのか、我々の幸せを祈っているのか、はたまた実在するのかどうか、知るすべはない。
雲を掴むような存在ではあるが、この国を興したという『教皇』は昔から篤く信仰されている。
この国を守り人々を幸せに導くという彼は国民の支えであり、そんな大きな存在の騎士になるということは、
つまり最高権威の騎士ということだ。
剣術の腕をここまで認められたことを、誇らしく思う。
ただし、数少ない側近は尊い血の者達で固められており、俺達が任されているのは、教皇からは程遠い場だが。


教皇は奇跡を起こすと言う、しかし存在すらよく分からない。
その影響の大きさ故、狂信している者もいれば、疑い反発する者もいる。


俺はー

そいつが本当に力を持っているのかとか、本当に俺らの幸せを祈っているのかとか、
そんなことよりも。


そんな風に、数え切れないほどの人の思いを一身に受けている彼は。



ーーー何を、思うのだろうと。



そんなことを、思う。




就任式は滞りなく終わり、午後からは居城の防衛形態についての会合に出席する予定だ。
地図を前には計画は練っていたが、実際の形状を視察しておくにこしたことはない。
会合前に、城外を一巡りしておくことにした。

この居城は、切り立った険しい崖の上に建っている。
長い歴史を感じながらも未だ強固な城壁は、見上げても縁が見えない程の高さだ。
孤高の痩せた地には草木も生えず、曲者の隠れる場すらない。
鉄壁の守護を誇る居城であるが、そこをさらに守れと言う。
念の入れすぎのような気もするが、それほどの存在ということなのだろう。
どんな完璧と思われる防御にも弱点はあるもので、そこを守れということだろうが、
これでは弱点を見つけるのも至難の業だ。

思案をしつつ、壁に沿って曲がり角を曲がった、その時。



「・・なんだ?これ・・」



その眩しさに、目を細める。


一面の、広い真っ白な花畑。


踏み入むと、足がふわりと花に沈む。
花びらが風に舞い上がり、高い青空へと吸い込まれていった。

さっきまで、地面は草一本生えていなかったというのに。



ーーーこれはまるで。



「あ!くろたぁーんっ!」

「な・・?」

子供が、息を切らして駆け寄って来た。星のように煌く、綺麗な子供。
風が金色の髪をくずすたび、きらきらと光が散る。
「やっと来てくれたぁー!ずっとずっと、待ってたのにー!」
頬を上気させて飛び付く小さな身体は、俺の腰の高さにも満たない。


ーーーそれは、あの日の、幼い姿のままの。


「くろたん?オレのこと、おぼえてる・・?」

おずおずと見上げる瞳は、宝石のような澄んだ蒼。


忘れるわけがない。
あの日から、一度だって。


華奢な身体を抱えあげると、高い歓声を上げて首に抱き付く。
ずっと抱き締めたかったその小さな身体は、とても柔らかかった。
おまえを見つけられなかった俺を、それでも待ってて、くれたのか。

「悪ぃ、遅くなったな・・」



こんな場所に、花畑などあるはずがない。
あの日の子供が、全く変わらず幼いままでいるはずがない。


だからこれは夢なのだ。
でも、夢でもいい。
だっておまえは、俺の夢の中の住人なのだから。


「なーんてね」
「は?」


背後からの唐突な声に、振り向いた。

あの子と同じ、この世のものと思えない美しい色。
金色に煌く髪、
宝石のような蒼い瞳、
白く透き通る肌。
ただし手足はすらりと長い。
可愛いというより綺麗になったその顔は、幼い面影をほんの少し残していて。


そこには、俺の夢の中にだけ住んでいたはずの、幻が。
成長した姿で、微笑んでいた。


いつの間にか腕の中の子供は消え、突如現れた一面の花畑も元の荒地に戻っていた。
白い長物を纏うその美しい姿は、まるでそこだけ切り取られた、幻のようで。



空の向こうには、見えなくても星々が輝いている。
待っていろと言って、なのに二度と行けなかった、夢の中の花畑。
約束を違えた、幻の。


「・・ファ、イ・・?」


ずっと、胸に抱いていた。
その名を、口にした。




              
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