その胸に、星が墜ちる。4
(まさかあいつが、“教皇”だったとは・・)
星のように煌く、美しいその姿。
金の睫毛に縁取られた蒼い瞳は、宝石のようで。
穏やかな風が金色の髪をくずすたび、きらきらと光が散った。
名前というただ一つの証のみ胸に残して、跡形もなく消え去ったー
それは、幼い日の不思議な出来事。
幻だと、現実には存在しないと、思っていた。
きっとあの流れ星すら、全部夢で。
幼い頃夢で見た子を未だ夢見続けても・・幻を追いかけても仕方がない。
そう、思っていた。
しかし、ファイにまた会えたのだ。
星のような煌きも、綺麗な声も。
あの日のように掴んだ華奢な手の感触も、そのままに。
確かに、存在した。
また夢のように消えてしまったけれどーー幻ではなかった。
この居城の一番奥に住まう教皇、それがあいつだ。
しかし。
(・・どっちにしろ、手の届かねぇ存在ってことだよな・・)
「隊長ー、眉間のシワが増量セールですよ?何かあったんすか」
「悩み事ですか?そうだ分かった!恋煩いっすねっ、隊長!」
「・・ああ・・」
上の空で返した自分の返事に気が付いたのは、部下の叫びに驚いてから。
「えーーーッッ?!?!鬼の黒鋼隊長がついに恋をーーー!?!?!」
とんでもない絶叫が、騎士用食堂中に響き渡った。
「な!何叫んでんだおまえらっ!!」
「ええっ何なに?!春ですか隊長!」
「よかったですねー!フォーリンラブっすか!」
「だーッ、んなわけねぇよ!お前等さっさと自分のメシ喰っちまえ、集まってくんなッッ!!」
妙な雄叫びに釣られてわらわらと集まって来てしまった部下どもを何とか蹴散らしたが、
そのきっかけとなった二人の部下は真面目な顔でその場に残った。
ちなみに、この間トレーニングを100セット追加してやった奴らである。
「ったく、誤解を与えるようなこと叫んでんじゃねぇよ・・」
溜め息を吐いて凄んでやったが、全くひるむ様子はない。
鶏のソテーを口一杯頬張りつつ、声を潜めて顔を寄せてきた。
「隊長!おれら隊長を、全面的にバックアップしますよっ」
「色恋沙汰については僕らの方が先輩っす、任せて下さい!」
「・・だから違うって・・」
「そんなこと言ってー、悩んでマスって顔に書いてありますよ。
女の子の気持ちなんて、分からないでしょー?隊長は」
オンナノコではないのだが・・・確かに、悩んでいるのは事実だ。
『もう、君と会ってはいけない』。
そう言っていたけれど、俺はあいつに会いたい。
理由はよく分からないが、初めて会った幼い時からずっとずっと。もっと会いたいと思っていた。
しかし、ファイは人前に姿を現すことのない教皇であり、俺から会いに行くのは
限りなく不可能だ。いくら警備の騎士であっても、やはり城に入ることは禁忌中の禁忌。
頭の中で何度かシュミレーションしてみたが、厳重すぎるほどの禁城は、忍び込んだ瞬間
即刻縛り首だろう。下手なことをすれば、部下にも処分が下るかもしれない。
本人が会わないつもりならば、もう俺の目の前に自ら現われることもないだろう。
せっかく会えたのに。
ずっと会いたかった奴が、あの奥に、確かにいると分かっているのに。
遠くから守るだけだなんて、絶対に嫌だ。
しかし相手が教皇であったというこの状況、どう考えても解決法など思いつきそうもない。
部下などに相談して解決する問題とはとても思えないが、他人の意見を聞けばせめて
糸口のそのまた糸口くらいは見つかるだろうか。
「いいか、誤解すんなよ。これは俺の話じゃねぇ、知り合いから受けた相談だ」
「ハイハイ、ワカッテマス。で、相手の子との状況はどうなってるんです?」
「話によるとそいつは、名前呼ぶなとか、二度と会わねぇとか、触るなとか言われているそうだ。
どうしたらいいと思う?」
「・・か・可哀想に隊長・・そーとーキラわれてますねぇー・・・」
「うっせえ!深い事情があるっ・・じゃねぇ、俺の話じゃないってんだろ?!」
相手にペースを握られがちだ。自分の専門外の分野は、どうもいけない。
状況を立て直す為深呼吸しようとすると、部下はキラリと目を光らせた。
「読めましたよ。隊長の初恋の相手が・・」
「何?!」
「ズバリ!教皇様にお仕えしてるシスターちゃんですねっ!
シスターは男性とのお付き合いは禁じられています、それでそこまで拒否られていると・・」
「なるほど、ここのシスター可愛い子多かったですもんね!
