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その胸に、星が墜ちる。9

キラキラと。
奇跡の宿る煌きが、世界中に舞い落ちる。



砕け散った星はもう、大きな奇跡は起こせない。



けれど、世界中の全ての人の胸に宿った、
小さな奇跡の欠片が。


例え世界が崩れても、壊れても。



きっとまた、もう一度ーーー








「やっぱファイさんのご飯最高っすねぇ、隊長♪」
「それはいいがお前ら・・一体いつまで居座るつもりだ・・」

食卓には、手の込んだ料理が色鮮やかに並ぶ。そしてあたたかい湯気の向こうには、
誰よりも愛しく可愛いファイが微笑・・んでいるのではなく、喜色満面で箸を動かす部下ふたり。
いや、今はもう俺の部下じゃないんだが、あくまで俺は隊長らしい。
「いいじゃないのー、黒たんv君達おいしいおいしいって言ってくれるから、作り甲斐があるよー♪
黒たんったら残さず食べてくれるのは嬉しいんだけど、あんまり感想言ってくれないんだからー」
口を尖らせた元教皇が、台所から顔を覗かせた。ちなみに、フリルの白エプロンを着用中。
このいかにも新婚若奥様専用のふざけたエプロンは、部下の手土産である。なにこれぇー?と
冗談のように身に付けたファイだったが、全く違和感なく似合っていたので冗談になっていない。
「いけませんね隊長、もっと素直に生きないと。毎食『美味い!妻の料理は絶品だァ!!』とか
絶叫するくらいじゃなきゃ!せっかくこんなに料理上手な上、お美しい奥さんをお持ちなんですから」
「お、奥・・ってな・・」
確かにファイとは一緒に住んでいるが、妻とか奥さんとかそんな括りでいいのだろうか。
思わず口篭もったのがおかしかったのか、『おいしいって言って言ってー♪』と三人で囃し立てだした。
(ったく、束になってからかいやがって)
美味しいのは当たり前だが、そんなことを口にするのは照れ臭い。
しかし、確かに毎日俺の為に美味い飯を作ってくれているのだ。
たまにはちゃんと感想くらい言ってやった方が、いいかもしれない。

「・・・・・飯はいつも、うまいと思ってる・・」

わざと顔を顰めて小さく呟いた。
こいつのことだ、こんなことを言えば大はしゃぎで飛び付いて来るに違いない。
身構えたが、予想に反してファイはそんな素振りは見せず、ただ少し俯いただけだった。
不思議に思いその綺麗な顔を覗き込むと、頬が染まっている。
「・・やっぱ、言わなくていいや・・。黒たんにそう言われると・・恥かしい・・から」
消え入るような囁き声。予想外の可愛らしい反応に、こっちまで恥かしさが倍増してしまった。
「おぉおお、初々しいですねっ、まさしく新婚さん!ご飯も美味いしファイさん可愛いし、
もうずっと僕ら、この家に住んでいいっすか?この家の子供にして下さい!」
「って一生居座るつもりか?!いい加減帰らんか!」







ーあれから二月。


あの日星は、“教皇”の、本当の願いを叶えた。




星を失くした“教皇”は、もちろん地震をとどめる力も失った。
星は粉々に砕け、世界中に輝きが散ったその後。
先見通り地震は起こり、大きく揺れる大地に全ては壊れてしまった。

けれども。

助け合い守り合い、人々は何とか生き長らえた。
皆一からの出発となるけれども、協力し合うことで世界は徐々に復興を遂げつつある。
教皇が先見したほどの被害は、起きなかったのだ。
皆の胸に宿った小さな奇跡が重なり合い、大きな奇跡を生み出したー
いや、元々皆その力を持ち得、星の欠片はただその力を揺り起こしたに過ぎないのだろう。

散りゆく星に事の次第を悟った神官達に見送られ、俺達は城を去った。



決して叶えられないはずだった、ささやかな願い。
それは叶えられ、他国に移った俺達は今、小さな村隅の小さな家を住処としている。
「ね、黒たん!そろそろ手持ちのお金もなくなるし、働かなきゃね。
ケーキ屋さん一緒に開こうよvお花屋さんもいいなー♪」
「お、俺がケーキ屋だとォ・・?!」
目を輝かせて楽しげに夢を語られたが、それだけは勘弁願いたい。
そんな所に何処で剣の腕を聞き付けたのか、この国の軍部から俺宛に入隊の誘いが来た。
軍なら勝手が分かりすぐ階級も上がろうし、年収もいい。
ファイに楽をさせてやれるかなと提案したが、俺の帰りが遅くなりそうだから嫌だとごねている。
ケーキ屋より兵士の方が向いているのは、間違いないと思うが。
まだ先のことは何も決まっていないけれど、夢を見ることを禁じられていた以前とは違う。
夢はいくつ持っていてもいい。未来の選択肢はたくさんある。
ゆっくりと考えていけばいいのだ。

ちなみに心配していた部下の処分であるが、その後起こった大地震のどさくさに紛れ、うまいこと難を逃れたらしい。
ちゃっかり元の部隊に収まり、涼しい顔をして復旧作業に励んでいたとのこと。
まったく、こいつららしい。

