(あいつら、今頃・・泣いてるだろうな・・)
部屋に篭ったままの双子を案じて、眉を顰めつつ寝返りを打った。
彼らの為に言った言葉とはいえ、幼い胸をどれだけ傷付けただろうか。きっとベットに潜り込み、小さな身体で
肩を寄せ合い泣いていることだろう。眠れぬ夜を過ごし、明日は部屋に篭って出てこないかもしれない。
しょんぼりと落ち込む姿を想像すると不憫で堪らず、その晩は俺も眠れなかった。
「おっはよー、黒たんっ♪」
「今日はねぇ、みょうがのお味噌汁にしたんだよー!」
「・・え?ぁあ、おはよう・・?」
しかし予想に反し、翌朝双子はいつも通りの明るい笑顔で俺を起こしに来たのだ。
(何でだ?)
食卓につき様子を窺うと、やはりどこか頑張って明るく振舞っているような、無理をして笑っているような
感じがした。いつまでも泣いていては心配を掛けるからと、一生懸命平気な振りをしているのだろうか。
「行ってらっしゃーい!」
「気をつけて行ってきてねー♪」
恒例の行ってきますのデコちゅーはねだらず、出勤する俺に向け元気に手を振る双子。
(悪い・・ファイ、ユゥイ。これも全部、おまえらの為なんだ・・)
楽しげな笑顔の裏で涙を我慢しているに違いないと思うと、その健気さに胸が痛む。
他の奴を見ろと言ったものの、こんなに俺に懐いている双子が簡単に心を移せる訳がない。
本当は抱き付いたり添い寝をねだったりしたいだろうに、これからは甘えたい気持ちを耐え忍び
少し離れて俺を見詰めるのだろうか。それはどれだけ、苦しく切ないことだろう。
彼らの心中を慮ると仕事にも集中出来ず、その日は終業早々に帰途についた。
双子との行き過ぎた行為は許されない事だが、頭を撫でたり抱き締めたり、デコちゅーくらいは親子でも
充分有り得るし、セーフだろう。
このままでは余りに可哀相だし、慰めてやろうと急いで帰宅したのだが。
「なにイイイイイ?!?!?!?!」
テーブルの上のデミグラスハンバーグに黄金色のコンソメスープからは、美味そうな匂いが漂う。
サラダもきれいに盛り付けられているが、当然ながら驚いたのは夕食のメニューについてではなく。
「うん!先輩とね、付き合うことにしたのー」
「学校の、3年生の先輩だよ!」
食卓の湯気の向こうで、瓜二つの愛らしい笑顔が平然と放った言葉に耳を疑う。絶句する俺の前で双子は、
いただきまぁすと楽しげに白い手を合わせた。
「ちょ・・ッ、待て!!!食ってる場合か、どういう事だ?!」
バンと音を立てて両手を付き立ち上がると、フォークの先端を唇にあてた双子は揃って小首を傾げた。
いつもは愛しく思う小動物のようなカワイイ仕草だが、今は見惚れている場合ではない。
「どういう事って、だって黒たん昨日言ったでしょー?他の人もちゃんと見れば、本当の恋愛が分かるって」
「だからオレ達、今日告白してくれた先輩と付き合ってみることにしたのー!」
「はァ・・・ッ?!?!」
“今日告白された先輩と付き合う?”そんな、『じゃあコレでいいや』みたいな選択で恋人を決めたのか?!
ふざけるな、俺なんか双子が小さい頃からずっとそばにいて、ずっとずっと大切にしてきたというのに!
そして愛しい彼らの為、文字通り身を引き裂かれる思いで突き放したというのに!!
その馬鹿は、たまたま今日告白したからこの世界一可愛い双子と付き合えるというのか?!?!
