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或る国王と剣士のお話D

翌朝、俺達は朝早く城を出た。蘇芳が言っていた、大陸連合協定総会とやらに出席する為である。
国内外には、これからセレス国王が諸々の行事に出席する予定だという事は通達されているが、
護衛面から、いつどこへ行くかという事は公にはされていない。

にもかかわらず、国王一団が出発する1時間前には、城門の前に、国王を一目見ようとする群衆が
溢れていた。この国にはこんなに人がいたのか、と驚いてしまうほどである。
どこからか情報が漏れるのは仕方がない事として、群集には不届き者が紛れ込みやすい。
国王の馬車は特別頑丈にできており、窓を開けない限り外からは中の様子も見えない。
決して窓を開けないようにとファイに釘をさしておいて、俺達は出発した。
馬車の真裏に付く。不審な動きをする奴がいないか目を光らせていると、突然大歓声が上がった。
嫌な予感がして馬車を見る。ーやっぱり。
俺は自分の黒馬を馬車の窓に寄せ、睨みつけた。
「・・開けるなっつたろうが・・」
声を潜めて言うと、
「そういうわけにもいかないでしょう・・ほら」
言いつけを破って窓を開けたファイは、微笑んだ顔をしたまま群衆に目をやった。
俺もつられて見渡すと、国民は皆拝んだり、泣き出す者さえいた。皆歓喜している。
これだけ表舞台に出ていないと、神格化さえされるようだ。
こんなにたくさんの群衆が、ファイだけを見ている。ファイは、国民の支えになっているのだ。
国王だと頭では分かっていたが、こうやって具体的に治める人々を目の当たりにすると。
こいつにかかる圧力も相当のものだなと思う。皆の期待、皆の願い。
確かに、弱みや本音など、見せてはいけない立場なのだ。


道行く者を待ち伏せする盗賊などを討伐する為、少し前、先行団が出発している。
本団である俺達は、国王を乗せる馬車と、馬に乗った兵士が俺をいれて10名ほど、という構成である。
先行団のお陰で、総会が行われる国への道程は、いたって穏やかなものだった。
俺としては何も襲ってくるものがなくて、物足りなさを感じるほどだ。

昼頃、森の開けた所で昼飯をとることにした。
「降りろ、休憩だ」
馬車のドアを開けると、『黒たんのいきがいーおひるごはーんー♪』と少し腹の立つ歌を小声で歌いつつ、
ファイがマントを羽織った。
城の昼食で、俺が幸せそうに(自覚はないが)肉を食っていた姿が印象的だったらしい。決して生きがいではない。
片手を取ってやると、ファイは細めのヒールの長ブーツを履かされた脚でひらりと地面に降り立った。
振り向くと、他の兵士達は皆頭を地に付けて傅いている。
「ご苦労。皆、疲れているでしょう。楽にしていなさい」
ファイが声を掛けると、兵士達は恐る恐る顔を上げてー

皆一様に固まってしまった。

無理もない。こいつらは、国王を見るのは、これが初めてなのだ。
朝は思いがけない群集をさばくのに手一杯で、兵士達が国王にお目通りする余裕はなかった。
「挨拶が遅れましたね。これから数日よろしく頼みます。・・黒鋼、こちらへ」
ファイは純白のマントを翻し、皆から見えない馬車の裏へ回った。
付いて行きざま、返事すら出来なかった兵士達の、「び・・美人・・。」という感嘆の声が、控えめに聞こえてきた。