復興も進み落ち着いてきたので、長期休暇を貰い俺達を訪ねてくれ、今に到る訳だ。
ファイがいつまででもゆっくりしてってなどと余計なことを言うので、調子に乗ってかれこれ一週間も居座られている。
客がいるとろくにファイに触れられない。そろそろ限界だ。
(しかし・・こいつらのお陰で今があるとも、言えるか)
色々と世話になったし、元気付けられた。
そう無下に扱ってもいけないかと思い直していると、部下はふと面持ちを引き締めた。
「ところで・・改めて言わせて貰いますけど」
「何だ?」
ふざけたふたりの真剣な表情など珍しい。
これからの俺達の為に叱咤激励でもかましてくれるのかと、少し居住まいを正して向き直る。
ふたりは頷き合い、そして頭を下げた。
「隊長!!僕らにファイさんを下さい!!」
「なんだそりゃ、誰がやるか誰がーッ!!」
「ははは、何言ってんのふたりともー」
結局いつもの悪ふざけではないか。身構えて損をした。
やっぱ駄目かとすねる素振りをした割に、ふたりは楽しそうにこう言った。
「そりゃそうですよね。星が導いたふたりを離せるわけありませんもん。
障害が大きかった分これから、ずっとずっと幸せに、暮らして下さいね!」


デザートのプリンまでもそれぞれ5個平らげた部下は、元気に手を振って帰って行った。
どうせまた、すぐにでも訪ねて来そうな予感がしなくもない。



小さくなってゆく部下の後ろ姿を見送りながら、ファイはこつんと俺の肩に頭を預けた。
「ふふ、こういうの・・幸せって、言うんだねー・・」
「あいつら出てったから、やっとおまえのこと思い切り抱けるしな」
わざと意地悪なことを言うと、そんな意味じゃないよぅと笑って軽く抱き付いてくる。
金の髪がふわりと首をくすぐり、心地いい。
「未来なんて・・思い描くことすら禁じられていたのにね。
お客さんが来たりして、こんな風に楽しく・・君と、暮らせるなんて」
囁くように呟いて、ファイは空を見上げた。
自由になった蒼い瞳には、どこまでも果てしなく広がる青が映り込む。
「まぁな。俺も・・おまえを失くすか、世界壊しちまうかだなって、思ってた」



君に星が墜ちた、あの日。


探し続けて、見失った。幻だったのだと、何度も言い聞かせて。
それでも心の底で、ずっとずっと探し続けていた。
幼い日の秘密の友達は、今確かに傍に。


あの日見た輝きは、偶然じゃない。
星が俺を、おまえの元へと導いたのだから。


そしてファイは今、ここにいる。


「星って・・・何の為に、存在したんだろうね?」
「俺らが出会う為じゃねぇか」
「ふふ、黒たんたら、ロマンチックー」
口をついて出た回答は、確かに俺らしくなかったかもしれない。
でも、確かにそう思うのだ。
ファイは身体を離し、細い指を自らの胸に当てた。
その奥には、輝きの欠片。
胸に宿る小さな奇跡は、きっと今も、世界中に小さな幸せを呼んでいる。

「星の力を使って、悪しきことをしようとか・・
悪しきことをしない為に、人であることを捨てるとか・・
それよりもっと、大きな力があったんだ。
だから、今があるんだね」
「もっと大きな、力?」
「うん。この胸の・・愛してるって、気持ち・・」


ファイの胸に、墜ちた星。
ひとりで抱くには、大き過ぎるその力。
星の力は強大でも、その器は人間の形をした脆いモノ。
星の容れ物は生きるも死ぬも、運命は星と共に。

星とは何だろう。
どうして、人を巡り、人の胸に宿るのだろう。
その人を、ただの容れ物としてまでも。
ーずっとそう、思っていた。

『恋なんてしてしまったから・・こんなに、恐くて・・つらいんだ・・・』
星を宿す者は、皆の幸せを祈る。
そんなおまえの幸せを、祈って欲しいと。
その為に星は、俺を導いた。

そして、おまえは願った。
愛する人と、共にいたいと。
人であることを戒める苦しみが、もう誰の胸も、縛らなければいいと。


今その胸に宿るのは、小さな奇跡の欠片と、星が導いた大きな気持ち。



人々を幸せにする為の、奇跡の星。
それはきっと、それを宿すものが愛を知って、初めて本当の幸せを運ぶ。


星が俺を導いたのならば。
星も、待っていたのだろう。
その願いを、願う者を。巡るたび、巡るたび、きっとー


「・・俺も、おまえを愛してる」







森の奥。そこは一面の、真っ白な花畑。
白い世界に踏み入むと、足がふわりと花に沈む。
そのたび数え切れない花びらが風に舞い上がり、高い青空へと吸い込まれていった。
「だぁれ?」
振り向くと。
後ろにいたのは、星のように煌く、綺麗な子供。
金の睫毛に縁取られた、宝石のような蒼い瞳。
穏やかな風が金色の髪をくずすたび、きらきらと光が散る。


初めて会ったあの日のことを、鮮明に覚えてる。


腕の中で微笑むファイは、今も変わらず、星のように煌く。
その胸に星を宿すから、あんなに輝いていたのではない。
おまえ自身が、俺にとっての煌く星だったのだ。



再建された城には、星を宿し世界を守る者はもういない。


ただ、この世界そのものを祀る祭壇に、神官達が祈りを捧げているだけだ。
その事実を知らず、今も人々は“教皇”に祈る。
大地震にも関わらず命が助かったのは、教皇様のご加護のお陰だと。
しかしそれは本当は、小さな奇跡を胸に宿す自身の力によるもの。
教皇に祈るということ・・それは今、自身を信じ自身の力を尽くすということ。

“教皇”の本当の願いは、きっと星の本当の願いでもあったのだ。




その胸に、星が墜ちる。



世界中の、全ての人の胸に。



大きな奇跡は、もう起こせないけれど。

胸に宿る小さな奇跡は、きっと今も、




世界中に小さな幸せを呼んでいる。








めでたしめでたしvv
意外と長くなってしまったこのお話、お付き合いありがとうございました!
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