その胸に、星が墜ちる。8
幼い日、星が墜ちるのを見た。
その輝きを探して分け入った、森の奥。
『だぁれ?』
真っ白な花畑には、星のような煌きがあった。
君を見つけたんだ。
まるで、星に導かれるように。
星は宿す者が人であることを、戒めるというけれど。
俺は、そうは思わない。
その煌く軌跡が、俺をおまえの元へと導いたのだから。
星を宿す者は、皆の幸せを祈る。
そんなおまえの幸せを、祈って欲しいと。
その為に星は、俺を導いたのだと、思うんだ。
「ここは・・天国?」
目の前に、天上の色が輝く。
透き通る頬、柔らかな光を放つ金の髪。
澄んだ蒼い瞳からは、水晶のような雫がキラキラと零れ落ちる。
「・・なんていい所、・・なんだろ・・黒たんが、いる・・」
細い指が、俺の頬をそろそろと撫でた。
「これからはずっと、一緒にいられるね・・もう何にも、縛るものはないから・・。
君が、ただの幻影でも・・・・」
小さな囁きとともに、震える腕が縋るように回される。
ああ、ファイだ。
初めて会った日から、好きだった。
ずっとずっと。
もう何も阻むものがないのなら、これから一緒にいられるのなら、
どうしておまえはそんなに哀しげに泣くんだろう。
「ファイ・・泣くな」
胸にすっぽり納まる華奢な身体を、包みこむように抱き締めて。
燻るような金の髪に、顔を埋めてー
「・・・って、俺も死んだのかッ?!」
ファイは術を使ったはずだ。
術と引き換えにファイが命を落とすなど、信じたくなかった。
生きて欲しい。ずっとそばにいたい。
しかし自分には彼を救う力はなく、術を使った彼はもう・・。
なのに何故、目の前にファイがいる?ふたりであの世にでもー
慌てて辺りを見回すと、しかしどう見てもここは天国ではなく、ファイの部屋だ。
眩しいほどの輝きは消え、部屋は以前来た時のように、薄暗く沈んでいるけれど。
「ち、違・・っ、生きてるぞ、俺もおまえも!」
「・・・・ぇ・・?・・・・死ん・・でな、い・・・・・?」
細い肩を掴んで揺すると、蒼い瞳が瞬く。
「術の力に持ち応えたってことか?!」
「・・・そ・・んなはず・・・・」
ふらりと俺の腕をすり抜けたファイは、細い窓枠を覗いて。
顔を、強張らせた。
「・・ちが、う・・っ」
「何?」
「どう、して・・?術が、まだ発動してない・・もうすぐ地震が来るのに・・!
もう一度、早く・・っ」
動揺に瞳を揺らせたファイは、震える指を胸に当て。
そしてー呆然と、俺を見た。
「・・・星が、ない・・・・」
掠れたその声が、小さな部屋に反響した。
「な・・」
「どうしよう、何も聞こえない・・星の力で見えてたものも、見えなくなってる!
もうすぐ、もうすぐ崩れるのに!このままじゃ皆、死んじゃ・・!!」
混乱し、今にも崩れ落ちそうなその身を抱きとめた。一体、どういうことだ。
「星は、死なないと抜けねぇんじゃなかったのか」
「そのはず・・でも」
力を無くし、その瞳は焦点が合わない。
「・・ま、さか・・・どう、しよう・・・」
その肩が、怯えたように細かに震える。
「・・オレ・・無意識に、願ってしまった、のかもしれない・・・・
世界より、も・・・
ただ君と・・一緒にいたい、と・・・・・」
人でいてはならない。
欲も希望も持ってはいけない・・名も、捨てろと。
そう諭された一番の理由。
人であれば、抱く願い。
戒められたその願いをおまえは願い、
そして星は、それを叶えたとー
「このままじゃ・・っ、」
鋭い悲鳴と共にファイが祭壇へと駆け、その裏の壁に手を付いた。
途端、薄闇を裂くように一閃の光が射し込み、強い一陣の風が吹き込む。
開け放たれた、小さな扉。
この薄暗く閉ざされた小部屋に、外へと通じる扉があったことを初めて知った。
光の中へと消えたファイを追い、扉を潜る。
「ぅわ・・っ?!」
一瞬、天へ放り出されたかと思った。
視界中の青。遥か眼下にぐるりと広がる地平線。
山高く切り立った崖の尖塔、そこは眩暈のするほど高い屋根上。
大陸全土が見渡せる。
まるで、天空のようだ。
これが、おまえの守る世界。
祭壇が祀るのは、この世界そのものなのだ。
世界はそこにある。
しかしじき、全ては崩れ去るという。
「・・星・・が」
星の見えないはずの青空に、太陽にも呑まれることなく。
幼いあの日見た、たったひとつの煌きがあった。
決して忘れることのない、おまえへと墜ちたその輝きを。
「・・きっと・・星は、もう・・・・・」
おまえは願ったのだ。
愛する人と、共にいたいと。
この戒めが、もう誰の胸も苦しめなければいいと。
おまえの、本当の願い。
「星は、もう・・・誰の胸にも、宿らない・・・」
星とは、何だろう。
どうして、人を巡り、人の胸に宿るのだろう。
その星は今、おまえの本当の願いを叶え、空へと還り。
「どうしたら、いいの・・・?皆・・・死んで、しまう・・・
オレが・・・・君を選んだから・・」
震える唇で、ファイは呟いた。
なあ、星は人であることを、戒めるというけれど。
俺は、そうは思わないんだ。
その煌く軌跡が、俺をおまえの元へと導いたのだから。
「俺をおまえの元に導いたのは、あの星だ。
きっと、それには意味がある。
皆の幸せを祈る、おまえ自身の幸せを祈ってくれと。
その為に、呼ばれたんだと・・・俺は思ってる」
「・・星が、君・・を、呼んだ・・?」
呆然と呟くファイを、抱き締めた。
「だから、これでいいんだ。間違っちゃいない。
おまえは人間だ。
おまえは人間で、名前はファイで・・俺の、恋人だ・・」
腕に力を込めると、それに微かに答えるように、震える指先がそっと回された。
「・・・・名前、呼んで・・」
「ファイ・・」
「・・・もう、一度・・」
「ファイ。・・ファイ・・・・・・・」
誰より愛しい、君の名を。
捨てろと言われた、その名が証となるのなら。
何度でも。
空を仰ぐ蒼い瞳に、煌く光が映り込む。
おまえが、空へと還したその星は、遥か遠く遠くーもう、この手には届かない。
けれど。
「お願い・・たすけて・・・」
空へと、祈る。
もし、本当に、星が俺を導いたのならば。
そこに、意味はあるはずだから。
「っ!!」
目の眩む閃光が、空に溢れた。
「な・・」
人の力の及ばない、星の輝き。
奇跡の力を宿す星。
その時、星は弾け、粉々に砕け散りー
煌く光の粉は、世界中に舞い落ちた。
奇跡を宿す、その欠片。
その胸に、星が墜ちる。
世界中の、全ての人の、
その胸に。
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