4 スイートルーム

 部屋にはいるとカードキーを差し込み、まずは明かりをつけた。
「わー。すごい・・・」
豪華な部屋と大きな窓から見える夜景を見てファイが歓声を上げる。
「さっき、クリスマスケーキがなかったろ。」
「うん。何でかなーって思ってたんだけど。あ、もしかしてここに来るの?」
ファイがそう言ったとき、ルームサービスが到着した。
「おまえの瞳と同じ色のカクテルを作ってもらったんだ」
そう言いながらグラスにカクテルを注ぐ。ケーキはあらかじめ切り分けられている。
二つをくっつけるとハートの形になる、ラブ仕様。
「かんぱーい」
ソファに並んで座り、乾杯すると一口飲んだ。
「甘くて美味しい・・・。」
ファイはそう言うと続きを飲もうとしたが、黒鋼に止められた。
「おまえ酔ってるだろ。もうやめとけ。」
「えー、せっかく美味しいのに〜」
 黒鋼はグラスを取り上げようとしたが、ファイの腕は酔ってる割にひょいひょいと逃げる。
座ったまま腕だけ逃げていたファイだったが、動いているうちに少しずつ太腿が露わになって、
黒鋼の視線はつい釘付けになってしまった。が、やっとグラスを持つ腕を捕まえた。
「あー捕まっちゃった・・」
ファイは残念そうに黒鋼を見た。
 黒鋼はもぎとったグラスをテーブルに置き、でも腕はつかんだまま、じっとファイを見つめていた。
 いつもより潤んだ瞳、バラ色に染まった頬。唇はカクテルのせいだろうか、濡れて、
艶やかな光を放っている。
 そっと抱き寄せ口づけた。舌で唇を割り、激しく舌を絡めた。さりげなく背中のボタン を外しながら、
反対の手で胸をさぐる。服の上からでもすぐに乳首が判った。そうっとな でてみる。
「あっ・・ん・・」
色っぽい声に黒鋼は大きくそそり立った。そのままファイをソファに押し倒す。
ファイはやっと服の異変に気づいたようだった。
「あ、黒様、やめ・・・」
ファイは慌てて抵抗しようとしたが、もう遅い。黒鋼はファイの唇をふさぐと、わざとつけたままにしていた
ショールを取り、首筋から鎖骨へと舌を這わせた。
「んっ・・」
少し激し目にキスをしながら、指はは乳首をなぞる。
「あぁんっ・・」
そっとなでるだけでファイの息づかいはどんどん荒くなってゆく。あまりにも甘い声に我慢できず、
黒鋼はファイをそっと抱き上げた。
「はぁん・・・あの、黒・・様、待って、 」
慌てたファイが苦情を言うが聞こえないふり。だいたい、はぁはぁと甘い声でイヤイヤをされても
煽られるだけだ。そのままベッドへと移動し、ファイの上にそっとのしかかった。
「いいだろ? おまえ、すっげ、綺麗だ・・」
耳元にそっと囁きながら、ファイの腕を袖から抜く。
「う・・ん・・でも・・・」
頬が真っ赤になっているのはカクテルのせいだけではないだろう。黒鋼は唇を鎖骨から胸へと
移動させながらファイのすべてを暴いてゆく。 (今度はショールで腕を拘束するのも悪くねぇな) などと
考え、一人ほくそ笑む。
ファイの身体は、黒鋼が想像していたよりも、ずっと細く、 筋肉質だった。
 「?」
 おかしい。
 いつもと何かが違う。違和感に、体中が冷や汗をかいている。この、俺が?
 状況が全 く判らなかった。頭の中で警鐘が鳴り響いている・・・まさか・・・。
 不意に恐ろしい考えが脳裏をよぎり、おそるおそる太腿に手を伸ばす。さっきまでドレ スの隙間から
セクシーに覗いていた太腿だ。ゆっくりとその手を上に移動すると、ファイ のそれは、固くなって
上を向いていた。
 正に絶体絶命。ありえねえ。
 頭が事実を理解するまで、どのくらいの時間が経ったのだろう。ファイが様子に気づい て、声をかけた。
「黒様・・・・?・・・あ・・・やっぱり・・・オレじゃダメなのかな・・・」
悲しそうに、最後は消え入りそうな声で、視線を合わせないようにして、ファイは瞳を伏せた。
(いや、オレじゃダメなのかな、って・・・)
言いたくても声が出ない。ぐるぐると頭の中を駆けめぐる言葉の数々はあっても、声に出て来なかった。
 そんな黒鋼の様子を、ファイは拒否の言葉と受け取ったようだ。つうっと泪が頬を伝う。
「ごめんね、黒様。オレ、黒様の前では女の子でいたかったんだ・・」
ファイは起き上がるとそう言いながら泪を手の甲で拭き、黒鋼を押しのけるようにしてベ ットから降りた。
「もう会わないから。」
あっという間にドレスを着てショールをつかむと、ファイはドアを開け、飛び出した。
 本当は、こうなることを知っていた。黒鋼はいつも優しかったし、オレのことを色々な言葉で
褒めてくれたけど、一度も好きって言ってくれたことはなかったから。
 エレベーターホールに着いた時、ちょうど下りのドアが閉まってしまった。仕方なく、 のろのろと
下りのボタンを押す。どうせ黒様は追いかけてこない。初めから、叶うことのない恋だったのだ。
 泪が止まらなかった。


