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その胸に、星が墜ちる。3

幻だったものが、今、目の前にいる。
待っていろと言って、なのに行けなかった。
あの日と全く変わらない、星のような煌きに。

「・・ファイ・・?」

周りにはもう、花びらひとつ見当たらない。まるで、幻影を操っているかのような。
そんなことが出来る人間など、この国に只ひとりだ。
ー伝説が、真実であるならば。

もう一度口を開こうとすると、その幻影だったはずのものは指を一本、小さな唇の前にすいと立てた。
爪先までも、透き通るような。

「名前は個を象る・・だから、もう、その名を口にしたらいけない」
「?どういう・・」
一歩近付くと、美しい姿はふわりと一歩遠退いた。
「触れたら駄目だよ・・」

間違いない。
あの日の綺麗な子供は。そして今目の前にいるこの美しい青年は、“教皇”だ。
教皇は、奇跡を起こすと言う。
ならば、幼い日のあの不思議な出来事も、今起こった不思議な幻影も、頷ける。

一陣の風が、吹き抜けた。
華奢な身を包む薄物が、白い花びらのように大きくひらりと舞い上がる。
荒地の上でも、夢のように美しいその姿。
花よりももっと。星よりももっと。


そうだ、俺はずっとずっと探していた。
あの森に花畑などないと分かっても、それでもずっと探し続けた。
夢でさえ会えなかったあの子が、今目の前にいる。


果たせなかった、あの日の約束。


「・・ずっと、探してた・・でも」
「見つからなかったでしょう。
だってオレが、屋敷もお花畑も、全部消したんだから」
「おまえが・・?」
「君とは、会っちゃいけなかったんだ。オレは、星の容れ物だから」
「・・・ほし、の・・?」
「だからもう、君とは会えない」


幼い日。
俺は、流れ星を見た。
無数の星々。そのたった一粒が、一瞬月より眩しく輝いて。
それは煌きを放ちながら、森の奥へと墜ちていった。

あの星はー


おまえが、星の容れ物だというならば。
あの星は、おまえへと墜ちたのだろうか。


「君に謝りたくて、だから来たんだ。約束したのに、あの森から消えて・・」
・・ごめんね、と囁いて。
その透明な言葉ごと、風に透ける。

「っ待・・!!」
とっさに手を伸ばして、白く細い手をぐいと掴んだ。
「・・ッ」
綺麗な蒼い瞳が、零れそうなほどに見開かれる。驚いた表情は、幼い日と変わらない。
そうだ、あの日も。
こんな風に、おまえの手を握って。
「ずっと探してた。やっと会えたのに、なんでもう会えねんだよ!」
俺の言葉に、星色の青年は首を緩く横に振った。
「・・だめなんだ・・」

消入るような囁き声は、震えていて。
だからきっと、これはおまえの意思じゃない。
そう、あの日もそうだった。

「おまえが“教皇”だからか。
それとも俺をもう・・待ってなんかなかったか?」
「待ってはいけないんだ。・・でも、」
ファイは、困ったように少し眉を寄せて、笑った。
「子供は正直だね」
「え?」



「隊長ーっ!こんな所でひとりで何やってんですかぁ?!会合始まっちゃいますよー!!」

部下の呼び声に、我に返った。
「・・あ・・?」
いつの間にか、掴んだはずの手は、虚空を掴み。




ファイの姿はもう、跡形もなく消え失せていた。





一面の、広い広い真っ白な花畑。
息を切らして駆け寄って来た、星色の子供。

『やっと来てくれたんだね!ずっとずっと、待ってたんだよー!』

軽い身体を抱えあげると、嬉しそうに首に抱き付いて。



屋敷も花畑も、自分で消したと言っていた。
名を呼ぶなと。
触れるなと。
会ってはいけなかったのだと。


ーでも、子供は正直だね。
困ったように、笑っていた。
子供の言葉が、本当の言葉ならば。




俺がずっとずっと、おまえを探していたように。


本当はおまえも、俺を。




ずっとずっと、待っていてくれたのだろうか。




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