気持ち分かります。おれも就任式の時、全員と付き合いたいって思いましたよ」
「ったく何言ってやがる、お前彼女いるんだろが・・」
呆れる俺の手を握り、障害は大きいほど燃えるものです、などと励まされてしまう。
というか、相手はシスターではなく、シスターが仕えている教皇本人だ。
それにシスターならいくらでも代わりがきくし、世俗に戻ることも出来るだろうが。
唯一、国を守るため奇跡を起こす力を持つ“教皇”の代わりなど、誰もなれない。
さすがに“教皇”は、とてもじゃないが付き合いなど出来ないだろうし、世俗に戻れるとも思えない。
「建前で拒否ってるだけかも知れませんよ。脈はありそうなんですか?」
「うーん・・嫌いじゃあなさそうなんだよなぁ・・」
『子供は正直だね』
困ったように笑った、あの言葉がそういう意味であるならば。
「なら押しの一手です!!」
フォークに刺した鶏ソテーを振るいつつ、熱弁を振るわれる。
真剣なんだか、からかわれているのだか。
「押しったってなぁ、無茶言うなよ。城に入れねぇのにどう押せってんだ?」
「簡単ですよ、方法はひとつ。名前が分かってるんでしたら呼ぶんですよ、大声で!
恥かしくて出て来るはずです!!」
「あァ?!んなことしたら引くぞ普通!俺なら盛大に引く!!」
「分かってませんね隊長、熱いパッションを感じ取ってくれるはずです!」
「パッション?!俺がよく分かってないからって、ハメようとしてねぇか?!
それに叫んだ上、出てこなかったら相当恥かしいぞ!!」
「大丈夫です、その時はおれらが、適当にフォロー入れに行ってあげますよ!」
「『ほらほら隊長、発声練習もこの辺にして!』とか言ってー」
「何の発声練習?!」
明らかにからかわれている。こんな奴らに相談した自分が馬鹿だった。
「ホラあんた達、そろそろ交代の時間じゃないのかい?」
食台を拭きながら笑う食堂のおばさんの言葉に、いつの間にか時間を
オーバーしていることに気が付いた。
「うわ!バカなこと言ってやがるから遅刻じゃねぇか、早く行け!!」
「はーい!じゃあ隊長、頑張って下さいね!シカトされたらフォローしに走りますからー!」
「ああ頼む・・って俺じゃないっつに!!」
(ったく、人事だと思っていい気なモンだぜ)
慌てて駆けて行く部下の後ろ姿を眺めつつ、その後をゆっくりと歩いてゆく。
隊員は各々所定の守り場へと配属されているが、自分はその者達を見回る役目なので、多少遅れても
大丈夫である。
探し続けた人を、やっと見付けた。
星のように煌くその姿は、幼い頃よりもっと綺麗になっていた。
その姿を思い描くだけで、胸が高鳴る。
もう一度会いたい。
守り場を巡回しつつ、果ての見えないほど高い外壁を見上げる。
この中の城、その奥に、いるはずだ。
教皇だからといって、何故会ってはいけないのか。
名前を呼ぶと、何が起こるというのか。
触れると、どうなってしまうというのか。
考えても分かるはずもなく、聞いてみなければしょうがない。
それにはまず、呼び出さねば。
しかし俺が知るのはあいつの名前だけで、それ以外何も知らない。
このまま只まんじりと時を過ごし、待っているだけなのは性に合わない。
存在が、場所が分かったのだ。
幼い頃からずっと、俺はファイに会いたかった。
(呼んで来るとも思えないが)
壁に阻まれていても、あいつならきっと聞こえるだろう。ここなら人目はない。
あいつらも、フォロー入れてくれるとか言っていたし。
・・・騙されてる気もするが。
特に他に方法も思いつかないので、覚悟を決め城に向かい、思いっ切り息を吸い込んだ。
と。
「・・っ?!」
視界に入った白い影に、喉が固まった。
「もう・・恥かしいからやめてくれるー?」
「ファイ!!」
見上げると、そこにはふわりと浮き上がる星色の煌き。
呆れたように溜め息を吐く、ファイがいた。
事前に察知されたらしく、なんと本当に来たのだ。
熱いパッションが伝わったのかどうかはともかく、あいつらのいい加減な作戦も、
あながち間違ってはいなかったらしい。
「名前は呼ばないでって、言ったでしょー?」
「おい、いいから降りて来いっ。会えないなら納得いく説明をしろ!
消えたら名前叫んでやるぞ!」
「オレの名前なんて君しか知らないんだから、恥かしい思いするのは黒たんだけだよー。
あんまりいたたまれなくて、来ちゃったじゃないの・・もう、タチの悪い・・。
いい?君の口を封じることくらい、造作もないことなんだからねー」
そう言って細い指先を翳すと、それは虹色の輝きを放つ。
喉が固まり、声が出ない。
ふと気付く。
こいつなら外に出て来なくたって、城の奥から俺の声を止めるくらい簡単に出来るはずだ。
ファイは俺の心を見透かしたように、悪戯っぽく微笑んだ。
「・・・こんなことされると、会いたくなるからー・・。やめて?」
その微笑みは、幼い日の別れ際、こっそり名前を教えてくれた時のことを、思い出させた。
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