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続・仔うさぎの大冒険3

「雪、降ったらいいのにね・・」
キラキラ、キラキラ。
夕闇が世界を包む頃、街並みにも街路樹にも無数の光の粒がバラ撒かれてゆく。
凍える風に揺れる煌きは、まるで雪の結晶みたい。
スノーホワイトのもこもこマフラーに口元を埋めながら車窓を開けると、流れ行く輝きの狭間から鈴の音や賛美歌が
途切れ途切れに流れ込んできた。
「雪ぃ?何言ってんだ、寒がりの癖に」
「寒がりとか関係ないのー!だってもうすぐ、クリスマスなんだよ!」

カレンダーも残り一枚となり、道行く人々は忙しなくも皆どこか胸を弾ませているみたい。
先生と一緒にいくつかの季節を越えて、気付けばもう中等部最後の冬。
受験参考書とにらめっこしてる他校の同級生には申し訳ないけれど、エスカレーター式の学園に入学したオレは、
恋人たちの特別な日を前にちょっと浮かれていたりして。

(オレにもサンタさん、来てくれたらいいなー・・)
紫色に暮れゆく空へと白い息を吹き掛けながら、その日雪が降ればいいと願う。
街全体を白や蒼に瞬かせるイルミネーションも綺麗だけれど、やっぱり本物の澄んだ煌きが聖なる夜には相応しい。
銀色の魔法に煌く世界に包まれて、先生とキスできたらーーーなんてロマンチックな夢は、武骨な指が
パワーウィンドが閉めると同時にあっさり遮ぎられてしまった。車内はふわりと温まり、思い描いた銀世界も
儚く消え失せてしまう。
「おまえ、弱っちぃ癖に窓開けんじゃねぇよ。また風邪ひいて寝込むだろうが」
「ぅう〜、ひどいよぉ。弱っちぃだなんてさ〜・・」
オトメ心を理解しない彼への反論が尻すぼみになってしまうのは、確かに先週風邪をひいて3日も学校を休んだばかり
だから。

熱は苦しかったけど、でも実は風邪ひいてよかった、なんて思っていたりする。
いつもは返信すら期待できない先生がメールを送ってくれて、すごくすごく嬉しかったから。
『大丈夫か?ちゃんと寝てろよ』
そんな簡単な一通のメールが、どれだけこの胸を幸せで溢れさせるか、貴方はきっと知らない。
先生が、オレのこと考えてくれてた。オレのこと、心配してくれてた。
あの日伝えてくれた好きだという言葉、信じてていいのかな。
ベットの中にメールが届いた時のときめきを思い出して、幸せがまた膨らんでゆく。

「で?相談って何なんだ」
ハンドルを手にちらりと寄せられた視線で我に返り、慌てて黒く深いシートに改まるようにして座り直した。
そう、これからが今日のデートの重要な本題。
病み上がりは家で大人しくしてろなんて言われたけど、大事な相談があるって駄々こねて何とか会ってもらったんだから。
それはもちろん、迫り来る恋人たちの一大イベントについて。

「あのね、イヴは終業式で、クリスマスはもう冬休みでしょ?・・だからイヴは、先生のお家でお泊りしたいなー・・v」
「阿呆か。引っ付くな、危ねぇだろが」
腕に絡み付いて精一杯可愛らしくおねだりしたのに、フロントガラスの向こうを見たままあっさりと却下されてしまった。
予想通りだけどあんまりにもつれな過ぎる態度に、信じていいのかも、なんて幸せな気持ちは簡単にしぼんでしまう。
「・・黒たん先生ってー・・本当にオレのこと、好きー・・?」

曲がりなりにもお付き合いをしてもらっているけれど、胸に燻る不安は相変わらず。
彼と過ごす時間に比例して、恋心は募るばかりだというのに。
相変わらずキスだってなかなかしてくれないし、先生のお家行きたいって何度頼んでも連れてってくれないし。
先生は優しい。そしてオレはまだまだ子供でーーーだから。
好きとかじゃなくて、子供を宥めるような気持ちで一緒にいてくれてるだけなのかも、とか。
そんな不安に覆われて、腕を離した。