「そんなタナボタ認めるかアアアアアアッッッ!!!!!!」
「え?!た、たなぼ・・?」
「どしたの?黒たん!」
咆哮する俺を見上げ戸惑う双子が目に入り、これではただ嫉妬しているだけのようだと咳払いして座り直した。
違う、これは嫉妬ではない、と荒立つ気持ちを抑えつける。
そうだ、俺はそのクソガキのタナボタ加減より、双子の重要な誤りに憤っているのだ。
「おまえらは、俺の言ったことをちゃんと理解してねぇ!俺は、おまえらが本当に好きになった奴と
付き合って欲しいんだ。そんないい加減な恋人の決め方があるかっ!!」
「えー?いい加減じゃないよぉ、先輩はオレ達の入ってる委員の委員長さんなんだよ。
入学した時から、いつも優しく色んなこと教えてくれてるしー」
「付き合うのOKしたら、これからオレ達の事、一番に大切にしてくれるって言ってたしー」
(・・・オレ・・“達”・・?)
聞き捨てならない言葉に、口の端がひくひくと痙攣する。
まさか。まさかとは、思うけれど。
「・・そいつ・・・・・・、ファイとユゥイ・・・どっちと付き合うんだ・・・?」
「「オレ達ふたりとだよー♪」」
ぴたり見事に揃ったハーモニーに、血管が切れそうになった。
俺が手塩に掛けて大事に大事に育て上げた、世界一可愛い双子を!!!
その馬鹿が、理不尽にもふたりとも奪うだとォッッ?!?!
「ふざけんなあああああッッッ!!!!!!!!何様だその野郎!!!」
「違うよぉ、先輩はオレ達ふたりとも好きだから、どっちか付き合ってって言ったんだよ!
でもオレ達いつも一緒にいたいもん、付き合うならふたりとも一緒に付き合ってってオレ達がお願いしたのー」
「そしたら、先輩もそうしたいって。先輩、喜んでたみたいだからいいよねー?」
眩暈がする。何て事だ。
確かにこいつらは生まれた時からずっと一緒で、いつも手を取り合い可愛らしくつるんでいるが。
こいつらが・・そう望むなら、それはそれでもいいのかも知れないが!愛の形はそれぞれ自由だろう、
しかし、しかし!!荒れる気持ちが、やはりどうしても治まらない。
「でね、明日学校お休みでしょ?だから、先輩がおうちに招待してくれるんだってー♪」
「オレ達の好きな甘ーいお菓子、用意してくれるってv両親が旅行に行くから、ゆっくりしてって言ってたよぉ」
「なにイイイイイイイイイイッッッ?!?!?!?!」
一度座った椅子を、再び蹴り倒して立ち上がる。
家に招待?!両親が旅行?!怒りで頭が沸騰しそうだ。
いや、いや待て、落ち着け自分。美少女のような双子だが、これでも一応男なのだから!
「その先輩ってのは、女なんだよな?!」
「え?男の先輩だよー」
「体格がよくってね、黒たん程じゃないけどー」
気が遠くなりそうになった。
体格のいい中3男子って、ヤりたい盛りじゃないか・・・!
