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その胸に、星が墜ちる。6

「隊長!あれから例のシスターちゃんとはうまくいってるんですか?」
「会ってねぇよ」
「えー?本当はうまくいってるんでしょ、本当のこと教えて下さい!」
またも、ここは食堂。
くだんの部下に、期待を込めた眼差しで問われたものの。
・・・あれから本当に、会えていないのだ。


『・・おまえが俺のことを好きになれなくても。
ただ俺が、おまえを好きだ。
それだけならいいだろ』

あいつの背負うものを前にして、自分の感情にどれほどの価値があるのかとも、思うけれど。
ファイは自らを語ってくれてーそれはまた、彼への想いを強く自覚させた。

“人”ではなく、“星の容れ物”として生きる。
城の者はあいつの名を知らず、教皇としか見ていない。
(会いてぇな・・)
城最奥の薄暗い部屋で、人々の幸せを祈る。
せめて、俺だけでもあいつを“人”として、好きでいたい。
せめて俺だけでも、そんなあいつ自身の幸せを祈りたいと、思う。


あれから、ずっと考えていた。
人でいてはいけないと自らを戒めるーそれは、きっと。
本当は人でいたいと願っている、ということに他ならないのではないか。
行きたい所へどこまでも駆け、大きな夢を描いて。
しかし胸に宿す大きすぎる力が、それを妨げる。
死ぬと星は巡ると言っていた。つまりそれは、死ぬことでしか解放されないということなのではないか。

(そんな・・ことは)
あいつを、解放できたなら。星を離し、人へと戻ることが出来るなら。
そう、ずっと、考えていたけれど。
ただの人でしかない自分が、人知を遥か超えた力を抱くあいつに、一体何が出来るというのか。
いくら考えても、答えは出なかった。



部屋へ呼ばれたあの日から、一週間。
ファイのことを考えると眠る気がしなくて、3階の窓硝子越しの夜空を、ベットから眺めていた。
瞬く星々が漆黒に散らばる、吸い込まれそうなほどに美しい夜空。
それはあいつに宿る星の流れた、あの日の夜空をー
そして星ように美しいその姿を、思い出させた。

『これが、君と会ってはいけない理由だよ。
人は、堕落しやすい。だから特別なものなんて、作ってはいけない』

俺と会ってはいけないという、その言葉の意味。
多分あいつは、俺のことを特別に思ってくれているのかもしれない。
だからこそ、会ってはいけないのだと。

(いけなくても・・それでも俺は、会いたい)
夜空の向こうに彼が透ける気がして、ベットを立ち硝子窓に手を掛けた。
金色に流れる髪、煌く蒼い瞳、透けるような肌の、星のような彼の姿が見える気がする。
「こんばんわー黒たん」
「のわッ?!」

窓の向こうに、本当にファイがいた。

「なぁにその悲鳴?ご挨拶だねぇ、せっかく来たのにー」
「な・・おまえ、何でここに・・っ」
窓の外にふわりと浮遊していたファイは、お邪魔しまぁすなどと軽く挨拶しながら窓枠を越えて来た。
いきなり部屋に登場しては驚かせると思い、とりあえず窓の外に空間移動したとのこと。
3階の窓の外に人が浮かび上がっている方が、肝が冷えると思う。
「もう会わないって言ったけど・・ちょっと、伝えたいことがあってー。
少しだけここにいても、いい?」
「あ、ああ・・そりゃ、構わねぇけど」
断るはずがない、俺はずっと会いたかった。胸が高鳴る。
けれど。
この前あれほど拒否していたのに、突然部屋にまで来て伝えたいこととは、一体何なのだろう。
いい事か悪い事か、ファイの表情からは計れない。
「黒たんて、意外に部屋キレイにしてるんだねぇ。シンプルって言うかー」
「・・意外にってな・・。やっぱ昔から失礼だよ、おまえは」
そおかなと小首を傾げる仕草は、幼い頃と変わらないのだけれど。
「そんなこと言いに来たんじゃねぇだろ。用は・・何だよ」
少し顔を強張らせて頷いたファイは、視線を落としたままベットに腰掛けた。
「・・正直に言うよ。オレも、君のこと好きなんだ。
初めて会ったあの日から。ずっとずっと・・」
たった一日一緒に遊んだだけなのにね、とファイは困ったように笑ってみせる。

知っていた。どこかで、分かっていた。
互いに惹かれ合っていたことは。

(でも・・)
ファイは教皇としての、自分の役目も立場も分かっている。
それなのに気持ちを口にするということはー何かが、あったのではないか。
何か、重大なことが。
胸の奥の気持ちを言葉にして聞けたことは、素直に嬉しかったけれどー。

「会った時間なんざ、関係ねぇだろ。好きなもんは好きだ」
俺の言葉に、星色の彼はベットに寝転んで、君らしいねと囁いた。
「・・ねぇ、もしオレが人だったらさ。
初めて君と出会った、あの幼い日からきっと、ずっと・・一緒にいたろうね。
贅沢しなくてもさ、一緒にどこか小さな村で・・君と共に、暮らしてたかもしれない・・」
震える華奢な手が、差し伸べられる。