「・・・・ひょっとしてー・・、クリスマスの夜は・・・。誰か大人の女の人と・・過ごすとかー・・」
一番哀しい想像を口にしたらもっと哀しくなって、視界がぐにゃりと歪んだ。
ダメ、泣いたりしたらまた子供扱いされちゃうって、唇を噛んでうつむくと。
頭に、ちょっと乱暴だけどやさしい感触がした。
くしゃりと金の猫っ毛を撫でてくれるのは、先生の大きな手。
慰めてくれてるのかな。それともーー
「ったく、しょうがねぇな・・。分かった、来いよ。ただし泊まりはナシだぞ」
「え・・行っていいのっ?!」
ぱっと顔を上げると、そのあまりの勢いに苦笑されてしまったけど。

嬉しい。嬉しい。心臓が高鳴って、胸から飛び出してしまいそう。
恋人たちの特別な日、先生のお家で過ごせるんだ。
お泊りはナシって言われたって、先生ともっと近付きたいんだもん。
(そのまま、強引に泊まっちゃったりしてー・・)
抱き締めて、キスしてくれたらいいな。頑張って誘惑して・・・キスよりもっと、その先も・・なんてね。
精悍な横顔や逞しい腕を見詰めていたら、自分のはしたない妄想に頬が熱くなってきてしまう。
「オイやっぱおまえ、風邪ぶり返してんじゃねぇか。顔が赤い」
「えっ?ち、違うの!!」
信号で止まると同時に、身体の奥まで響くような低音がぐっと近付いて、ざらついた大きな手のひらが額に触れた。
その包み込まれるような感触がーーーああ、やっぱり蕩けちゃうくらい大好き。
この手がもっと、オレに触れてくれたら。この声でもっと、オレを呼でくれたら。

ねぇ?
それが一番のクリスマスプレゼントなんだよ、オレの大好きなサンタさん。

「熱はねぇようだが、目がぼっとしてるな。言っとくが、風邪っぴきはクリスマスなんか無しだぞ」
「えー?!ヤダヤダヤダっ!!もう風邪は治ってるから!!」
せっかくオッケーしてくれたのに風邪でキャンセルなんて、そんなのってない。どれだけ元気かアピールしようと
する前に、車は秘密の待ち合わせ場所まで帰り着いてしまった。
「ねっ、本当にもう元気なんだよー!クリスマス無しなんて言っちゃヤだよぉ!!」
「だったら、さっさと帰って寝るんだな」
風邪は本当にもう大丈夫だけど、確かにこんな寒い日が続いていると絶対ぶり返さないとは言い切れない。
差し迫ったクリスマスに備えて素直に帰って寝た方がいいかもしれないと、ここは大人しく引き下がることにした。
「じゃあ、指切りして?元気だったらゼーッタイ、一緒にクリスマス過ごしてねっ」
「ったく、本当にガキだな・・」
先生は呆れたような溜め息を吐きつつも、ピンと突き出した小指に軽く指を絡めてくれた。
それに安心して、周りに人がいないか確認してからドアを開け、大きな車からぴょこんと両足で飛び降りる。
「じゃあねv黒たん先生、また明日学校で!」
「ああ、あったかくして寝ろよ」

今日は先生の言う通り、あったかくして早く寝なくちゃ。クリスマス、二人っきりで過ごせるようにね。
(オレにもサンタさん、来てくれるんだなー・・v)
冴えて煌く冬の星空へ白い息を吹き掛けて、その日雪が降ればいいと願う。
銀色の魔法に煌く世界に包まれて、先生とキスできたらーーなんてロマンチックな夢を、叶えてくれたら嬉しいな。


やっぱりまた、頬が赤くなってしまうのを感じながら。
幸せな気持ちで胸をいっぱいにして、遠ざかる先生の車を、見えなくなるまで見送った。





ただ今残暑真っ盛りですが、クリスマスネタってコレどんだけ遅れてんですか?!いや、むしろ先取りなんですか?!
漫画描きながらだと更新がさらに遅くなるので、ちょっと短いけどここでアップしちゃおう・・
というわけで、有言不実行でこれのどこがR-18なんですかというお話に!!何もかもどうしたものやら・・!!
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