他の者から見えない所まで来ると、ファイは大きく伸びをした。
「国外に旅行なんて夢みたーいvって思ってたけど、座りっぱなしで腰がちょっと痛いかもー。黒たん揉んでくれるー?」
「おまえなぁ・・」
恐ろしいことを頼まないでほしい。
持ってきた国王用の折りたたみ椅子を置いてやったが、もう座りたくないらしい。
昼飯をもらって来ようとすると、ファイが食欲がないからいい、と止めた。
「我侭言ってねぇで、食える時に食えよ」
ただでさえ、折れそうに細い体だ。倒れたりしたらーと改めてファイを見て、・・何か違和感を感じた。
「・・どうした」
「え?」
「顔が変だ」
「変ー?!黒りんひどーい!」
ファイは大ショックを受けた様子だったが、そういう意味の変ではない。
その時、執務室で蘇芳に貰った書類を見ていた時の、あのこわばったファイの表情を思い出した。
「おまえ、何か隠してないか」
「・・・・・」
一瞬、瞳が揺れた。
「言え」
ファイは小さな口を少し開き、そして唇を噛み・・結局いつも通りの顔で微笑んだ。
「・・あのさー、この先に、吊り橋があるでしょー?」
「ああ」
大きな渓谷があり、馬車も渡せるほど頑丈な吊り橋が掛かっている。
渓谷ー崖?そうだ、きっと崖だ。ファイが気にしているのは。
「・・・まさか、その崖ー」
「ううん」
ひょっとしてそこが例の両親を失った崖かと思ったが、それは違った。まあ、さすがにそんなところをコースには入れまい。
「違うんだけど・・ちょっと崖は苦手かなーって。でも大丈夫、オレ馬車の中だもんね。
外を見なければ分からないし。ただ、それだけ。大した事ないんだ」
執務室でのあの一件は、総会へのコースに渓谷がかかっていることを見てのことだったらしい。
大丈夫だと笑っていたけれど、結局ファイは、昼飯を何も口にしなかった。

再び出発し、だんだんと吊り橋が近づいてくる。
ファイは平気な顔をして馬車に乗り込んでいたがー
やはり気になった。
歩ませたまま黒馬を横につけ、馬車のドアに手をかけた。
「どうしましたか?」
「気にするな」
いぶかしむ兵士にそう言って、いきなりドアを開けた。

ファイは馬車の隅で、自分を抱くようにしてうずくまっていた。
弾かれるようにしてこちらを見て、消え入るような声で言った。
「・・・開ける時は言ってよ・・」
笑っているが、唇が震えている。
「怖いのか」
他の兵士に聞こえないよう、小声で聞くと、
「気にしないで。閉めて、変に思われるでしょー?」
そう言ってファイはひらひらと手を振ったが。顔が青い。息が浅い。
「おまえ・・無理だろ。コースを変える。回り道して行くぞ」
「やめて。迷惑掛かるし、回り道すると・・余分に一日掛かるんだよ」
確かに、簡単に回り道ができる距離ではない。渓谷に橋がかかる事によって、隣国に行く経路が大幅に短縮されている。
それに、何度も検討されてこの経路になり、下準備も種々なされているのだ。突然変えれば、何かと問題になろう。
ファイを見ると、馬車の外からでも分かるくらい、肩が震えていた。

きっと、崖を通ると、思い出してしまうのだろう。あの日を。

そんなに怖いのなら、あらかじめそう言えば経路くらい変えられるのに。
言わないのだ、こいつは。

ーどうする。

「こっちに来い」
「・・早く閉めてよ・・」
「いいから来い」
何、と言って座ったままこちらにずれてきたファイの腕を、思い切り引き寄せた。
そのまま俺の裏に乗せる。軽いファイの体は、簡単に移動できた。
「!ちょ・・っ」
「黒鋼様、一体何を」
「気にするな。先に行く。お前等はそのままのペースで来い。先で待ってる」
慌てる兵士達にそれだけ伝え、俺は馬に鞭を入れた。上等の馬だ。すべるように走り出した。
「待って!何するの」
「こういうのはじりじり待ってるよか、一気に行っちまった方がいい。
一人より二人でいる方がましだろ。掴まって、目つぶってろ」
馬は矢のようにスピードを上げる。
「やっ!待って!怖い!!」
裏から、ファイの悲鳴が聞こえてきた。俺の腰にしがみ付き、顔を背中に押し当てているようだ。
「ダメ、回り道にして!!崖は嫌!!行きたくないんだ!!」
思いがけない状況に、思わず本音を叫んでしまっている。
「嫌!!やめて!!助けて!!」

きっと。
黙って、ただ耐えているより、こうして心を叫んでしまったほうが、ずっといいのだ。

「悪い。一瞬だ」
ファイは指先が白くなるほど、強く俺にしがみ付いた。背中の圧力が、強くなった。
「俺がついてるから」
多分ファイには聞こえていない。呟くように言った。
黒馬の前脚が橋に掛かった。頑丈ではあるが、吊橋だ。
前のめりに、足場が撓んだ。
その瞬間、ファイの体が浮き上がった気がした。腰に回された手から、力が消えた。
「ファイ!」
俺は手綱から片手を離し、ファイの手を掴んだ。