夢を見てはいけないと、言っていた。
きっと、何かがあるのだ。
おまえに、これから。

しかし、怯えているようなファイに、それを問うのは酷な気がして。
ただ、その細い指を、両手で包み込んだ。
「・・ねぇ、お願い・・。
今だけ・・今だけだから・・」

キスして、と。
小さな桜唇で、吐息だけで囁いて。

「ファイ・・」
何に、怯えてる?おまえに何が、起こる?
問い掛けられなくて、震える細い身体をただ、強く強く抱き締めた。
瞳を伏せたその美しい顔に、そっと近づいてー
「黒鋼隊長ーッ♪お酒買っちゃいました!隊長にも差し入・・っ」
突然勢いよくドアが開いて、本気で心臓が飛び出るかと思った。
「あれ、お客・・」
能天気な声と共に現われた部下ふたり、やっと状況に気が付いたらしい。
「え?!わーっ!!その子が例の?!ごめんなさい!!失礼しましたァ!!」
慌てて回れ右する様子に、ファイが笑って声を掛けた。
「いいよ、入りなよ。黒たんに用事でしょー?」
どうもファイは、この部下のことは知っているようだ。
不思議な力を持つこいつのこと、俺と部下のやりとりも知っているのかもしれない。
「え?あ、はい!は・・入って、いいんですか?」
「ご安心を、僕らは貴方達の味方です!ちゃんと秘密にしておきますからっ」
本当は興味深々だったのだろう、ふたりとも嬉々として部屋へと逆戻りしてきた。
教皇の顔は、城の者しか知らない。ファイは女顔だから、シスターで通用するとも思うけれども。
気の利かない・・。
「なーんだ、やっぱうまくいってたんじゃないですかー!
やりますね、宿舎に忍び込むなんて大胆なシスター・・」
とファイの顔を見て、部下は固まってしまった。
無理もなかろう。
「・・隊長、面食いにもほどが・・」
勢いづいていた部下はすっかり顔を赤くして、大人しくなってしまった。
「でも、お似合いです。ふたりの未来、応援してますから!」
あんまりにも美人過ぎて、すっかり恐れ戦いたらしい。
邪魔したら悪いですから、と部下はそそくさと部屋を出て行った。

「全く、しょうがねぇ奴らだな・・」
「でもいい子達じゃない。オレらのこと、応援してくれるってよー?」
嵐が去り静かになった部屋で、そういえばもう少しでキスできそうだったということを思い出す。
すっかりシスターだと思い込んでたみたいだね、とくすくす笑うファイに、
じゃあ続きをと言うのもおかしいし、タイミングを逃してしまったではないか。
どうしようかと切り出しあぐねる。

「オレの前の教皇が、亡くなったのは、どうしてだと思う?」
すると、ファイは唐突にこんな質問をした。
「え・・寿命、とかじゃねぇのか?」
「違うよ」
「じゃ、何だ?」
強大な星を胸に宿しているのだ。病気など跳ね返しそうだし、力にあやかって長生き出来そうなものだが。
「星の力は強大だけれど・・その器は、人間の形をした脆いモノ。
大きな術を使うと負荷が掛かって、術と引き換えに容れ物は壊れてしまう。
先の教皇はね、この国を守る為、大きな術を使ったから亡くなったんだ。
教皇が亡くなるのは、大抵そういう理由」

小さな囁き。
伝えてはいけない言葉を伝えたのも、してはいけないことをしたのも。
それは、全てー

「・・・おまえ・・、まさか・・」
「視えたんだ。
明日、大地が大きく揺れる。地は割れて、大波が襲い・・この国だけじゃない、大陸全土・・
数え切れないほどの人々の、命が奪われる」
「それを・・とめる、のか?そんな大きなものをとめたら、おまえは・・」
「そう。“星の容れ物”は生きるも死ぬも・・運命は星と共に。
でも星はまた、巡るから・・」
そう言って、細い指を自らの胸にあてる。
その胸の奥に、星を抱く。


星とは、何だろう。
どうして、人を巡り、人の胸に宿るのだろう。
その人を、ただの容れ物としてまでも。


「何言っ・・やめろ!そんなの・・!」
細い肩を強く掴むと、大きな瞳を瞬かせ、それから困ったように眉根をちょっと寄せて微笑む。
それは、幼かったあの日見た表情を、思い出させた。
「とめないと、世界は一変する。たくさんの人が死んでしまうんだ。
オレが術を使えば、皆普段通りの平穏な生活を送ることが出来るのに・・
それでもやめろって、言える?」
「でも・・それでも、おまえは・・!」

世界が変わらない代わりに、おまえだけ、消えてゆくなんて。

「オレは・・人ではなくて、容れ物なんだ。
自らをそう戒めるのは、この時の為・・」

掴んだ肩が、徐々に薄れてゆく。

「覚悟なんて・・出来てるはずなのにね。
こんなに、恐いなんて・・君に会ってこんなこと、話してしまうなんて・・」
「駄目だ、術なんか使うな!世界が助かったって、おまえが死んじまったら・・!」
「・・でもね、こんなオレでも・・成さなきゃいけないことは、分かってるんだ・・・。
容れ物は、恋なんてしちゃいけなかったってことも、分かってる・・」


その姿を、腕の中に留めようと。
強く、抱き締めようとしたけれど。


「恋なんてしてしまったから・・こんなに、恐くて・・つらいんだ・・・」


しかし、腕の中のファイは、音もなく消え去っていった。



人々の幸せの為に。
せめて俺だけでも、そんなおまえの幸せを祈ってやりたくて。
せめて俺だけでも、ファイを“人”として好きでいたくて。
他の誰でもなく、おまえの幸せを、俺はー。



ただの人でしかない自分が、人知を遥か超えた力を抱くあいつに、一体何が出来る?


けれど。
この気持ちがあれば、何か出来ると。
何かが出来ると、そう信じたかった。
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