女なんかよりずっと華奢でか弱い双子のこと、襲われたら抗うことなど出来はしまい。
明日出掛けたらどこぞの馬の骨に、双子の生涯一度きりの大切なものを奪われてしまうのだ。
委員会で色々教えてくれた?俺の方がもっとずっと大切なことを、数え切れないほど教えてきてやったんだ。
優しい人?そいつなんかより俺の方がもっとずっと、優しく大事にしてるのに。
そんな訳の分からんガキに、こいつらの大切な初めてを。
一番綺麗な、大切なものを。
「絶ェッッ対渡さねェェェェェェェェっっっっ!!!!!!」
握り締めた拳を力の限りテーブルに叩き付けると、食卓の食器が全部跳ねてまた元通りに音を立てて落ちた。
テーブルにひびが入った気がしたが、そんな事はどうでもいい。
激昂し息遣いの荒い俺に驚いた双子は、てこてこと隣へ歩み寄り覗き込んできた。
「ねぇ、どうしたの?」
「黒たん・・?」
澄み渡る空より綺麗な蒼に、俺の顔が映りこむ。
舌足らずな甘い声、穢れない真っ白な柔肌も、金に煌く髪の先まで。
純真無垢な、ずっと大切にしてきた、俺の世界一大事な宝物。
だったら。
そいつに奪われる、その前に。
愛しい愛しい双子を、まとめてぎゅっと力の限り抱き締めた。
渡したくない。渡したくない。渡したくない。
「く、黒たん・・・・?痛いよぉ・・・っ」
「離してよぉ、息・・出来ないー・・っ」
苦しげな弱々しい悲鳴が上がっても、離したくなかった。離せなかった。
そんな奴に奪われる、その前に。
気付くと、華奢なふたりの身体を床に押し倒していて。
「ぁ・・っ、痛・・っ」
「く、黒・・・?」
双子が痛がることなんか、今まで一度もしたことがない。優しく可愛がって、大切に育ててきたのだから。
突然乱暴なことをされて、怯える双子を押さえつけた。逃がしてなんかやるものか。
「そいつにヤられる前に、俺が奪ってやる・・・・!」
俺はそんな奴なんかより、いや世界中の誰よりもこいつらのことを愛してるんだから。
こいつらだって、先輩なんかより俺の方をずっとずっとーーー
いや、分からない。
あっさり他の奴と付き合うなんて、俺に対する思いはそんなものだったのだろうか。
昨夜は泣いて眠ってなかったと思ったのに、実際は平気で眠っていたのか。
今朝は無理して笑っていると思ったのに、実際はそんなことなくて。
あっさり他の奴と付き合うなんて、俺に対する思いは。
こいつらだって、先輩なんかより俺の方をずっとずっと・・・・・
なあ、好きだと言ってくれないのか?
無性に胸が苦しくなって、床に押し付けた拳を爪が食い込むくらい握り締めた。
「やぁったぁーーーっっっ♪」
「作戦大せいこーーーっっっv」
「・・・・・は?」
突然場違いな明るい笑い声が響き、思わず間抜けな声を出してしまった。
瞳を潤ませていたはずの双子が何故かけらけら笑い出し、事態が全く把握できない。
作戦大成功?
作戦・・・・・・・・・って、まさか。
力の抜けた俺の腕をすり抜けて双子は起き上がり、ふたりして胸にきゅっと抱き付く。
「えへへv黒たんの本音、聞いちゃったよーっ!」
「黒たん、すっごくあわてるんだもん!笑っちゃいそうで、大変だったよぉv」
「・・・・な・・・っ!!!てめぇら!!まさか俺をハメたのかっ?!」
そう、つまり。
昨日の俺の言葉に傷付いた双子は、ベットの中でふたりで考えたらしい。
そして出した結論が、やっぱり俺を信じようということで。
今日先輩に告白されたというのは本当だが、受けたというのはもちろん嘘。
もしOKしたら俺がどう反応するか気になり、今回の作戦を思い付いたらしい。
やっぱりこいつらは俺だけを好きでいてくれて、俺だけのもので。
がっくりと力が抜け、深い溜め息を漏らしてしまう。
安心した。安心したけれど・・・・・
動揺しまくった所為で、不覚にも本心を露呈しまくってしまったではないか。
「黒たんは約束を破らないって、信じてたよーv」
「オレ達はずっとずっと、黒たんのことだけ好きなんだもんv」
嬉しそうに擦り寄る双子に、心が和らぐ。
何があっても、こいつらは俺を信じてくれたのだ。
そうか、そうだな。
俺の本当の気持ちを信じてくれたように、俺も信じようか。
いつか離れていくのではなく、ずっとずっと傍で微笑んでいてくれると。
他を見ろとかいいながら、こいつらが俺から離れるわけがないと思っていたんだ。
双子を心から愛していて、こいつらを誰にも渡したくない。
それが俺の、本心なんだ。
俺はこんなに呆れるくらい、幼い双子のことを愛していて。
こいつらは俺の胸で、こんなに幸せそうに微笑んでくれるのだから。