橋は一瞬で渡り終えた。

全力で駆けさせた為、止まるまでそのまましばらく走らせる。
じき、黒馬は止まった。
「・・・おい」
ファイは動かない。
顎を掴み顔を上げさせて、初めて気が付いたようだ。
「・・」
掴んだ手に、ファイの鼓動が感じられた。まだ、震えている。
「悪かったな。帰りは、回り道していくから」
「・・ごめん・・なさい・・」
「謝るなら、これからはちゃんと言えよ。こんな大事なこと」

ファイの体が浮き上がったあの瞬間。
彼は、見たのだろう。
谷底に落ちていく、両親を。

「他の奴等が来るまでまだ間があるから、呼吸整えておけよ」
返事がない。ー聞こえているだろうか。もう一度言おうとすると、ファイは、俺の背中に顔を押し当てた。
「ごめん・・・。もう少し・・、このまま・・」
ファイは、俺の腰に回した腕にほんの僅か力をこめた。
震えるその細い指があまりに頼りなくて、思わずその手を握ると、ファイはもう一度、ごめん、と呟いた。

何も、謝って欲しいのではない。俺はただ、ファイに、もう少しー

でも、それを何と表現したらいいのか分からなくて、俺はただその手を握っていた。

他の兵士達が追いついてくる頃には、ファイは表面上は一応平静を取り戻していた。
兵士達は、多分俺が外敵か何かに気が付いたのだ、という結論に達していたらしく、
追いついてくるなり気遣われたので、そういうことにしておいた。


その後特に事件もなく、夕刻を回った頃、無事総会が行われる国に着いた。
その国の国王が直々に出迎えに現れ、多分一生見ることはないと思われていたセレス国の王に会えたことにいたく感激し、
丁寧にもてなしてくれた。
ただし、やはりその国王、召使達一様に、ファイの噂以上の美しさに驚いたらしく、かなり挙動不審気味であった。
特に召使の娘共が、失神しそうになっていた。こちらが心配になるほどである。
不審者を見抜き征伐するのが役目だが、これでは全員不審である。

総会が行われるのは明日だ。他国の国王は、国立の立派なホテルに宿泊しているらしいが、セレス国王は
護衛面から特別扱いで、その国の城の一室をあてがわれた。
俺があてがわれた部屋は、その隣の部屋である。
一通りもてなしがすみそれぞれ部屋に戻ったのだが、やはり昼のあの出来事が気になり、ファイの部屋のドアをノックした。
鍵開いてるよ、と返事があったのでドアを開けると、ファイはベッドにうつ伏せになっていた。
豪勢な部屋である。
「待ってたよー。お昼は、ごめんね。迷惑掛けて。もう、大丈夫だから」
ファイはそう言って、起き上がった。
「それにしても、セレスの城から出られて、こうして長い道程越えて、他の国に来て、色んな人と会えて。
こんなことが出来るなんて、夢みたいだなー♪黒りんのお陰だねー!」
俺に心配掛けないためだろう、ファイはそう言って楽しそうに笑った。

そんなファイを見て、昼自分が何を言いたかったのか、
何となく、分かった。

「ファイ」
声を掛けると、ファイは笑顔のまま俺を見た。
「謝らなくていい」
そんな言葉よりも。
「俺はおまえを守るためにいるんだから、あれでいいんだ」
耐えないで、教えてほしい。おまえの本当の心を。
「・・・俺の前では、嘘をつくな」
ファイは一瞬、息を止めたように見えーそれから、いつも通りの顔で微笑んだ。
「・・・橋、渡った時ね。崖から落ちた気がしたんだ。でも、君が、引っ張ってくれたから・・・」
囁くようにファイは言って、やっぱ眠いから今日はもう寝るね、とベットに潜った。
出て行き際、

「ありがとう」

小さな声がして、振り向いたけれど。

ファイはベットに潜っていたから、どんな顔でファイがそういったのかは、
見えなかった。



Eに続く

なんか今回話に花がないかんじ!なんとなく・・。
次回は能天気なお話になる予定。
あと、アシュラ王は出てきませんと言っていましたが、やっぱ出すことにしました。(なんつーいい加減な!)
次の次の回だけ。でもファイが王様なんで、アシュラ王が家来ー?!ありえねえええ!!
多分、家来にもかかわらず間違えてアシュラ『王』って、王つけて打ち込んでしまう自信がある!
一応、ただの家来じゃない感じで・・。


        
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