5 ペナルティ  

黒鋼は呆然としていた。ファイが男だったこともショックだったが、それよりも泪を流 した表情(かお)が、
目に焼き付いて離れなかった。
 長いまつげ、泪が伝う頬。
 ロビーに入ってきたファイを見た時、あまりの美しさに思わず息を呑んで見惚れていた ことを思い出した。
「何考えてんだ、あいつは男なのに。」
思わず呟き、頭を振る。ふと、俺の女になるようにと言った日のことを思い出した。そう いえば、
あいつは「オレでいいの」と聞いた。俺はいいと言った。ミス堀鍔に選ばれた時 の話の時も、
なぜオレが選ばれたのか判らないとも言った。
「でも何であいつがミスなんだ?」
思わず声に出して言っていた。
訳がわからないが、どうもこれは俺の一方的なペナルティ のような気がしてきた。
「くそっ」
黒鋼はカードキーをつかむと走り出した。もうまにあわないかもしれない。エレベーターがちょうど来ていれば
間に合うはずもないが、そうだとしても追いかけるつもりだった。
 エレベーターホールに着いた時、正にドアが閉まるところだった。中に誰か乗っているかなんて
見えやしなかったが、ドアの間に無理矢理腕を差し込み、ガツン、と音をさせて 閉まるドアを止めた。
 中に滑り込み、息を整えながら顔を上げると、そこには泪に濡れた瞳を大きく見開いた ファイがいた。
「黒様・・・何で・・」
「次で降りるぞ。」
それだけ言うと、黒鋼は階数ボタンを全て押した。
 やがてエレベーターが停止した。黒鋼はファイの腕をつかむと、引っ張るようにしてエ レベーターから降り、
上りのボタンを押す。
 待っている間、二人は何も言わなかった。ただ、黒鋼がファイの腕を掴んでいるだけ。
 黒鋼の眉間には深いしわが刻まれている。ファイは、追いかけてきてくれた(多分)事は 嬉しかったが、
黒鋼がどういうつもりなのか意図を計りかねていた。
 掴まれてない方の手で涙をぬぐう。黒鋼はチラリとファイを見たが、何も言わず、結局その手は
部屋に戻るまで離されることはなかった。
 部屋にはいると、ファイはまた泣きそうになった。さっきまでこのソファにいたことを 思い出したのだ。
「座って飲め」
黒鋼はさっき取り上げたグラスをファイに渡した。ファイは素直に受け取るとソファに座 り一口飲んだ。
黒鋼も自分のグラスを持って今度は向かいのソファに座った。
「悪かったな」
「え?」
おもむろに謝られ、ファイは驚いた。
「え?どうして?どうして黒様が謝るの?」
聞いてからあわてて謝った。
「ごめんなさい、黒様なんて言っ・・・」
「謝ってるのは俺だ」
ファイにかぶせるように言った黒鋼の言い方は、怒ってるように見えて、照れ隠しのよう な感じだった。
ファイは何がなんだか訳がわからず、黙って黒鋼の話を聞くことにした。 黒鋼は、ファイが静かに
なったのを確認すると、再び口を開いた。
「おまえが男だって気づかなくて、悪かったな」
「え、それは!だってオレ、男らしくないし、料理とかできるとそう見えるみたいだし」
思わず口を挟むと黒鋼は不機嫌そうに言った。
「黙って聞いてろ」
「はい」
ファイは首をすぼめて小さくなり、次の言葉を待った。
「だから、これは俺のペナルティだ。一つだけ、おまえの言うことを聞いてやる」
「・・・・!」
どう聞いても謝っている人の台詞とは思えないが、ファイは思わず泣きだしてしまった。
「お、おい、何で泣くんだっ!」
「だって、ひっく。だって・・・」
「だからなんなんだよっ」
「だって、ありがとう・・・」
ファイはそれだけ言うと、また泣き始めた。黒鋼は、どうしたらいいか判らなかったが、 とりあえずファイが今
泣いているのは自分が悪いことをしたからではないようだったので、泣きやむのを待つことにした。
 それに、自分の気持ちを整理することが出来る。黒鋼は改めてファイをみつめ、出会ってからの
ことを思い出していった。
 初めて学園で見かけた日、絶対に落としてやると心に決めた。
 俺の女になるよう言ったのは、ファイを宝石のように飾りたて、連れ歩きたかったから だ。
 つきあっていたのは、今日のために学園で一番の美女(実際は男だったが)をキープして いただけで。
そしてそれはファイも同じだったはずで。
 デートはもちろん、二人でじゃれ合うのは楽しかった。料理は今まで創ってくれた女達の誰よりも美味かったし。
 ロビーで思わず息を呑んだ、天女のような姿を再び思い出す。その天女が今ここで泣い ている。
この、後ろめたいような気持ちを感じるのは、もしかしたら俺もこいつを好きに なってしまったせいなのだろうか。
 今日のファイは、誰よりも本当に綺麗だった。
 ついほんの少し前、あんなに色っぽかったのに。こいつが男だなんて、ありえねぇ。
ファイが嬌声を上げた時の表情を思い出し、黒鋼は身体がうずき出した。
そして、もう一 度、あの表情を見たいと思った。大切に、時々乱暴に、優しく、激しく、ファイを抱きたい。
 やっと、心が決まった。