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金持ち黒鋼物語

秘書編


男は外へ出ると7人の敵がいると言うが、俺の場合はとてもじゃないがそんな数で効かない。
一歩外へ出れば敵だらけだ。



「黒さまぁーvお帰りなさーいっ!!」
まるで心を、撫でられるような。
屋敷へ帰り、寝室のドアを開けると飛び付いてくる愛しい存在は、この上なく大事なもの。
金の髪はふわりと揺れ、シフォンの夜着は透き通る肌を滑らかに覆う。
「ああ、ただいま」
細い指先を取って口付けると、桜色の唇が恥らうように微笑んだ。
金に煌く毛先から形のいい脚の爪先まで、丁寧に手入れするよう召使に指示してあるので、
以前から美しかったファイはさらに美しさに磨きがかかった。精巧なフランス人形よりも綺麗だと思う。
「いつも遅くなって悪ィな。いい子にしてたか?」
「ん、今日は裏庭の薔薇園案内してもらってね、いい香りで夢みたいに綺麗だったよ!
ほら、飾ってもらったの。綺麗でしょー?」
柔らかい金の髪を撫でられながら、ファイはアンティーク花瓶に生けられた薔薇の束を指差した。
「おまえには負けるがな」
そう言って細い顎をすくい上げると、何言ってるの、と頬を薔薇色に染めた。

幼い頃から苦労ばかりしてきたこいつを幸せにしてやりたくて、柔らかな綿に包まれるような
生活を送らせている。微笑むファイを見ていると、心が安らぐ。
この愛しい存在の望みなら、何だって叶えてやりたい。

「欲しいものあったら、遠慮しねぇで何でも言えよ」
深く沈むベットに腰掛けて、手招きをする。いつもは跳ねるようにして擦り寄ってくるのに、
何故か今日はその場から動かない。
どうしたのか問うと、ファイは澄んだ蒼瞳で上目遣いに俺を見た。
「欲しいものは、黒様。オレ、黒様ともっと、一緒にいたいの・・」
「ああ、そればっかりはなぁ」
時計に目をやると、午前0時過ぎ。今日はまだいい方で、屋敷に帰れない日の方が多い。
「働き過ぎで、心配だし・・。身体、大丈夫?」
「俺の身体はそんなヤワじゃねぇよ」
身体は心配に及ばないが、確かにこの立場にいる限り、ろくに休みは取れない。
するとファイは、細い人差し指を立ててぴょんと跳ねた。
「実はオレ、いいこと思いついたんだ!黒様のお仕事が少し楽になって、しかも一緒にいられる方法v」
「何だ、そりゃ」
「ずばりっ!オレが黒様の、秘書になるの!お仕事も手伝えるし、一緒にいられる!
すっごい名案でしょーっ!」
「は?」
まるで女子供が遊ぶ人形のように、可愛らしいファイ。
この可愛らしいものは、どう見ても厳しい財界など似合わない。
「あのなぁ、職場は子供の遊び場じゃねぇんだぞ?」
「ひ・・人を頭の弱いコみたいに・・!」
ならこれを見て、とファイが引き出しから取り出したのは、たくさんの専門書と数社の経済紙。
「どうしたんだ、これ」
「黒様の秘書は大変だって、ちゃんと理解してるよ。だから勉強してるの。
秘書になって、黒様のお手伝いしたいから」
「そうか・・」
どうやら思い付きでなく、しっかり考えてのことらしい。籠の小鳥のように閉じ込めて
大事に可愛がっていたけれど、どうやら自分はファイを甘く見すぎていたようだ。
「しかしなぁ」
だめ?と近付いてきた細い身体の両脇を抱え、向かい合うように膝に乗せる。
甘く香る砂糖菓子のように可愛い、大事なおまえに。
「あんまり職場の俺は見せたくねぇなぁ」
「なんでー?」
「財閥の総裁なんざ、ヤクザとそう変わりねぇからな」
眉を顰めると、ファイは妖艶に微笑んだ。
「素敵」
誘われるようにその細い身体をベットに沈め、覆いかぶさる。
「言ったろ?悪いヤツなんだ、俺は。幻滅するぞ」
「悪い貴方も格好いい。オレも悪の片腕にして頂戴?」
「なかなか言うな」
苦笑して口付けると、濡れたような長い睫毛が震える。
「生活が一変するぞ・・つらくなったらすぐ言え。おまえには一生楽させてやりてぇんだがな・・」
「綺麗なお洋服よりも、お手伝いさんにお世話してもらうよりも。
どんな大変な世界だって・・貴方の役に立てて、貴方の傍にいられることが、一番の幸せなんだよ」
オレはいつだって黒様の味方なの、そう言ってファイは微笑んだ。
「そうか・・。じゃあ頼むな、でも無理だけはすんじゃねぇぞ」
「やったあ、任せて!」



それから数日後。

「おぉ・・!」
「どうしましたか黒鋼様」
はっきり言って、新鮮だ。
本日より晴れて俺の秘書となったファイは、細身の黒スーツに銀縁の眼鏡姿。
「プライベートと仕事の区切りはきちんと付けたいので、勤務中は敬語でお話します。
本日のスケジュールですが・・て、どこ触ッ・・!」
「イメクラみてぇだなコレ。仕事前に一発ヤらせろよ」
「何を仰っ・・今はお仕事の時間です、真面目にやっ、て下っ・・・・ぁ!」
「これも、俺の秘書の仕事だ」
「そんなぁーっ!」


悪あがきするファイを、抱き締めながら。
男は外へ出ると7人の敵がいると言うが、俺の場合はそんな数ではとてもじゃないが効くはずもない。
一歩外へ出れば敵だらけだ。
でも、おまえひとりいれば、百人力だな。
愛しいファイを抱き締めて、これからの仕事が楽しみになった。
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